セドリックの決断
——第二王子宮侍従エミール・ハザック私信
姉宛、冬月二十五日
姉上、また書きます。
今回は少しつらい話です。
殿下が気づいてしまったのです。
いえ、気づいていなかったはずがない、と言うべきかもしれません。ずっと見ないふりをしていたものの——そういう顔をしておられました。
ラウル公爵のもとへ、エレノア嬢が通う頻度が増えています。
糧食の話、配分の話、工房の話。用件はいつも実務です。それだけなら、これまでと変わりません。
けれど、最近は少し違うのです。
公爵家から戻ったエレノア嬢が、ほんのわずかだけど肩の力が抜けている、と殿下がおっしゃったのです。
そんな姿を見たことがあるか、とも。
私はありません、と答えました。
殿下は「私もだ」と静かに笑われました。
それだけで十分でした。
自分の前では見せない姿を、別の場所で見せている。
殿下がそれに気づいた以上、もう先の話は聞かなくてもわかります。
——第二王子セドリック未送信書簡
日付なし、封緘なし
エレノア嬢。
この手紙を送ることは、たぶんありません。書いているのは私の都合で、あなたには関係のないことだから。
私はあなたを休ませたかった。
帳面を閉じて、茶を飲んで、少しでも眠ってほしかった。
冷えた指に手袋を届け、疲れた目に灯りを減らし、あなたが「もういい」と言うまでそばにいたかった。
でも、あなたが求めていたのは、休息ではなかったのですね。
重さを分かち合う相手だった。
同じ景色を見て、同じ判断を引き受けて、同じ側に立つ人だった。
それが私ではないことを、私はいつから知っていたのでしょう。
たぶん、最初からです。
あなたが私の差し出す茶を受け取りながら、決して帳面を閉じなかった時から。
あなたが感謝の言葉を述べるより早く「それより北街区の件を」と返した時から。
あなたは不親切な人ではありません。
ただ、やさしくされることに居場所を感じない人なのだと思います。
私のやさしさは、あなたにとって休憩でしかなかった。
休む場所は必要なものですが、あなたはそこに留まりません。
そのことを残念に思っています。
ですが、あなたが私に合わせなかったことを、むしろ正しかったとも感じています。
合わせてくれていたら、私はたぶんもっと長く、見当違いのまま隣にいただろうから。
——贈答品控え
冬月二十六日付
第二王子セドリック殿下より、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス宛。
羊毛手袋一双。上質、薄仕立て。帳面仕事の妨げにならぬもの。
添え書き一葉。
「これが最後の贈り物になるかもしれませんが、どうか冬の終わりまで、指先だけでも温めてください」
——再構成会話
王宮東棟小部屋にて
贈り物は侍従経由ではなく、殿下がご自身で届けられました。
エレノア嬢は帳面を広げた机の前にいらっしゃいました。
「セドリック殿下……?」
「お互い忙しい身ですから、手短に。――これを」
「これは……手袋ですか?」
「ええ。前に差し上げたものが、だいぶ擦り切れていたようですので」
エレノアは包みを開いて、手袋を手に取りました。
指先を確かめるように少し広げて、それから殿下を見ました。
「……ずいぶんと、よいものですね」
「そうでなければ春まで保ちませんから」
「…………殿下」
「はい」
「ありがとう存じます」
殿下は少し目を見開かれました。
あの方が素直に礼を言うのを、私は初めて聞きました。
飾りのない、短い礼でした。
けれどそれは、これまでのどの受け答えとも違っていました。
殿下は微笑まれました。
いつもの穏やかな笑みでしたが、目の奥だけがほんの少し違いました。
うれしいのと、つらいのと、両方が混ざったような目でした。
「あなたのお役に立ててよかった、エレノア嬢」
それだけ言って、殿下は部屋を出られました。
振り返りませんでした。
——エミール・ハザック私信 末尾
姉上、殿下は悲しい顔を見せない方です。
怒りませんし、荒れませんし、当たり散らしもなさいません。
部屋に戻られて、いつもどおり書簡に目を通して、いつもどおり茶を飲まれました。
ただ、その夜だけ、茶を二杯目まで飲まれたのです。
殿下はいつも一杯で足りる方ですのに。
二杯目があったということは、一杯だけでは心が落ち着かなかったということでしょう。
あの方が素直に礼を言ったのを聞いた時、殿下はうれしかったのだと思います。
でも同時に、わかってしまったのだと思います。
素直に言えたのは、もう構えなくてよくなったからだ、と。
相手が恋の相手ではなくなったから、ようやく「ありがとう」が出てきたのだ、と。
殿下はそれを、たった二杯の茶で呑み込まれました。
私には、その背中にかける言葉を、持ち合わせてはいませんでした。




