第肆話 殉教者
山の上にある神社っていいですよね!なんだか、俗世界と離れていて神聖な感じがします。
ただ、何百段という階段を上るので大変なのが難点ですが...。
そんなことより、記念すべき(?)五話目です!どうぞ!
次の日、朝日が昇ると共に、直巳は目を覚ました。
朝日、ということは午前五時頃だろうか。起床するには早すぎるくらいの時間だし、寝苦しくてあまり寝られなかったはずなのだが、思いの外かなり熟睡できた。
もちろん、昨晩は早く寝たということもあるのだろうが、それよりも、仕事や人間関係など、面倒なことからの解放感からくる余裕のおかげだろう。
なんやかんやあったが、異世界二日目の朝だ。なんだか、旅館で起きたような気分でありながら、家で起きたような気分でもある。
まだ薄暗い中、ゆっくり上半身を起こし、大きく伸びをしたところで、直巳はあることに気がついた。
昨日、隣で寝ていたはずの、美麗の姿がない。まだ起きるには早いと思ったのだが、もしかすると、美麗は先に起きたのだろうか。
普通に考えれば、朝日が登ったとはいえ、まだ寝ている時間だ。だが、ここは異世界。元の世界と常識が異なっていたとしても、何ら不思議はないだろう。
まだお互いのことをほとんど知らない、異世界に住む人物の家で寝坊する。そんな寝覚めの悪いことにはなりたくない。
そう思い美麗を探そうとした時、ふくらはぎあたりになにか違和を感じた。
違和感の正体を突き止めるため、直巳は布団をめくる。するとそこには、昨日とは頭の向きを逆にして、直巳の足にしがみつきながら寝ている美麗がいた。目を凝らしてよく見れば、直巳のすぐ隣には美麗の脚もある。
「...」
直巳は何事も無かったかのように布団を戻し、再び眠りについた。
「おはよー!いい朝だね!直巳も起きて!」
二度寝してから直巳の感覚で二時間ほど経ち、ようやく美麗が起きた。
起きてすぐだと言うのに、昨晩とはまた違った、それでいて相変わらずのテンションの高さで叫ぶことができるというのは、もはや一種の才能なのかもしれないと直巳はおもった。
「ふあぁ...おはようございます、美麗さん」
それに対し、そのテンションについていけない、というかついていく気のない直巳は、まるで今起きたかのように演じる。別に深い意味は無いのだが、いらない事を言って話を長くしたくはない。
「眠そうね?昨日はよく眠れた?」
「...いえ、全く」
この時、直巳は皮肉のつもりで笑ったのだが、疲れが完全には取れていなかったためか、引きつった笑顔となったらしい。
そのため、のちのち「あの時の直巳の笑顔は怖かったねー」などと美麗に言われることになった。
「ご馳走様でした。...さて、ご飯も食べたことだし、さっそくだけど行こっか?」
相変わらず甘いものしかない朝食を摂り終わり、これから何をするのかと考えていた矢先に、美麗からの提案があった。
「分かりました。いきましょう」
美麗の質問に対し、直巳はどこに行くのか、などと聞くことも無く即答する。昨日言われた通りなら、直巳のことを周知させにいくのだろう。
「さっすが!返事が早くて助かる!...それじゃ、これに着替えてね。さすがに浴衣じゃ外に出れないし」
そう言って美麗は、隣の部屋から持ってきたらしい服を無造作に渡す。それは、昨日美麗が着ていたものよりも、ワンサイズ小さめの巫女装束だった。
「あの、これは...?」
「これ?これはね、私が小さい頃に着てた巫女装束だよ。これを着てたら、私の関係者ってわかりやすいでしょ?」
小さい頃に着ていた。たしかに、今の直巳は美麗よりも体格が一回り小さい。もし美麗と同じサイズの巫女服を着れば、ぶかぶかなのは間違いないだろう。
だが、なんというのだろうか。男の矜恃、ではないが、美麗が小さい頃に着ていた巫女装束を着なければいけないというのは、なにか心にくるものがある。
しかし、今はそんな二重の意味で小さいことを気にしている場合ではない。それが理が適っている行いであるならば、尚更だ。
