第陸話 円形闘技場1
異世界に来てから約2週間が経った。
その間に神社に来る人達の中で友達が何人かできたり、美麗の家で自分の家と同じようにゴロゴロすることが出来るようになっていた。
相変わらず体は元に戻らない。だが、力は落ちたものの活力は増えたようで、元の世界よりも動き回れるようになった...気がする。
そんな感じで平和と若さを満喫していたある日、美麗が一緒に出かけようと言った。
この世界に来て二日目に見回り(散歩)して酷い目に遭って以来、個人的には出かけることもあったが、一緒に出かけたことがなかったので、直巳は直ぐに承諾した。
しかし、その目的地は驚くべきものだった。
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「ねぇ直巳、久しぶりに一緒に出かけない?」
美麗がそう切り出してきたのは朝食の時だった。
「美麗さんが着いてきてと言うなら、私はどこにでも着いていきますよ」
というか、拒否権なんて俺にはないだろ?と心の中で突っ込む。
「よかったー。それじゃ、円形闘技場に行こっか」
「こ、円形闘技場...?」
直巳の元いた世界には円形闘技場というものがあり、今は使われていないがどのような用途で使用されていたか、ぐらいは知っている。
それ故に疑問を覚えた。
この世界は死ぬ事が出来ない上に、苦しむとその負の感情によって悪霊が湧く。ならば円形闘技場というのはこの世界で最も相応しくないものなのではないか...と。
「うん、円形闘技場だよ。今日は三ヶ月に一度開催される本戦初日なんだ。それで、直巳にも見てもらいたいなって!」
その後、いつもの事だが拒否権のない直巳は美麗に円形闘技場に連れてこられた。
美麗の「転移符」のおかげで神社から円形闘技場に転移することが出来たが、神社から歩いてくると三日はかかるらしい。
どうやら美麗は特別ゲストらしく貴賓席の方へ向かうというので、二人は観客席入口付近で別れた。
別れる間際、美麗は「観客席は近過ぎず遠過ぎずの距離が一番いいよ」というアドバイスを残して走り去っていった。
(さてさて、どこに座るかな...)
そう思いながら席を探す直巳。
この円形闘技場はおよそ二万人が収容できるらしいが、本戦開始一時間前にも関わらず、既に座席はほとんど埋まっていた。
暫くあちこち探したが、美麗がアドバイスしたような丁度いい場所がみつからない。
空いている場所といえば一番上と一番下の席ばかりだ。
ならば上か下かどちらか選ばなければいけない訳だが、直巳は下に行くことにした。
この体になって視力はだいぶ回復したようだが、それでもさすがに一番上に座っては見ずらいだろう。それに、見えたとしても遠くからでは迫力にかける。
それならば最前列で見る方が断然いいというものだ。と言うかむしろ、空いているならば最前列で見ない方がもったいないというものだろう。
そう思い行動に移そうと思った直巳だったが、その前に後ろから声がかかった。
「おやおや、そこにいるのは直巳様ではありませんか!座る場所がないのですか?ならば荷物をどけますので、私の隣へどうぞ!」
そう言ったのはクロノスの住処であり料亭でもある『刻神亭』で出会った座敷わらしだ。
その座敷わらしは三席ほど占領していた荷物を一席分だけどけ、残りの荷物の上に積み上げる。
ほぼ満席のこの円形闘技場で荷物で席を占拠するのは許し難い暴挙だが、他の者は何も言わない。
それもそのはず。
初めて会った時、直巳はただの子供だと思っていたが、彼女はクロノスの最も信頼する従者らしい。
クロノスのことを尊敬する人々にとって、この座敷わらしはクロノス同様に尊い存在だ。
故に、この程度のことで一々口を挟む輩などいない、という訳だ。
「ありがとうございます凜音さん。...あ、銀想もいらっしゃったんだ?」
凜音というのはクロノスの所の座敷わらしの名前である。
およそ週に三度ほど神社に来るので、直巳とも親しい関係だ。
ちなみに、神社に来るのは退屈だから、らしい。クロノスの従者というのはよっぽど暇そうに見える。
