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華龍Story  作者: ryo
46/142

第46章

46.

『眠り姫』はグリム童話集では、『茨姫』として知られる。祝宴に呼ばれなかった13人目の魔法使いの呪いで、やがて王女は錘が刺さり百年間眠りにつくこととなる。100年の後、王子の手で王女は目を覚まし、王子と王女は結婚して幸せな生活を送る。

グリム兄弟の童話集編纂の意図は、統一前のドイツからゲルマン民族固有の文化である民話を抽出し将来に残す事だったとされ、『ニーベルンゲンの歌』との類似性から、ゲルマン民族固有の『神話』が世俗化した形として『茨姫』は重要視されていたと考えられる。これらの類型の原型がグリム兄弟の意図通りにゲルマン民族の神話の中にあるか如何かはさておき、古来より『眠り』は『死』の弟ともされ、茨に守られた『茨姫』の眠りは死にも通じるものだろう。

死者は生きていないが故に、何時までも美しい。

だが、もし、人が生を望むならば、安らかな『死の眠り』を捨て、苦難と障害に満ちた生へと起き上がらねばならない。


「ちょ、ちょっと待て、おかしいだろ。何で俺がキスする前から起きてるんだよ!?」

朝日の中、眠り姫を目覚めさせるべく崇高な使命を帯びた俺は、シャーリーとジルとジバとついでに二頭の葦毛たちという、多数の衆目が興味と期待その他でジッと見守るなか、馬車の荷台にしどけなく横たわるソフィアを優しく抱き上げ、意気揚々とその桜色に濡れた唇に己が唇を近づけたところで・・・、ぐいっ、っと隙だらけの首根っこを固定されてそのまま、何故か俺が唇を奪われた。


「だって・・・、何か不都合があるの?」

ぷはぁ。

漸く俺を解放したソフィアだが、俺の首に回された両の腕はそのままに、間近からジト目で睨んでくる。

ソフィアが頬を真っ赤に染めている。藍色の瞳と、同じ藍色の髪。頬の柔らかな紅い色、それまでの灰色を基調とする霧の湖の湖畔を、艶やかに染め上げる。

ま、待て、これ以上はまずい、いろいろと。男っていうのは繊細なんだよ、いろいろと!

朝だしな。

だが、俺をじっと見つめる藍色の瞳が、心なしか潤んでいる気もするので、無下にも出来ない。


「いや、ヴィヴィアンが俺に・・・」

確かに俺にキスしたヴィヴィアンは、俺がソフィアに、俺の想い人にキスする様にと言ったはずなのだが。どう見ても、あの時はそういう展開だったよね?

俺の目前で霧に溶ける様に消え去ったヴィヴィアンは二度と現れる事もなく、行はヴィヴィアンが漕いでくれた渡し船を駆り、帰りは一人自分で漕いで朝霧が薄く立ち込める湖畔へと戻って来た。


「ヴィヴィアンて、誰かしら?」

周囲の温度が、三度くらい下がった。

慌てたシャーリーとジルとジバが、そそくさと俺を見捨てて撤退を開始した。葦毛たちまで、止めていた飼葉の咀嚼を再開する。


「え、ええとな、多分、ソフィを眠らせた『水の精霊』かな?」

い、いや、失礼しました、俺が悪かったです。

もう、ソフィア以外の女の子とはキスしません。注、但しシャーリーは除く、だな。

寝起きの彼女に他の女の話はまずいよね?シャーリーが気まずそうに俺たちを見ているが、子供に(中身は子供でもないが)助け舟は期待出来ない。取りあえず独力で状況の打開を図るべく、さっさとソフィアを抱きしめると、ソフィアの藍色の髪がふわりと薫る。


「わたしとした事が、不覚だったわ。あれは『竜を眠らせる歌』、今にして思えば、わたしが聴いたのは子守唄なんかじゃない、『水の精霊』たちが謳う『呪歌』よ。昔、またいとこのファーブニルが殺された時に『深海の乙女』たちが歌ったという話を聞かされた事があるわ」

如何やら、ソフィアの遠縁には海竜もいたらしい。竜の一族とか凄いな。取りあえずは、俺が出会ったのが可愛い女の子だった幸運を感謝しなくてはいけないな。俺の胸に頭を押し付けたまま、もごもごとソフィアが呟くと、熱い息が首筋に掛かる。

誘惑するのか怒るのか、どちらかにしてほしい。いや、前者だけにしてくれないと身の危険が生じる。


「暫くお腹に食べ物を入れてないから、腹が減っているだろう?渡し船の底に、網があったんだ。湖で魚が採れるかやってみたいんだが、手伝ってくれるか?上手く採れたら、今日はまた、塩焼きにしてみよう」

腕の中でソフィアが小さく頷く。

ソフィアが両の手を俺の背中に回した。

危機的状況の収束に伴いシャーリーも傍に寄ってくる。ずるいですね、シャーリーさん?お父さんはそんな子に育てた覚えはないからね、今夜はお仕置きだね。

俺の体力的な余力の確保の為にも、大漁を期する必要がある。

俺はソフィアをそっと抱き上げると、馬車の横に立たせた。

ふと馬車の荷台から見上げると朝まで残っていた霧が薄れると共に、あれほど確固たる存在感を示していた湖上の城もゆっくりとその輪郭を失っていく。

『さようなら、ヴィヴィアン、ありがとう・・・』

ヴィヴィアンが返してくれたのは、俺自身の命だったのかもしれない。

俺は心の中で美しき『水の精霊』に礼を言うと、馬車の荷台からソフィアの横へと飛び降りた。


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