「ええ、そうですね。...すみません、巫女装束は着たことがないので、着方を教えてくださいませんか?」
直巳は、躊躇することなく美麗に巫女装束の着用方法を聞いた。この世界に来て、時にはプライドを捨てることの大切さを知った結果だ。
「もちろん!といっても、そんなに難しくないけどね。まずはこの襦袢を来て貰える?」
「これですか?わかりました」
美麗から渡された白い衣服を一旦脇に置き、直巳は衣服を脱いでいく。
「ん、直巳。肌着は脱がなくってもいいよ?」
浴衣を脱ぎ、肌着を脱ごうとした直巳にストップをかける美麗。それに対し、直巳は少し不思議そうな顔をした。
「え?そうなんですか?私の元いた世界の巫女装束は下着を着ていないと聞いたのですが...?」
「んん...?んー、そう...なの?ま、まぁ、この世界の巫女服は普通?に肌着の上から、それ...襦袢を着てくれればいいよ」
己のもつ巫女装束の知識とは少し異なった事実に、直巳は若干の衝撃を受ける。
しかし、ここは異世界だ。元の世界と似たものがあるからといって、それが完全に一致していなくても、何ら不思議なことは無い。いや、むしろ完全一致している方がおかしいだろう。
直巳は気を取り直し、肌着の上から襦袢を着る。ローマに居る時はローマ人と同じようにせよ、だ。元の世界よりも、この世界での常識に従うことが、臨機応変な対応というものだろう。
美麗の渡してきた襦袢を着終えると、美麗は再び白い衣服と、同じく白い帯のようなものを渡してきた。
「まあ、今日は軽い挨拶だし、掛襟はもういいかな...。ってことで次はこれ!こっちの服が白衣で、この帯っぽいのが腰帯ね。先に白衣を着て、その上から腰帯をするだけだから、難しくないと思うよ」
美麗に言われたとおり、この二つを着るのは大して難しいことではなかった。
ただ、白衣は想像以上に長く、足首辺りまで延びていた。念の為サイズ確認をしたが、美麗曰く、こんなものらしい。
「それで最後がこの緋袴と足袋。さすがに緋袴は初めてだと着にくいだろうし、ちょっとお手伝いするね」
そして、直巳は美麗のされるがままに緋袴をはかされる。袴と言うくらいだからズボンのようにはくだけかと思っていたのだが、後ろでちょうちょ結びして、折り返して、前でちょうちょ結びして...と思った以上に複雑な行程が必要だった。
直巳が足袋をはいたところで、両手を伸ばして両手の親指と人差し指で長方形を作り、その中に直巳をいれて観察していた美麗は、右手の親指を立てて、問題なし、の合図を送る。
「んー、よし、完璧!それじゃ、少し待ってね。私も着替えるから」
そう言って美麗は手馴れた手つきで着替え始めた。
その間に直巳は自分と、ついでに美麗の分の浴衣を畳む。浴衣を2着畳む程度のこと、さほど時間はかからないはずであったが、直巳が畳み終わったころには、既に美麗は着替え終わっていた。
それからいくつか出かける前にすべきことを済ませ、2人は外に出た。
この神社―北刻神神社―は、庫裏とは少し違うらしい居住用の建物が木々で覆われた山の中にあるため、出かけるためには、まず山を降りる必要がある。
直巳は文系の人間のため詳しいことは分からないが、恐らく極相樹らしい木々が林冠を形成し日光を遮っているため、昼間にもかかわらず、森の中は薄暗い。
しかし、林冠から僅かに漏れでる光が森の中を照らし、どことなく幻想的な風景が直巳の目の前に広がっていた。
(これが『生きた自然』、か...。確かに、悪いものじゃないな)
「だからね、直巳君。今度の休日にブナの原生林にレジャーにでも行こうじゃないか。どうせ君のことだ。暇なんだろう?」
これはかつて、直巳が独立する前に、同じ事務所にいたイソ弁が直巳に言った言葉だ。
大して仲の良くない頃から失礼なことを言ってくるようなやつで、直巳とは違った理由で知人を持てないタイプの人間だった。
それに対し、自分はどう返したのか。確か、「自然ならすぐそこの山でも事足りるだろ?誘ってくれて悪いが、わざわざそんな所まで行くのは...」とか、そんなふうに返した気がする。
