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華龍Story  作者: ryo
71/142

第71章

71.

「俺がヤツの相手をするから、皆下がって・・・」

サラマンダーの全身から立ち上る炎の揺らめきに目を遣りながら、後ろに並ぶ三人に指示をだす。と、目の前のサラマンダーが放つものを上回る殺気が、何故か背後から俺を突き刺してくる。背筋が凍る様な感覚に、思わず俺は言葉を失い背中を縮めて背後を振り返る。サラマンダーまでもが歩みを止めて、俺の背後へと視線を送る。


「いやよ!あんなトカゲに、わたしが遅れを取るとでも言うの!?」

いや、そんな事は、俺は一言も言ってはいませんが。出来れば、背中から俺を刺すのは止めて頂けませんでしょうか?無駄に俺の寿命が縮まりますので。如何やら俺の一言はソフィアにとって逆鱗に触れる、という奴だったらしい。

でもソフィアさん、一応『元』ドラゴンでしょ?自分が既にドラゴンではなく人間だという辺りの状況というか設定というか、忘れていません?少なくとも、リシタの『深淵の竜の迷宮』の脇道の主と戦った時は、明らかに忘れていた、っぽい。

あの時はソフィアが膝枕をしてくれたから、許してあげるけどね。


「わ、私も頑張ります!」

真剣な表情で一生懸命なところが可愛いシャーリーだが、こちらも頑張ってくれるのはベッドの中だけで良い。ついでにその気合で出来れば料理とか覚えてくれると、なお嬉しいのだが。今度、教えてみようかな。手取り足取り、お父さんが教えてあげるからね?今日の晩御飯はシャーリーだよ、みたいな。じゃあ、可愛い耳から試食してみようか、みたいな。うーん、これはエプロンを作ってあげないといけないな。エプロンっていうのは、もちろん裸で直接着るんだよ、みたいな。


「わいも、頑張るんや?」?

シャーリーに続いて両手の拳を胸の前で握りしめたエレインも何やら頑張ってくれるらしいが、何故に疑問形?ていうか、その仕草は『合法ロリ』だけに許された専売特許だと思っていたのだが。

・・・ありだな。そこにはシャーリーではあり得ない、左右から狭められた両手に依る『寄せて上げて』効果が。緑のドレスのうちにも、はっきりと効果の程を示している。そうではなく、やっぱり、シャーリーごめんね、シャーリーでは効果がないと言っている訳ではなくて、とか。いや、それも如何でも良く。如何でも良くないはないが、取りあえず後にして・・・。

後でソフィアにも、やって貰おうかな?

次々と妄想に苛まれる意識をリセットして、如何にか思考の無限ループから抜け出す。


「分かった。俺が前に出る。皆は後方支援を頼む!」

むぅ、ここで俺たちが言い争っていても益はない。

後ろに下がれ、はダメだが、俺が前に出るのは良いらしい。微妙だ。

再び正面を見据えると、俺を見つめるヤツと目があった。垂直のスリット型の瞳孔の奥は、深い暗闇に沈んでいる。無機質な両の目が体表を隈なく覆う炎の中で揺らいで、まるでヤツがニヤリと笑ったかの様な気がした。

互いに更に一歩づつ、約10メートルの距離まで近づいたところで、ヤツがゆっくりとその咢を開く。開かれた顎の内側には、炎は見えない。だが、ゴオッ、と音がして上下に並んだ無数の牙の間、牙の隙間を縫って一旦吸い込まれた周辺の空気の奔流に、真っ赤な咢の奥底で急激に何かが揺らぐ。

「ヤツの正面から、避けろ!」

フィレンツェがサラマンダーの開かれた咢の正面から横方向に飛び退きながら指示を出すのと、サラマンダーが吸い込んだ空気を再び灼熱の火炎放射として吐き出すのは、ほぼ同時だった。

フィレンツェが今までいた場所を『知られざる迷宮』で見た溶岩流の高温と、水蒸気爆発のスピードを合わせた様な凶悪な炎の槍の穂先が通過する。単なる圧縮空気だろうが、液体酸素並みの酸化作用だ。何をプロペラントにしているのか不明だが、何らかの形で『魔力』を用いているのだろう。つまり、生体ロケットエンジンみたいなもんだ、凶悪だ。

フィレンツェの脚を掠めて、炎の奔流が奔る。フィレンツェの真後ろにいたエレインも、すかさず体重を感じさせない動きで飛びのいている。伸びた火炎の先は、優に20メートルを超えていた。


「リ・エル・ソラート!!」

シャーリーが牽制の為に、だが小さな体に持てる渾身の『魔力』を込めて放った鎌鼬が、サラマンダーの鼻先の炎を揺るがせる。サラマンダーは僅かにその両眼を覆う瞼を細め、咢を閉じて、鎌鼬の斬撃をやり過ごす。

その僅かな間を逃すことなく、フィレンツェは飛び退いた先で身を沈めると次の瞬間、体が虚空を舞った。一気に10メートルの間合いを詰める。

時が止まった様な一瞬、『無の空間』をフィレンツェが駆け抜ける。

正面から目前、左前方へ、僅かにその咢の火線から外れた斜め左前方に迫るフィレンツェの姿を、サラマンダーの視線が追う。


「させないわっ!!」

一度は閉じられたその咢が、再び間近に迫ったフィレンツェに向かって開かれようとしたその時、僅かに捻じ曲げられたサラマンダーの首に合せ斜め前方、ソフィアに対しては、もっとも大きく晒されたその左目の瞳孔の奥の暗闇へと、立て続けに三本の銀色に輝く矢が突き立てられた。三本の矢でありながら、同時に一点を突き破られた瞳孔の奥から赤い血しぶきが吹き出し、宙を舞う。


「うおおおおぅッ」

再び大地を蹴って虚空へと飛んだフィレンツェの姿が、獣の如き咆哮だけを残し、無傷のサラマンダーのもう一方の視界からも消え失せる。

サラマンダーの纏う灼熱の炎が揺らぎ、時が止まった。

太陽を背にしたフィレンツェの陰が、突き刺さった矢ごと咢を振り上げたサラマンダーの更に上空へと舞った。フィレンツェの、まるで自らの背を叩くが如く振り上げられた『同田貫』が撓る様に振り下ろされると、猛然とサラマンダーの太い首を斬り割った。

一瞬、サラマンダーの纏う炎が氷ついた様にその動きを止め、やがて中空へと立ち消える。

『同田貫』を振り抜いたフィレンツェが、ふわりと傍らに降り立った。

ドウッ、と地を揺さぶって、サラマンダーの首と体が別々に地に転がる。痙攣するサラマンダーの胴体から噴き出した血が、緑なす下草を赤黒く染め上げる。


「お見事どすえ」

何時の間にか、フィレンツェの傍に歩み寄ったエレインが言葉を発すると、サラマンダーの死体はフィレンツェの目の前で、すっ、と風に溶けて消えた。エレインがサラマンダーの死体のあった場所と、フィレンツェの間に割って入る様に、するすると前に出た。

サラマンダーの死体が横たわっていた場所には、何時の間にか灼熱の炎の様な髪を靡かせ、真っ赤なドレスを纏った女が一人、無表情にフィレンツェ見つめている。

首には白い包帯を巻き、その左目には黒い眼帯を付けている。そして、残された右目、その垂直のスリット型の瞳孔の奥底に、漆黒の暗闇を宿らせていた。


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