第68章
68.
「葦毛たちは、この広場の境界の木に繋いでおこう。ジルとジバも、お留守番だ。先ほどから、こちらに向けられている視線が、あの『世界樹の若木』の主のものであるならば、俺たちを待ち受けているのはおそらく『魔物』だろうな。エレインは如何する?ジルとジバと一緒に待っていてくれて構わないが?」
『世界樹の若木』を守る『魔物』はリシタの『深淵の竜の迷宮』にいた大トカゲの様には、積極的に俺たちを迎撃に出てはこないらしい。如何やら俺たちが近づくのを、息を潜めて待ち構えている。だが、その存在を隠ぺいするには放つ殺気が強すぎる。おそらくは隠れるつもりもないのだろう、大人しく俺たちを素通りさせてくれるとは、とても思えない。既に『世界樹の若木』の聳える森の中の広場に踏み込んだ俺たちの姿を捉えているのか、『世界樹の若木』の方角から複数の敵意に満ちた視線を感じる。
「いーや、わいも一緒に行きまんねん。・・・どへんか、わいもソフィアはんやシャーリーはんと同等に扱っておくんなはれ」
それは、つまり俺のセクハラの対象にしてほしいと?そうか、それでは仕方ないな。
しかし何か、流されているな、俺。
森の中に開けたこの広場を、緩やかに風が渡っていく。ざわざわと、緑なす下草が靡く。
金髪とドレスの裾が揺れ、エレインがその金色の瞳で俺を見つめている。その瞳には何かの決意が秘められている、そんな気がした。
「分かった。皆、準備が出来次第、出発だ」
早速、シャーリーが俺たちの足元を走り回るジルとジバを捕まえて素早く抱き上げると、腕の中のジルとジバに話し掛けている。如何やら俺たちの留守の間、葦毛たちを守ってくれる様に頼んでいるらしい。
シャーリーは何時も通りトカゲ革の紅い軽鎧を纏い同じ色の手甲と脛当を付けているが、ジルとジバ相手に優しく語りかける横顔はいつもよりも少しだけ大人の感じ。そうか、シャーリーも、もう大人なんだね・・・。お父さんは、嬉しい様な少し悲しい様な、そんな気持ちだよ・・・。本当は最初から、俺より年上なんだけどね。
その間に俺は二頭の葦毛の手綱を、森の木々の広場に面した最外縁の一本の手ごろな枝に結びつけた。ソフィアの『無限倉庫』から取り出して貰った飼葉の束を直接地面に置き、同じく地面に置いた空の桶に水の満たされた樽から水を注ぎ入れる。さっそく葦毛たちが仲良く飼葉を食み始めるが、俺たちが帰ってくるまでは追加はないんだからな。ちゃんと考えて食べろよ、と言いたい。
ソフィアが葦毛たちの周囲に『結界石』を置いて回ると、振り返って俺を見る。既にソフィアの肩には愛用の弓が掛かっている。俺を見つめる藍色の瞳の奥に金色の輝きを宿し、風に靡く藍色の髪を掻き上げた。ソフィアの方は、やはりいつものくすんだ白っぽい輝きのあるチェインメイルと、その上から緩やかな曲線を持つ胴当と腰当を付けている。腰当を付けると疑惑のというか、魅惑のというかその問題の結び目の辺りが隠されてしまう。少しだけ、残念ではある。
「俺が先頭を歩く。俺の後ろでエレインを真ん中に、三人で横一列に」
道幅の狭い『迷宮』の中ではないから、寧ろ横に展開した方が良いだろう。三人は揃って頷くと、左から2メートル程度の間を開けてソフィア、エレイン、シャーリーの順で並ぶ。エレインのスキルは分からないが、正直なところ余り当てには出来ないだろう。ヴィヴィアンもそうだったのだが、剣や槍の様な獲物を持っている訳ではない。使うとしたら、やはり『水の魔法』なのだろうか?いっその事、『氷の騎士』でも召喚してくれると助かるのだが。エレインについては、まずは様子見だろう。
ゆっくりと、一歩々々を踏みしめる様に歩み始める。
広場の外縁から中心に位置する『世界樹の若木』までの距離を半分まで進んだ時、突如として若木を囲む様に、一瞬で草原をリング状に炎の帯が取り巻いた。俺たちの歩む前方で立ち上がった炎の壁は幅30センチ程度、高さは1メートル程。まるで予め油を満たしたU字溝が埋められていたかの様だ。
さて、如何する?
『世界樹の若木』を守り外側と分かつ炎の結界を前に、俺は手にした『同田貫』を握りしめた。