「はぁ...?君、何を言ってるんだい?あんなもの、所詮植林だろ?僕が見たいのはだね、『生きた自然』なんだよ。人口の自然なんかじゃあない!」
しかし、あいつは諦めることなくレジャーに誘ってきた。それでもなお、なんとなく気乗りしなかったというか、あの時期は多忙で疲れていたので、あまり家から離れたくなかった。そのため、近くの観光地に1泊2日で出かけるという折衷案で方をつけた。
だが、やはり不満があったのだろう。「僕は君と出かけたいだけじゃない。あの美しさを見せてやりたかったんだよ!それだのに君ときたら...」と旅行中にも時々愚痴をこぼしていた。
それでも、最終的には、「まあ、今回の旅は君の君らしさを見れてよかったよ。僕からすれば、ある意味自然を見るよりも貴重な経験だったとも言えるしね。しかし、しかし...だ。次の旅行では、きっと僕の要望を叶えてもらうからな!」と、微妙に納得しているようなしていないようなことを言っていた。まあその約束も、いまとなっては永遠に果たされることはなくなってしまったのだが。
あの時は、何故あいつがそこまでこだわるのか理解できなかった。しかし、いまならわかる気がする。
「いい景色ですね、美麗さん」
悪路、という程ではないが、けもの道より若干整備された程度の山道を10分ほど歩いたところで、直巳は隣を歩く人物に語りかけた。
その人物は意外なものを見たかのように、しばらくは驚きの表情を浮かべていた。だが直ぐに笑顔になり、その考えに同意してくれた。
「わかる!みんなは手入れされてない山だっていうけど、ホントは綺麗な山なんだよね。この風情がわからないっていうのは、少なく見積もっても人生の半分は損してるよ!」
実際に半分も損しているかはさておき、確かにこの景色の風情をわからないのは勿体ない。そう、かつての自分で言ってやりたいところだ。
それからさらに暫く進むと、木々の生い茂るところを抜け、神社の入口に辿り着いた。
神社の入口は地上約50mほどの位置にあり、そこから下は階段になっている。その位置から望む景色は、先程の森の中の景色とは違った、それでいて先程と同じように直巳のこころを掴んだ。
「これは...まるで」
まるで中世の街並みじゃないか。心の中でそう続けた。
その街並みは元の世界と違い、配置に無駄が多く、住居も木造であったり煉瓦であったりとバラバラで、機能美というものをまるで感じない。だが一方で、あえて一つに統一しないという確固たる意思がそこにあり、まさに粋な街並みの一言だった。
それは、人間がほかの生物と決定的に違っているのは、遊びの文化であり、人間はホモ・サピエンスでも、ファーベルでも、ましてやデウスでもなく、ただルーデンスであることを象徴している。
確かに、元の世界からすれば、この世界の技術は時代に逆行しているとも言えなくもない。だが、それは文化度が低いという訳では決してなく、むしろ人間の行き着く先とも言われるべき、洗練された、それでいて粗野な文化を内包する街並みに、直巳は感嘆せずには居られなかった。
もっとも、この世界には妖怪などの類もいるそうなので、人間だけの街並みというわけでもなさそうだが。
その景色をみて、一刻も早く階段を降りて、近くで見てみたいという抑えようとしても抑えきれない衝動で浮き足立つのを止めようとしている直巳の隣で、美麗は鳥懐から取り出した札のようなものを鳥居に貼った。
「...ん、それはなんですか?」
浮き足立つ自分の心の動きを自分で誤魔化そうと、いまの思いとは関係ないことに関心を寄せる直巳。その不自然な行為のせいで微妙に声が裏返ってしまったが、美麗は気にせずに説明してくれた。
「これ?これは符っていって、魔力が込められた紙だよ。一応外出する時にはこれで結界を張って、戸締りがわりにしてるってわけ」
美麗の話によると、この世界は妖怪だけでなく、普通に魔法などの、つまり元の世界では非科学的、とされるようなものも存在しているらしい。恐らく、この符というものも、そういった類の道具なのだろう。
