第参話 神崎美麗2
それから五分ほど美麗は悩んでいたが、口を開くことは無かった。
(そろそろいいか。別に優先順位の低い質問だ。聞く必要がそこまで大きい訳でもないしな)
そう考え、美麗に考えるのを放棄するように促し次の質問をしようかと思った時、美麗が久しぶりに口を開いた。
「いや、でも...んーん」
「ん、なにか心当たりがあるんですか?些細なことでもいいので、よければ教えてください」
美麗の歯切れの悪い返事から考えて、有力な情報が手に入るとは思えない。それに、この質問はそこまで大切なものでは無いため、無駄に時間を浪費したくない。
それでも、しつこく聞いた以上、本心を隠し、期待を込めているかのような聞き方をせねばならないだろう。自分ではそれなりに振る舞えたと思っている。
「いやー、ここの神社は男人禁制なの。男人禁制とは言うけど、それは男は入らないでくださいって意味じゃなくて、男は入ろうとしても物理的に入ることが出来ない。それは、結界が貼られてるからなのよね。」
「へぇー...そんな仕組みが」
それとこの状況とが、どのような関係があるのだろう。ピンと来ない直巳は適当に返事をする。
「それで、そんな状態で結界の中心に男を召喚したから...結界の中でも大丈夫なように体が変わった...のかな?」
いや何だよその理論、と心の中で突っ込みを入れる直巳。
察してはいたが、いや、想像を超えたレベルで適当な理由説明をされたものだと直巳は思った。
疑問を聞いたらむしろ聞きたいことがさらに増えたが、それはおいおい聞いて行くことにする。
なぜ物理的に入れないのとか男人禁制とかは今の直巳には関係ないのだから。
そんなことに時間を割くよりは、次の質問に移ることにする。
「なるほど...。それと、なんでランダムで選ばれる方法なんかで死後の世界の者を召喚しようとしたんですか?」
「というと?」
そのとき直巳は、おや?と思った。
美麗は今、というと?、という4文字の音を発しただけだったが、その口の動きはそれよりも多くの音を発しているように見えたからだ。
少し直巳がその事について考えていると、美麗が何も話さないの?というように首をかしげたので、考えを放棄し、話を続ける。
「えっと、私たちの死後の世界観は天国とか...うーん、とりあえず鬼とかよりも人間の方が圧倒的に多いとかいうイメージなんですけど」
本当は、元の世界での天国と地獄の例を引き合いに出したかった。
だが、直巳は無神論者であり、所詮元の世界での観念は、死後の異世界の存在を知った者が伝えたことではなく、何ら根拠もない想像、もとい妄想だと考えている。そう考えれば、死後の世界について、正しいことはほとんど知らないことになるので、とりあえず気になったことそのまま述べたのだ。
「それはね、今日が死後の世界から、ありとあらゆる全ての魂が元の世界に帰る日だからね。だから、あの時の死後の世界は鬼だけのはずだったの」
(...あぁ、そう言えば今日はお盆だったな。死後の世界なんて信じていなかったけど、お盆って本当に魂が帰って来るのか...?)
もしそうだとしたら、お盆にもかかわらず雑務に追われ、剰殺害までされた子孫を見て、先祖は何を考えたのだろうか。そう考えただけでも、先祖に対し土下座で謝罪したくなってくる。
直巳が心の中で先祖に対し土下座していると、美麗が話を続けた。
「でも、迂闊にも大切なことを忘れてて。というのも、この時期に死んだ者の魂も、一応は死後の世界に一度行くの。そして、その後に元の世界に戻るんだけど、その間のことを、ちょっとね」
(ドジっ子かよ!)