そして凜音が胸にだいている人形が銀想だ。
吸血鬼狩りでもするような人物が着ていそうな服装に金髪碧眼。耳には十字架のイヤリングをしており、如何にも、という見た目の人形だ。
だが、この人形が本体ではない。
これはあくまでも本体に似せただけの、いわば通信器具だ。
本体の意思で自在に動かすことも出来るらしいが、それは割愛。
「なんだ。誰かと思えば直巳か。珍しいな、お前が遠出をするなど。あの神社で引きこもっている方がお前にはお似合いだぞ?」
ハリのある声で直巳に話しかける銀想。この人形には本体と視界を同調させる効果もあり、それによって直巳だと判断したのだろう。
銀想は男なので神社に入ることは出来ないが、町でたまに出会うことのある人物だ。人間でありながら上位魔法を軽々使える人物として一目置かれている。
そんな銀想だが、直巳に対して少し小馬鹿にしたような口調で話しかけてくる。だが、既に反撃の手は用意してある。
「ふん。銀想のくせに言うじゃん。でも、円形闘技場に人形だけ寄こして本体は来ない誰かさんの方がぁ、よっっっぽど、ひ・き・こ・も・り、だとは思いませんか?...ねぇ?どうですか?」
精一杯嫌味ったらしい口調で返す直巳。それに対し、銀想もすかさず反撃をする。
「俺は魔法の開発で忙しい。今回の円形闘技場観戦も、盗みたい魔法技術があったら、見た時の記憶を頼りに直ぐ練習しなければならないからな。暇を持て余しているのに外に出ないお前の方がよっぽど引きこもりだ」
「私だってぇ、一日二回くらい外に出てますから、ねぇ?それに比べて銀想さんはぁ、ここ一ヶ月外に出ましたかぁ?んー?」
「馬鹿にするな。俺だって...」
「二人ともうるさい。またいつもみたいに喧嘩して。直巳も直巳だけど、銀想。あんまり酷いと人形燃やすからね?」
だんだん口論を加熱させる二人に対し、凜音が処置なしと首を振ると、凜音の隣に座る人物がそこに割り込んだ。
艶やかな着物を着た妖艶な雰囲気を放つ人物。
額からは角が一本生えており、人間ではないことが分かる。
鬼。美麗が召喚しようとしたものとは別種だが、凄まじい肉体能力を持つという点で共通している。
さらに、この鬼ー名前は馨射というーは発火能力を持っている。そんな馨射からすれば銀想の人形くらい、わけなく消し炭にできる。
「...ふん。分かったよ馨射。でも直巳、覚えておけ。次に町で出逢ったら、お前で今日開発する魔法の人体実験...って嫌だなぁ冗談だよ、冗談。ハハハ」
馨射が手のひらから炎を出し、人形の前でチラつかせたことで黙る銀想。
この人形は作るのが大変らしく、銀想もスペアはふたつしか持っていない。なので、そう易々と破壊されるわけにはいかないらしい。
「まったく...直巳、銀想がなにかしてきたらアタシにすぐ言うんだよ?」
「は、はい。その時はお願いします」
そう言った時、会場前列から歓声が上がった。
「始まったようだな...」
なにが始まったのだろうか。そう思い中央に視線を向けると、一人の男が手を振っていた。
「やぁみんな、今日はよく来てくれた。もう説明は不要だろうが、私はこの円形闘技場の主、オーベロンだ!」
(あれが『命神』か。...神なのになんで闘技場経営しているんだ?いやまあクロノスも経営してたけどさぁ)
そう思いながらオーベロンのことを注視する直巳。
遠くからなので顔立ちなどは全くわからないが、髪は緑色で短髪。服装は王族が着ていそうな豪華な衣装だと言うことがみてとれる。
「ではルールを説明する。と言ってもこれ一つだけだがね。ルールは『生き残ったものが勝者』。以上だ!」
そう言った時、会場が爆発的な歓声に包まれた。これがこの円形闘技場の恒例行事なのだろう。
「さて、それでは今から私の能力を改変し、『死亡した場合は1分間気絶してから健全な状態で復活する』という能力にする。異論あるものはそれを示せ!」
再び歓声に沸く会場。異論などあるはずがない、と言った感じだ。
「それでは長らくお待たせしたが、これより円形闘技場本戦第一試合を開始する!」