第93章
人は他の人から良く見られたいという願望から、逃れる事が出来ない。女性であればファッションや化粧に。男であれば見栄位ならまだまともで、時として無意味な暴走に至る事もある。
男の場合、と限定する訳ではないが、時にそれを矜持と呼んだりもする。矜持とは、俺が思うに多大に見栄の成分で出来ている。それはそれとして端的に言うと、馬鹿な男は可愛い女のお願い事に弱い。どれ位弱いかというと、つい間違って命を掛けてしまう位。そして、それを分かっていて頼み込む女は、間違いなく悪女ということになる。
「ぬし様も関わった、ダークエルフたち。彼等が世界樹を欲するには、彼等なりの理由があるの。わっちたち水の精は戦争という手段には賛成は出来ないけれど、ぬし様にもそれを理解して欲しい。そして、彼等に協力して欲しいの」
俺は内心で盛大な溜め息をつきながら、目の前にスカートの裾を広げて座るヴィヴィアンの美しく整った顔を見つめる。ソフィアもそうなのだが、何故か彼女たちは悪びれるということがない。ひょっとすると、そもそも悪いという自覚がないのかもしれない。困った事に自覚のない奴は、強い。躊躇いがないから、だろうか。そんなに強くなってくれなくても、良いのだが。
「少なくとも俺には、エゼルの不利になる様な事は出来ないぞ」
エゼルは俺にとってはシャーリーの父親として、あるいは一人の友として、それだけは曲げられないところだ。
「それで構わないわ。西にある『虚無の狼の迷宮』、その迷宮の主を殺して欲しいの」
暫し、空白の時間が流れる。
俺たちに会った時、エレインは西に向かっていた。
そう、まるでヴィヴィアンの住む、あの霧の湖か俺たちを追って来たかの様に。
「それだけで良いのか?」
ヴィヴィアンがチラと、ソフィアに目をやった。ヴィヴィアンの視線につられ、ソフィアの幸せそうな寝顔を見詰める。
俺と一緒に起きていると言い張ってはいたが、他の二人と同じ様に疲れていたのかもしれない。ヴィヴィアンの魔歌にやられたとはいえ、休ませられた事は寧ろ良かったのかもしれない。起きた後で、怒り出したりしなければ良いのだが。
「それだけ、どころではないわ。迷宮の主は、そのドラゴンよりも強いわよ」
ヴィヴィアンがその美しい顔に浮かべているのは、多分、本当の憂い。少なくとも俺への憐れみでもなければ、戸惑いでもない。ただ、そう願い、その願いが、相手によって叶えられるだろう事を露も疑わない。
その願いは、俺の命を賭け金にする必要がある事を知っていながら、何一つ躊躇う事のない、悪女の顔。
きっと、それに応えようって奴は、馬鹿な男に違いない。
矜持というヤツは、そんな見栄や思い上がりで出来ている、そう、思う。




