未送信書簡
——近衛副官ルスラン・ベルデン卿書簡
旧友宛、北方駐留中
以前書いた、殿下が火にくべた手紙のことを覚えているか。
最後の一枚だけ端が燃え残って、俺が拾い上げた、あれだ。
戦地に来てから、殿下はもう一通書かれていた。
今度は燃やさなかったし、封もしておられなかった。
進軍中に殿下がうっかり落とされてしまい、俺はたまたま目にしてしまったのだ。
紙の端が濡れて、下半分はもう滲んでしまっていたが、俺はいまでもはっきりと覚えている。
——王太子アレクシス未送信書簡 抄
エレノア。
本当は、こんな手紙を書くつもりはなかった。
帰るつもりでいたし、合って言えばいいと思っていたからだ。
けれど、いざとなると人は案外、自分が明日も生きていると思えなくなるらしい。
だからしたためておこうと思う。お前が目にする機会がなくとも、そうすることで自分の気が幾分か晴れるような気がしたから。
お前には、都合のよいことばかりを言った。
あの時の俺は、それがお前を守る言葉になると、本気で思っていたから。
だが今は分かる。
俺はたぶん、お前の強さに甘えていた。
お前が帳面を抱えて廊下を歩いている姿を、俺は何度も見た。
なぜだか、きれいだと思った。美しいと感心さえした。
だが、あの帳面の中に何が書いてあったかを、俺は読んでみたことはあっただろうか。
お前が夜半に使いを出し、朝までに何を動かしていたか、俺は知っていたか。
知らなかった。知ろうとしなかった。
お前の姿だけを見て、それで分かった気になっていたのではないだろうか。
お前が何を抱えていたのか、私は最後まできちんと見ていたとは言えない。
だから、もし無事に帰ることができたなら、今度こそお前を——
【以下、泥濘により判読困難】
俺が王太子でなければと、考えなかった日はない。
――いや、違うな。
王太子であるからこそ、お前に言えなかったことが多すぎた。
できることなら、お前に謝罪したい。
あの日のことも、その前のことも、そのずっと前から積み重ねた、都合のいい期待も。
俺はお前に、分かっている顔をして、心無い言葉ばかりを渡してしまった。
だから、
【ここより数行、泥汚れにより判読不能】
帰れたなら、今度こそ貴女にだけは、嘘をつかないと誓おう。
——ルスラン・ベルデン卿書簡 続き
俺は手紙をそっと殿下の背嚢へ戻した。
翌朝、殿下は背嚢を確認したとき、少しだけ眉を動かしておられた。もしかしたら、俺が触ったことに気づいたのかもしれない。
だが何もおっしゃらなかった。
封もせず、燃やしもせず、荷のいちばん底に押し込まれたまま、あの手紙は俺たちと一緒に、戦地を旅している。




