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エピローグ 聴く者
古い部屋だった。
窓から夕暮れの光が差し込み、机の上には一冊のノートが開かれている。
壁にはバイオリンが掛けられ、棚の上にはオカリナが置かれていた。
フルートはケースの中で眠り、ピアノだけが部屋の隅で静かに佇んでいる。
男は鍵盤に手を置いた。
もう若くはなかった。
長い間、音楽を学んできたわけでもない。
どの楽器も、人並み以上に演奏できるわけではなかった。
それでも彼は、音が好きだった。
上手くなりたいからではない。
音の向こう側に何かがある気がしていたからだ。
男は一つの音を鳴らす。
音はすぐに消えた。
部屋には静寂だけが残る。
だが男は知っていた。
音は消えていない。
オカリナは風を覚えている。
バイオリンは震えながら世界を見る。
フルートは空気を夢見る。
ピアノは選ばれなかった可能性を抱いている。
そして人間は──
それらすべてを聴こうとする。
決して完全には理解できないまま。
それでもなお、耳を澄ませ続ける。
窓の外で風が吹いた。
男は少しだけ笑った。
世界は今日も変わらない。
けれど、その音の聴こえ方だけは昨日と少し違っていた。