元の世界のように無駄にシステムが複雑化し、それでもなお、その気になれば他人にも開けられるような馬鹿げたものと比べれば、魔法の偉大さというものがよく分かる。
「へえ、それだけでいいなんて、便利ですね」
「まあね。そういえば、直巳の元の世界に、こういうのはなかったんだったっけ?まぁ、無くても別にやって行けないこともないけど、ないと絶対不便だろうなー...。うーん...」
美麗は魔法や、それに準ずる物のない世界を想像しているのだろうか。人が考え事をする時のように、上を向きながら階段を降りていく。
北刻神神社の入口にある階段は、およそ300段ほどで、若干大変ではあるものの、駆け足で登ったりしない限りは、途中でへばることなく登り降りができる。
ただし、この階段は少しも曲がることなく真っ直ぐで、踊り場のようなものもないため、仮に階段を踏み外した場合、最大300段から落下することになり、非常に危険だ。
そんな階段を足元を見ることも、手すりを持つことも無く降りていく美麗を見て、人知れずハラハラする直巳。この神社に住んでいるということは、この階段にも慣れているはずだが、わかっていても他人から見れば心中穏やかにはなれない。
しかし、声をかけるにしろ、目の前に手を振りかざすにしろ、美麗の行動を妨げる行為を行った場合、下手すればそれがきっかけで階段から落ちることも有りうる。その方が、直巳が何もせずに美麗が落ちる以上に望ましくない。
そのため、美麗が万が一落ちたらとめられるように、と美麗の少し先を歩く。実際に落ちたとしても直巳には受け止められなかっただろうが、直巳の心配は杞憂に終わり、何事もなく二人は階段を降りる事ができた。
直巳達が降りたところは、城のような建物はないものの、多くの人で賑わう城下町という言葉がピッタリ当てはまりそうな場所だった。そこにいる人々は、着ている服はもちろん、髪や肌の色もバラバラで、中には人では無いものも少数ながら混じっており、もしここが元の世界なら、「ユートピア」と言われるだろう。
だが、その様子を近くで観察したいという念願がかなったにも関わらず、直巳はいまそれどころではなかった。
想像してみて欲しい。もしあなたの街に、名も知らぬ少女が来たらどうなるだろうか?恐らく、誰も気には止めないだろう。
しかし、その少女が、誰もが知る有名人と歩いていたら?その有名人に目がいくことは間違いないが、それ以上に隣を歩く少女は誰か、と注目しないだろうか。
いまの直巳もそういう状態で、流石は現人神と言ったところか。この世界で美麗がどのような地位にあるのかは知らないが、かなりの有名人らしく、道行く人がみな挨拶をしてくる。
当然といえば当然だが、その挨拶は美麗に向けられたものであって、直巳にではない。だが、向こうは名前を知らないから呼んでいないだけで、もしかしたら自分への挨拶も含ませてきているかもしれない。
そう考えると、挨拶を返さなければいけないのか、でも違っていたら「お前に挨拶してるわけじゃない」と思われはしないか、そういった板挟み状態で苦悩してしまう。
さらに、その精神状態のせいか、耳をすませば、街の人々が、我らが敬愛すべき現人神の隣にいる小娘は誰だ、と噂しているような気がする。隣にいる人物の肩を叩いてこちらを指さしてくる人物など、間違いなくそうだ。
(...。ー!くそっ!なんで俺がこんな辱めを!こんなことなら別々に行動すればよかった...。いや、いまからでも遅くはない。いまからでも離れて動けば...!)
そして、これを実行に移そうとし、直巳は気がついた。そもそも、美麗がどこに向かっているのか全く知らないし、この街の地理すらわからない。いまはなれたところで、見知らぬ街で迷子になった少女がひとりできあがるだけだ。
まるで、ゴルゴダの丘に十字架を運ぶジーザスだ。となれば、最後は公開処刑か。さあ、なんでも来るがよい。我は全人類のために命を捧げん。
直巳は、そんな訳の分からない悟りを開き、目的地に着くまで美麗の隣を、殉教者のような、ただただ清々しい気持ちで歩くことにした。




