第5話:自己愛の共鳴、あるいは「理想の生活」という名の甘い罠
「……ふん、無駄な抵抗を。重心をずらすまでもなく、この筐体は右奥のアームパワーが極端に絞られています。あなたがいくら金貨を積もうと、私の『完璧な質量』は動きませんよ」
筐体の中でティーカップを置き、冷ややかに言い放つミニ・カレン。本物以上に気高く、そして憎たらしいほど冷静な「自分」を前に、カレンはレバーから手を離し、ガラス越しに顔を近づけた。物理法則と極悪設定で勝てないなら、攻めるべきは「解剖学的」ではなく「精神的」な同一性だ。
「……ねえ、そこの小さな私。一生そんなアクリルケースの中で、変態店主の無愛想な面図らを眺めて過ごすつもり?」
カレンは周囲の冒険者に聞こえないよう、極めて親密な、しかしどこか気恥ずかしそうなトーンで囁きかけた。
「私の屋敷に来れば、寝具は最高級のオークシルクよ。インテリアも、あなたが……いえ、私たちが大好きな、あの重厚なウォルナット材で統一してあるわ。食事だって、専属の料理人が作る『子羊の香草焼き』が食べ放題。……店主が持ってくる、米が固くなった『ほか弁』とは訳が違うわよ?」
ミニ・カレンの眉が、ピクリと動いた。たけしの「完璧な再現」が仇となったのだ。食の好み、肌に触れる質感のこだわりまで、二人は完全に同期している。
「それに……」
カレンは顔を赤らめ、さらに声を潜めて、未知の「理想」をプレゼンし始めた。
「私の騎士団には、彫りの深いギリシャ彫刻のような鼻筋に、鋼のようにしなやかな腹斜筋を持つ第二部隊の副団長がいるわ。彼は訓練中、よく汗を拭うためにシャツを脱ぐの。その時の、大円筋から広背筋にかけての『逆三角形の稜線』といったら……解剖学的に言っても、店主が描くむさ苦しいオークのデッサンとは比較にならない美しさよ」
「……なんですって?」
ミニ・カレンの目つきが豹変した。たけしの家しか知らない彼女にとって、それは未知なる聖域の記述だった。
「いい? 彼の筋肉は、単に肥大しているんじゃないわ。実戦で鍛え抜かれた、無駄のない『機能美』の結晶よ。屋敷に来れば、あなたは私の肩に乗って、その広背筋を……特等席で『鑑賞』できるのよ?」
「……っ!!」
ミニ・カレンの瞳に、生々しい「情熱」が宿る。理想的な内装、贅沢な食事、そして何より、たけしの作品にはない「本物の機能美」を備えた男たちの存在。
「……悪くない提案ですね。店主の家は、そこら中に樹脂の削りカスが落ちていて、衛生的にも解剖学的にも不適切だと思っていました。それに何より、わたしは美しい物が好きですから、店主との生活にはそろそろ飽きていました。その副団長の『逆三角形』……この目で検分する必要があります」
ミニ・カレンはよろよろと立ち上がると、自ら「出口」に向かって歩き始めた。
「いいですか、アームが降りてきたら、私は自らその爪に『大転子』を引っ掛けます。タイミングを合わせなさい、私!」
「ええ、分かっているわ、私!」
たけしがカウンターで新作の金型を調整している隙に、聖騎士とフィギュアによる「脱出作戦」が始まった。もはやそれはクレーンゲームではなく、欲望による密入国に近い光景であった。




