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華龍Story  作者: ryo
42/142

第42章

42.

『春眠暁を覚えず』というが、季節に関わらず眠りは動物には必須の生理現象といえる。睡眠の不足は意図的強制的に行うならば、それは拷問の一手法ともなっており、対象者の単なるホルモンバランスの劣化その結果である体調不良だけでなく、最終的には脳組織その物の破壊を促す。

思考能力の低下、妄想や幻覚を見るといったプロセスを経て衰弱し、体温調節が不全となり脳内の視床部位の損傷に至る。完全に睡眠を遮断するならば、同様に食物の摂取を遮断した場合よりも短期間で、最短1、2週間程度で死亡に至ると言われる。

もっとも、心身の休息、身体の細胞レベルでの修復を担う睡眠だが、逆に多くとれば健康かというとそうでもない。長生きな人の睡眠時間は7時間前後という統計結果があり、長ければ長い程長生きという訳でもない。

『過ぎたるは猶及ばざるが如し』という言葉は、眠りについても当てはまるのだろう。


「ねぇ、何か歌が聞こえない?子守唄かしらね?」

ドーナから西へと向かう街道は森林地帯を縫う様に徐々に南西へと南下を続け、更にこの先馬車だと一日二日の行程でリシタから直接西へと向かう街道と合流を果たす。気温の変化こそ感じられないが南西に向かうにつれ周囲の植生は徐々に広葉樹が増し、植物相自体もより豊かになっている様な気がする。周囲の森の木々の色彩が豊だった。

実際にはこの森林地帯には、エルシャナのいたドーナの村と同じ様なエルフの村々が点在しているらしいのだが、街道からは離れた森の中に住んでおり人間が訪れる事はほとんどないらしい。そういう意味ではある程度積極的に人間やドワーフと交易を行うドーナは、エルフたちの中では異端なのかもしれない。


「うん・・・?俺には何も聞こえないけどな」

街道の道幅が少し広くなった辺りで昼食を取る俺たちに、何処か森の奥に住まうエルフたちの歌声が聞こえたとしてもおかしくはないだろう。ただ、ソフィアの言葉にシャーリーもきょろきょろしているところを見ると、何かが聞こえたのはどうやらソフィアだけの様だ。シャーリーはここしばらくはツインテールを返上しているらしく、そうやって可愛い耳を晒して首を振るのはツインテールの尻尾が振れるのとは別の意味で問題がある。

二頭の葦毛たちやジルとジバもそれぞれの食事に熱中しているところをみると、周りに置いた『結界石』の向こうに何か差し迫った事があるとも思えない。


「そう、そうねぇ、空耳かしらね。ふぁあ、あ、でもやっぱり眠いかも。お休みなさい、フィル・・・」

えっ?本当に寝ちゃったの?

木漏れ日が、ソフィアの頬の産毛をきらきらと輝かしている。

早々に自分の分の昼食を平らげたソフィアが両手を重ねてひとつ小さく欠伸をすると、上げられた両の手を下す事さえもどかしげにコテンと俺の肩に頭を預けてきた。如何なる時も強い意志を示す藍色の瞳は、今は、これもやはり髪と同じ藍色の睫毛に閉ざされ、小さく開いた桜色の唇から柔らかな寝息を立てている。


「あ、あの、きっと昨日、ご主人さまが激し過ぎたのではないかと・・・」

俺のせいなのか?て、言うか。言う様になりましたね、シャーリーさん?お父さんはそんな子に育てた覚えはないよ?これは、シャーリーにもきっちり指導が必要ですね、今夜あたり。

俺の視線に気づいたシャーリーが、慌てて食後の後片付けを始めた。

今度、メイドの制服をしつらえてあげるからね、そしたらもう、毎日お仕置きだね。

それは、それとして。

シャーリーが一通り片づけや火の始末を終えるのを待って、ソフィアを抱き上げる。お姫様抱っこだね。起きていれば恥ずかしがりそうではあるが、今は無防備な姿をさらしている。

眠るソフィアを抱いて俺が立ち上がると、藍色の髪がサラサラと宙に舞う。

馬車の荷台に、シャーリーに頼んで葦毛たちの食糧でもある飼葉の束を敷き詰めてもらうと、畳んだ防水布を更に柔らかな布で包んで枕代わりにして横に寝かす。ついでにジルとジバを呼んで掛け毛布代わりになって貰う。もう少し寒くなった、本物の毛布と交代させよう。


「この先に湖があるらしい。今日はそこまで行こう」

エルシャナの餞別の酒樽は、既にソフィアの『無限倉庫』に仕舞ってもらってある。俺は御者台のシャーリーの隣に座ると、葦毛たちの手綱を取った。

「じゃあ、出発だ」

ソフィアもシャーリーも、ついでに言うとジルとジバも昨日の焼き魚は問題なく平らげていた。ジルとジバ用は塩っけなしだが。早めに湖についたら、夕食の為に魚を採っておく必要がある。今日は『黒色火薬』を使わないで地道に採るつもりなので、それなりに時間が掛かりそうだ。

眠り込んだ猟の名手に代わり、少なくとも、目覚めたソフィアの胃を満足させるぐらいには採っておきたい。出来れば実益も兼ねて、アナゴがウナギでも探してみようかな。かば焼きは無理だから、やはりこれも塩焼きが良さそうだ。


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