公爵の本意
——公爵家財務顧問オーレン・ヴィース覚え書き
日付なし、封蝋あり
ラウル公爵閣下に進言す。
伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスの実務関与が深まるほど、北街区の出納は公爵家経由で動くことになる。これは好機である。
令嬢の才覚が本物であるなら、なおさら手元に置く利がある。
帳場を握る者が配分を握り、配分を握る者が人心を握る。
伯爵令嬢を公爵家に取り込めば、北街区のみならず、南門受入れ所の掌握も容易になる。
婚姻でなくともよい。顧問の名目でも、客分でもよい。
形はどうあれ、あの令嬢を公爵家の内側に置くことを提案する。
閣下の御判断を仰ぐ。
——家令補佐覚え書き 同日付
財務顧問オーレンの進言書、閣下のお手元へ届けたのは私です。
閣下はお読みになって、しばらく黙っておられました。
賛否どちらとも取れない沈黙でした。
私が気になったのは、閣下がその書面を破り捨てなかったことです。
ふだんの閣下であれば、くだらぬ進言は目の前で破って返される。そういうお方です。
けれどあの紙は、机の端に伏せて置かれたまま、翌朝もそこにありました。
何も答えなかった、というのは、退けたということではありません。
かといって、受け入れたということでもない。
ただ、考える余地を残した——少なくとも、私にはそう見えました。
——宮廷内噂録 第三書記官控え
ラウル公爵が伯爵令嬢を重用するのは周知のことだが、その意図について見方は割れている。
ある者は、令嬢の実務の才を純粋に買っているのだと言う。
またある者は、北街区の差配権を事実上握るための布石だと見ている。
なかには、あれは駒だという者もいた。
「ラウル公爵は伯爵令嬢を便利に使っているだけですよ」
「だが、便利に使うだけなら、異論を自分で引き受けたりはしないのでは……」
「それも計算でしょう。守ってやった恩を売っておけば、あとで使いやすいとお考えかと」
「まさか。……あの公爵が、そんな回りくどいことを?」
「回りくどいことをするのが政治というものです」
噂というのは、どちらにも読めるから厄介です。
公爵が伯爵令嬢を信頼している、とも読める。
公爵が伯爵令嬢を利用している、とも読める。
どちらの読み方にも、ちょうどいい量の証拠がある。
——家令補佐の所感 私的書付
正直に書きます。
私にも、わからないのです。
閣下が伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様の才を見ていることは間違いありません。
あの方の案を通し、異論を引き受け、名前を前に出すことまでなさっている。
それは事実です。
けれど、それが才への敬意なのか、それとも才を手元に囲い込むための手順なのか。
そこだけが、どうしても見えないのです。
閣下は笑わない方です。
怒りもあまり見せない方です。
だから表情では読めない。
伯爵令嬢と向き合っているとき、閣下の目がほんの少しだけ変わる瞬間がある——ような気もします。けれど、それは私がそう見たいだけかもしれません。あの方が本当に伯爵令嬢の才だけを見ているのか、それとも別の算盤を弾いているのか。いちばん近くにいる私にすら、わからないのですから。




