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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
三人の愛の形

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34/49

未送信書簡

——近衛副官ルスラン・ベルデン卿書簡

旧友宛、北方駐留中


 以前書いた、殿下が火にくべた手紙のことを覚えているか。

 最後の一枚だけ端が燃え残って、俺が拾い上げた、あれだ。


 戦地に来てから、殿下はもう一通書かれていた。

 今度は燃やさなかったし、封もしておられなかった。

 進軍中に殿下がうっかり落とされてしまい、俺はたまたま目にしてしまったのだ。

 紙の端が濡れて、下半分はもう滲んでしまっていたが、俺はいまでもはっきりと覚えている。



——王太子アレクシス未送信書簡 抄


 エレノア。

 本当は、こんな手紙を書くつもりはなかった。

 帰るつもりでいたし、合って言えばいいと思っていたからだ。


 けれど、いざとなると人は案外、自分が明日も生きていると思えなくなるらしい。

 だからしたためておこうと思う。お前が目にする機会がなくとも、そうすることで自分の気が幾分か晴れるような気がしたから。


 お前には、都合のよいことばかりを言った。

 あの時の俺は、それがお前を守る言葉になると、本気で思っていたから。

 だが今は分かる。

 俺はたぶん、お前の強さに甘えていた。


 お前が帳面を抱えて廊下を歩いている姿を、俺は何度も見た。

 なぜだか、きれいだと思った。美しいと感心さえした。

 だが、あの帳面の中に何が書いてあったかを、俺は読んでみたことはあっただろうか。

 お前が夜半に使いを出し、朝までに何を動かしていたか、俺は知っていたか。

 知らなかった。知ろうとしなかった。

 お前の姿だけを見て、それで分かった気になっていたのではないだろうか。


 お前が何を抱えていたのか、私は最後まできちんと見ていたとは言えない。

 だから、もし無事に帰ることができたなら、今度こそお前を——

 【以下、泥濘により判読困難】


 俺が王太子でなければと、考えなかった日はない。

 ――いや、違うな。

 王太子であるからこそ、お前に言えなかったことが多すぎた。


 できることなら、お前に謝罪したい。

 あの日のことも、その前のことも、そのずっと前から積み重ねた、都合のいい期待も。

 俺はお前に、分かっている顔をして、心無い言葉ばかりを渡してしまった。


 だから、

 【ここより数行、泥汚れにより判読不能】


 帰れたなら、今度こそ貴女にだけは、嘘をつかないと誓おう。



——ルスラン・ベルデン卿書簡 続き


 俺は手紙をそっと殿下の背嚢(はいのう)へ戻した。

 翌朝、殿下は背嚢を確認したとき、少しだけ眉を動かしておられた。もしかしたら、俺が触ったことに気づいたのかもしれない。


 だが何もおっしゃらなかった。


 封もせず、燃やしもせず、荷のいちばん底に押し込まれたまま、あの手紙は俺たちと一緒に、戦地を旅している。

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