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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
恋と実務の二重奏

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12/23

公爵の照会

——ラウル公爵家家令補佐の記録

照会文発送の件


 この日の照会文は、いつもと少し毛色が違いました。

 ふだんラウル公爵閣下が出される文書は、指示か、命令か、確認です。問いかけることはめったにない。あの方は人に聞くより自分で決めるほうが早いと思っていらっしゃるし、実際そうです。

 けれどこの日、閣下は「問い」を出されたのです。

 しかも宛先が、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様とは――



——ラウル公爵家発照会文

北街区受入れ再編の件


 北街区の受入れ数、当初見込みを超過。

 現行配給では七日後に不足が出る。

 式典備蓄を開く案について、先行提出の再計算表を確認した。

 ついては、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様の判断を問う。


 一、いま開くべき倉をどれと見るか。

 一、工房貸付を減らす場合、どこまでを許容とするか。

 一、南門負傷者受入れ増を前提に、削ってよい名目があるか。


 急ぎ返答されたし。

 なお、数字のみでなく、冬越えの現実を含めて答えられたし。



——伯爵家側の記録

回答待ち控え 同日付


 ラウル公爵家よりの使者、正午前に到着。封蝋は黒。

 宛名は伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様。


「これ、ラウル公爵からですか?」

「そうだ」

「公爵ご自身で決めれば済む話でしょうに……」

「済まないから、エレノア様に送ってきたんだろうよ。あの方がお尋ねになるときは、本当に困っている時だけではないか」


 エレノア様は照会文を一読して、しばらく黙っておられたそうです。

 二読ののち、倉番号を書き抜き、工房名三つに線を引かれました。

 それから使者に、一つだけ確認をなさったのです。


「ラウル公爵は、"どれを削るか"とお書きだったわね」

「はい、エレノア様」

「"削るな"とは、書いていない」

「……はい」

「つまり、削る前提で聞いていらっしゃる訳ね。けれど、どこを削るかはこちらに任せている。しかも"冬越えの現実を含めて"と添えて……数字だけで答えるな、ということかしら。だとしたら、ずいぶん重い問いかけね」



——返答案下書き 控え


 北倉第二を先に開くべきです。

 第一は寒波が長引いた場合の底として残してください。

 工房貸付は細くしても止めてはなりません。止めれば春先の織布が消え、結局は配給がさらに痩せます。

 削るなら式典備蓄。ただし名目は変えず、搬出先のみ差し替えるべきです。見かけを保たねば異論が早い。


 追記。

 冬越えだけを見るなら、南門負傷者受入れ分は切れません。

 ここを切れば、数字より先に人が崩れます。



——ラウル公爵家家令補佐の記録 続き


 エレノア嬢からの返答が届いた時、閣下はお読みになって、一言だけおっしゃいました。

 「そのまま通せ」と。


 再照会はありませんでした。修正要求もありませんでした。

 数字の根拠を問い返すでもなく、冬越えの判断を改めるでもなく、伯爵令嬢の案をそのまま実施に回された。


 異論が出ることは分かっていたはずです。

 式典備蓄に手をつければ、面子を気にする向きから苦情が来る。工房貸付を続ければ、無駄遣いだと言う者が出る。

 それに対して、閣下はこう書き添えられました。


 ――当該異論はラウル公爵預かりとする、と。


「このまま通すんですか、閣下?」

「通す」

「伯爵令嬢エレノア様の案を、一字も変えずに?」

「変える必要がないだろう」

「そんな、異論が出るでしょうに」

「出るだろうな。だからこそ俺が受ける必要がある」


 命じたのではないのです。

 問い返しているのです。しかも、返ってきた答えをそのまま受け入れ、異論は自分が引き受けると書き添えている。

 それだけで、この文書は他のどれとも違っていました。

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