まあ、ドジっ子と言うよりは単なるミスかもしれないし、そのミス一回でドジっ子と呼ぶには、まだあまりにも関係が希薄だ。だが、直巳は美麗が生来のドジっ子だとなんとなく思った。
「ま、まあこれはいつ行っても起こり得ることだからね。極力までその確率を下げた私の判断は正しかったのよきっと、うん」
美麗の言葉の後半は自分に言い聞かせている様でもあったが、これで自分が何故ここにいるかは大体分かった。
何やってくれてんだよ、と言いたいところだが、もし美麗がこうしていなければ、直巳は今頃元の世界で魂だけになってふわふわ浮いていたのだろう。
直巳には子孫がいないので、案外直巳を殺した相手に憑いていたりしたかもしれない。自分を殺した相手に憑くなど御免蒙りたいが。
そしてお盆が終われば死後の世界に逆戻りだった。そう思えば美麗に感謝するならともかく、怒るのは筋違いなのかもしれない。
「はぁ...、そうなんですか...。えっと、それで...私はこれからどうしたらいいんでしょうか」
そう、これだ。正直なところ、これが最も優先度の高い質問なのだ。優先度の高い質問がこれだと言うのは、自分でも間が抜けていると思う。というか、自分より二十歳は年下に見える美麗にこんなことを言うのはすごく恥ずかしい。だが、仕方のないことなのだ。
「うーん、本来は鬼を召喚したら適当に見物してから野山に放すつもりだったんだけど、まさか人間を召喚しちゃうとは思ってなかったんだよねー...。」
鬼を野山に放す。この世界で鬼がどのように扱われているかは知らないが、鬼は基本的に悪役として扱われている世界から来た直巳からしても、勝手に呼ばれた挙句、野山に放されるのは可哀想だと思う。
まさか、人間は野山に放したりしませんよね...?と少し引きつった笑顔 で美麗に聞くと、美麗は完爾とし、胸を叩くように、握った手を胸の上に置いた。
「もっちろん!流石に人間は野山に放しても生きていけないだろうしね。もし直巳が良ければ、ここの神社で働いて貰いたいんだけど...どうかな?」
(どう?って...。俺に拒否権ないだろ、コレ...)
もしかすると、嫌だといえば別の職業か何かを紹介してくれるのかもしれない。ただ、直巳にはそんなギャンブルをして美麗の機嫌をわざわざ損ねたいとは思わなかった。
「神社で働く、ですか。まあ、そうしなければ路頭に迷う私としては願ってもないことです。が、一体何をすればいいんでしょうか?」
「あぁ、そこまで深く考えないで大丈夫。せいぜい週一程度で三時間くらい神社を掃除してくれればいいだけだし。本殿と拝殿の、人の目に付く所だけね」
「え、へぇ。それって神職として大丈夫なんですか」
働かされる直巳からすれば、週休6日で、残る1日も3時間だけの仕事と思えば、この上ない好条件だ。
しかし、なんというか、見えるところだけでいいとか、神職というものはキッチリとしていなければいけないのではないか。弁護士の直巳ですらそう思う。
「あー、それね。ここの神社の信仰の対象は私で、祀られてるのも私だから、私が大丈夫と言えば大丈夫!」
「ふーん...。んぅ?祀られてるのも美麗さんなんですか?」
ちょっとした驚きに奇妙な声をだす直巳。
若いのに神主かー。すごいなー、くらいには思っていたのだが、まさか祀られているのも彼女だとは思わなかったからだ。
ただそれであれば、直巳をこの世界に召喚したというのもうなずける話かもしれない。
さすがに一般人でも簡単に異世界の人間を呼べるような世界では、色々と問題が起こるだろう。まあ、そんな力をもつ人物が、こんなにも軽々しく他人を召喚した挙句にミスをしたという時点で、既に問題な気もしないではないが。
「まあ、祀られてるって言ってもそんなに凄いことじゃないけどね。私みたいに祀られている人はひとつの町にだいたい一人だから」
「ほう...」
納得したような声を出す直巳。しかし、実際はいまいち意味を理解することができていない。だが、いちいち聞いていたらそれこそ日が暮れるので、ある程度の情報は聞き流すことにしている。
(しかし、ほんとなんでもありだなこの世界...あの時見た妖怪といい、他人を異世界から召喚したり。やはりここは別世界だな)
別世界、というよりは異世界なのかもしれない。ほとんど同じことだろうが。
直巳が関心していると、急に美麗は立ち上がり、直巳に話しかけた。
「ま、そんなことより、これからお風呂に入ってからご飯にしようと思うんだけど、お風呂一緒に入らない?」