第31章
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一般的に住環境と民族性は密接に結び付くとされるが森に住むエルフたちにしてもその傾向は強く、彼らの住居は木の家そのものだった。といっても、他の部族の襲撃からの防御を想定している訳ではなく、ツリーハウスの様に防御上の理由から木の上に家を建てたりという事はない。人間であれば森の樹木を切り倒して平地を造るところ、エルフたちは樹木を伐採せず残し、そのまま住居を貫通する様に家を建てる。住居の中を大木が貫いているという外観上の特徴は屋内でも同様に顕著で、横方向に延びる枝や幹も切り落としたりせず、部屋を別つ壁の一部となる。
食生活に関して言うとエルフたちは半狩猟民族で、森の獣と森に自生するキノコの採取が主食となっていた。これはエルフたちが『森を切り開く』という事を良しとしない事から極相林に於ける日照の制限があり、森林自体が農耕に適さない事による。また、食物連鎖の頂点として如何に豊かな森林地帯といえどそれ程多くの人口を賄える訳ではなく、彼らが数多の小規模な村落に分かれて居住する理由は供給可能な食糧資源の量に依存するものと言えた。その結果、狩猟による動物性タンパク質を補う為に、比較的採取量の多いキノコ類が多く食されており、同時にキノコ類はエルフたちの造る『魔法薬』の主要な原料の一つとなっている。
かれらエルフの民族的な閉鎖性はこれら生活環境に加え保有魔力の高さに依る長寿命と、その結果としての生命あるいは生存への無関心が起因すると考えられる。文字を持ちながらその文化の多くを口伝による伝承により維持し、書物や他の手段による明文化や維持、保存といった事を行う事はなかった。また、彼らは人間やドワーフに比較し変化や発展といった事を拒み、その考え方は生まれながらにして魔法使いである彼らの『魔法』への接し方にも表れている。エルフは四大元素全ての魔法を扱えるが、ドワーフの様に複数のカテゴリの魔法を融合させたりという考え方を持っていなかった。長き時を『生まれし時も死せる時もそのままに』それが、彼らエルフたちの生き方だったと言える。
「それで?」
幸せな時間は、世の常として長く続く事は少ない。
ソフィアの膝枕という柔らかな至極の環境を堪能することなく、俺の覚醒に気がつき急に恥ずかしくなったらしいソフィアから問答無用で放り出されてしまった。折角の機会をほとんど眠り呆けていたらしい俺は、今は一人寂しく御者席に舞い戻っている。
正確には俺は何故か一人ではなく、横にヌイグルミの様な狼の子供が二頭。俺の横で狭い御者台に並んで座り、葦毛たちの手綱を取る俺をじっと見上げている。そんなに見つめられると恥ずかしい、じゃなくて、視線が痛い。ふさふさというか、毛先だけが黒い固めの灰色の毛で覆われた体は縫いぐるみ然としており、その愛らしい姿を目にしただけで、既に俺の敗色が濃いのは一目瞭然ではある。
「こっちの子がジル。で、そちらがジバっていうの」
後ろの荷台に座るシャーリーが指を指して教えてくれる。
『精霊』という存在は、時としてこの世界の動植物の形を採って表れる。その顕現は他の生物と違い湧出という点に於いて『魔物』に近似するが、『魔物』と違い悪意と『魔核』を持たない。その特性として幸運や成功を司るとも言われ、特に動物の形を採る『精霊』を『神獣』とも呼ぶ。『神獣』は人間や他の種族とも親しみやすいが個々が自由意思を持ち、そもそも人間に従うという事はない。
ないはず、だ。
「そうか、俺はフィレンツェだ。で、お前たちは何でこの馬車に乗っているんだ?」
既にどうやってかコミュニケーションを成立させているらしいシャーリーの説明によると、野兎を追っていたジルとジバだが、街道に飛び出したところでうちの葦毛の一頭がジバの方を蹴り飛ばした。『精霊』とはいえ実体を持つジバはダメージを受け、危うくその存在が消え去るところだったらしい。半ば強引なソフィアの手助けもあり、自分の魔力を分け与える事で虚無への拡散からジバの存在を引き戻す事が出来た俺は、ジバ(♀らしい)とその兄(♂らしい)のジルに懐かれ、ドーナの村に向かう俺たちに同行する事を望まれているのだそうな。
「まだ小さい子たちだから、歩くより乗せた方が早いでしょ。飼い主として、衣食住の提供は義務よ」
それはそうですけど、ソフィアさん・・・。それだけ矛盾を抱えたソフィアさんが、今更、合理性を謳いますか?大体、ソフィアさんの食事量は合理性の欠片もないでしょう?口には出せないですけどね。
ソフィアに食事の話をしても詮無い事ではある。あるいは、惚れた弱みか?しかし、この狼たちも結局は俺の魔力を食うとか言い出す気がするのだが、気のせいだろうか?その度にソフィアの膝枕というご褒美があるならば、それも良しとすべきなのか?いや、今度はシャーリーに頼んでみても良いのかもしれないが。その柔らかさや諸々の差異を、俺の心の中の比較レポートに・・・。
「いや、ソフィ、俺が訊いているのは・・・。そもそも、何時から俺が飼い主になったんだ?」
とはいえ、最後の抵抗を試みる。
これはあれだな、捨て犬や捨て猫を子供が拾ってきた家のパパの気分。いや、そういえば、シャーリーが来た時も似た様な展開でソフィアに押し切られた記憶が。シャーリーの所有者の次は『精霊』の飼い主なのか?
「魔力を分け与えてあげた時から?」
大きな木を回り込み緩やかに道が右にカーブすると突如として細く続く街道の前方に、エルフの村らしき物が見えてきた。やはり木で造られた各々の家を、大木が貫く様に聳えている。村と言っても人間の村の様に中央に広場を持つ様な造りではなく、鬱蒼とした森の中に小さな家々がはめ込まれている様な感じだった。
エルフの住まうドーナの村に来たのは、ドワーフの長老に手紙を託けられたからだ。余り長居するつもりはない。
何か物凄く疲れた気がするがドーナの村では宿も取らないならば、これ以上疲労を蓄積するのも問題がある。この際、ジルとジバの事は取りあえず後回しだろう。
「・・・宜しくな」
俺はため息交じりに横の二頭に手を差し出した。
ジルとジバが、俺の手の指をペロンと舐めた。




