57.ワサ狩りに行こう!
東門を抜けると、遠くに森が見える西門とは違って、なだらかに起伏する草原がどこまでも続いていた。たまに低木が立っている以外、遮るものは何もない。
「おおー、絶景、絶景!」
「ぜっけー、ぜっけー!」
目の上に手をあてがって遠くを眺める俺の隣で、タローが伸びあがって俺の真似をする。多分、意味は分かっていない。
おやっさんは右胸を中心に覆うような丸い胸当てに、肩当てくらいの軽装だった。その肩に担いでいるのはタローほどの大きさはありそうな、でっかい棍棒だ。
なんかトゲトゲが飛び出てて、いかにも痛そうで怖いよー。
なんで獣を狩りに行くのに棍棒なんだよ? 剣とかじゃないのかよ。
「宿の片づけや夜の仕込みもある。あまり時間はかけてらねぇ。さっさと行くぞ」
おやっさんは俺の疑問の視線は無視して、顎をしゃくると先に立って歩き始めた。
ワサって言うモンスター? 動物? よく分かんないけど、どこにいるのか知ってるみたいだ。
おやっさんの足は速い。そんなに足は長くないのに、サクサク歩いて行く。
現実世界だったら趣味はアニメとゲームって言うオタクな俺は10分も行かない内に音を上げただろうが、こっちの世界に来て毎日出歩いているので体力がついてきたみたいだ。
なんとかついて行けている。
レベルが上がったせいもあるかも知れないな。
おやっさんの後ろにいると日の光を反射して頭頂部が眩しい……って言うのは口が裂けても言えない。
俺だってその肩に乗せられた凶悪そうな棍棒で吹っ飛ばされたくないからな。
なんでさ、髭もじゃで胸毛もぼうぼうなのに、頭だけキレイさっぱりないんだよー。
凄く気になるよー。
「おい」
「俺じゃないです! 何も言ってないです!」
おやっさんが振り向いたので、反射的に言い訳をしてしまう。挙動不審な俺を、おやっさんは相変わらずスルー。
「そうじゃねぇ。ワサの近くまで来た。少し身を低くしろ」
しゃがむように指示される。
草原の草は膝辺りから、高いところだと腰辺りくらいまである。タローなんて埋もれてしまって、ほとんどしゃがむ必要がないくらいだ。
「どれどれ……」
ワサってどんな動物なのかなー……と、中腰で草むらから目だけ出して、ワクワクと遠くを窺った俺は固まった。
なにあれ。俺、アフリカ大陸の野生動物みたいなテレビ番組で見たことあります。
あれは牛じゃないです。
バイソンです。
筋肉隆々そうな盛り上がった肩。人より遥かにでかい身体。真っ黒な毛並み。
そして額から突き出ている、いかにも狂暴そうな太い角。
無理。無理無理無理。絶対、あんなのと戦ったりできないから!
一狩り行こうぜ、みたいに気軽に戦いに行くような相手じゃないから!
しかもそれが一匹ならまだしも、平原を埋め尽くすほど群れでいるんだぜ? 100や200どころの数じゃないと思うんだけど……。
「あ、あんなの、どうやって狩るんですかー?」
青い顔で呟く俺と違って、おやっさんは気楽だ。
「1頭だけ釣り出して、これで殴るに決まってんだろ」
目の前に棍棒を突き出される。
おやっさんとバイソン……どっちと戦いたいかって言われたら微妙だな。どっちも嫌だな。あぁ、バイソンじゃなくてワサか。
魚じゃないのに釣るってどうやるんだろうと思っていると、おやっさんは肩から弓を外した。
棍棒に注目し過ぎて気づいていなかったけど、弓矢を持って来ていたみたいだ。
なるほど~。魚の釣りじゃなくて、ゲーム用語で言う、敵を攻撃して戦いやすい場所に誘導するって意味だったんだな。
冒険者でも使うんだ!
「お前、弓は使えるか?」
ずいっと弓を差し出されて、首を振る。俺は弓技系のスキルは一つももっていない。と言うか、今のところ精霊魔法以外、何も持ってない。
「いーえ、まったく」
「なんでだよ。エルフだろ、森の民だろ?」
「エルフが全員、森で育つわけじゃないんですよ」
俺は正真正銘、街育ちの現代っ子だ! 弓なんて撃ったことあるわけない!
腰に手を当てて無駄に胸を張る。
いつもながらおやっさんは、俺の胸でぷるるんと揺れる巨大マシュマロには無関心だ。
注目されるよりいいんだけどさー。奥さんもいないみたいだし、女性に興味がないのかな?
「まぁいい。じゃぁ、ちょっと練習してみろ」
え? 今すか?
おやっさんに強引に渡された弓を無言で見下ろす。




