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一章最終話 裁く者、裁かれる者

フランが「人形使い」へと魔法を放とうとした時、オーベロンが二人の間に割って入った。


「どいてオーベロン!私はこいつらを...」


「こいつらを...どうする?殺すつもりか?フラン、わかっているとは思うが、それは何の解決にもならない!」


オーベロンの言葉を聞き、フランは下唇を噛む。


報復はさらなる報復しか生まない。それくらいのことは分かっている。だが、それを理論ならともかく、感情で理解するのは難しい。


「なら、どうしろって言うの...。何か、何かいい解決方法でもあるわけ!?」


「ある。いや、それは正確な表現ではないな。いい解決策が見つかる...いや、見つけると言った方が近いか...。その、つまり...話し合え!」


「...はぁ!?」


歯切れの悪い言い方から、オーベロンが何を言い出すかと思えば、話し合えと言う丸投げの提案に、素っ頓狂な声を上げるフラン以下数名。


「...そう驚く事でもないだろう?それが平和的に解決する...唯一とは言わないが、少なくとも最善の方法だからな!」


十四歳くらいの子供でも言えそうなことを言いながら、自信満々と言わんばかりのドヤ顔をする『命神』。


そのシュールな光景に、再び正常な思考を奪われる皆だったが、一人だけ、手を叩きながらオーベロンを褒め称えた。


「流石は神と言うべきか、話が早くて助かる...。頭脳明晰であるのは、神として必要な資質だ...。しかし、オーベロンよ...。願わくば、僕の願いをもう一つ、聞いてくれないか...」


「ほうほう、願いか。それはなんだ?教えてくれ!」


「人形使い」の明らかなお世辞ーもしかしたら皮肉かもしれないーに、上機嫌になるオーベロン。今ならどんな願いでも叶えてくれそうな程だ。


「あぁ...。彼ら五人は罪を犯したが、それについての話し合いをする、ということだ...。だが、話し合うにしても裁くのがこの世界の者であっては、まともな話し合いができない...」


たとえ話し合ったとしても、裁きに私怨が入り、最終的な判決で彼らにとって不利な状況になるならば、話し合う気も失せてしまうからね。と「人形使い」は続けた。


「ふむ、それは一理ある。だが、話が見えてこないな。つまりそれは、どうしたいということなのだ!」


「簡単なこと...。最近この世界に来た者に、最終的な判決を委ねたい...。すなわち、この世界にまだなにか、特別な感情を持たない者に...。確か、いるのだろう...?ほんの数週間前に、この世界に異世界から来た者が...」


ーーーーーーーーーーーー


「うーん...困った」


首をかしげながら、十七人を一人ずつ見ていく直巳。


観客席で話すのも奇妙な光景だと言うことで、一行は貴賓客用の部屋に移動していた。


長机を挟んで向かい合って座る美麗サイド十人と「人形使い」サイド五人。そして、直巳とオーベロンは長机の端に座っていた。


「人形使い」サイドが五人しか座っていないのは、クレネスが立ったままだからというわけである。


つい先程までワイズの作り出した亜空間に避難していた直巳だったが、「人形使い」の願いをオーベロンが聞く形で、直巳がこの場に連れて来られてしまった。


ワイズの亜空間からは、通常の空間を見ることが出来るため、どのような経緯で自分が呼ばれたのかは理解している。


確かに、「人形使い」の言う条件としても、人を裁くという面からしても、最近異世界から来た弁護士こと直巳はピッタリだろう。


だが、しかし。この世界に来て間もない自分に、こんな大役を担わせるなど、控えめに言ってもどういう神経をしているのか分からない。


だが、実際に今から自分が彼らのことを裁くことになると思うと、それが重荷となって直巳にのしかかる。


なぜなら


(俺が検察官でも裁判官でもなく、弁護士として司法界に入ったのは、人の罪を決めるのが嫌だったからなんだよぉ!チクショウ!)


直巳は弁護士に憧れていながら、人の罪を決定する事を極端に恐れていた。


それは、自分の決定が相手の人生に大きな影響を与えてしまうと考えていたからだ。たとえ、それが無罪や減刑を狙うものだとしても。


そういうわけで、直巳は民事事件専門の弁護士として活動していた。それゆえに、刑事事件を担当したことなど、一度たりともない。


そんな直巳が、今から人を裁くことになる。


今から人を裁くのか、と心の中で考える度に泣き出したいし、逃げたくもなるが、そんなことが出来る状況でもないので、双方の話を聞くことにした。


「えっと...「人形使い」さん...で、いいのですか?」


「あぁ...前から思っていたのだけど、僕だって人間だ...。名前くらいある...。スフィラだ...」


「あ、はい、わかりました。...そこで、スフィラさん。あなたは彼らには本来、どの程度の刑罰がふさわしかったと思いますか?」


直巳の質問を受け、面倒そうな顔をする「人形使い」改めスフィラ。顔の半分が仮面で覆われていても、それがハッキリとわかった。


「あぁ...これだから人間は...。まず一に、僕は彼らはもう充分罪を償ったと言った筈だが...。それが答えだ...。二に、頼み事をする者の言葉ではないかもしれないが、彼らの刑罰がどの程度か裁くのを君に任せた...。その程度、自分で考えてくれないか...?」


「ですが...」


「くどい...。君は彼らを裁く時、誰からの影響も受けてはいけない...。それは、公平に反するからだ...。確かに、独断で決めるというのは責任の伴うこと...。だが、それが君の役目...他の者には任せられない大切な役目だ...。だろう...?」


弁護士であった直巳には、スフィラの言いたいことは分かる。その考えはまさに、裁判官としては基本的な考え方だろう。


(でもさ...でもさ!勝手に!役目振られといて!何で!俺が!こんなことを!言われなくちゃ行けないんだよ!ねぇ!)


そんなことをねちねち考えながら、スフィラのことを睨みつける。と言っても、表情に出すのは露骨なので心の中で、だが。


「そうか...そうですね。そうでしたね」


一応納得した素振りを見せるが、直巳としては全く納得していない。


そもそも、裁く者として他人の影響を受けてはいけないなどというが、法規範そのものは地域、国の影響を非常に受けるものだ。


法的制裁に報復の意味を込める国では、有名人を盗撮したと言うだけで何十億もの慰謝料が発生することは珍しくない。


逆に、いかなる犯罪者でも更生できると考えている国であれば、たとえ数十人殺害しようとも、三十数年の懲役ですむ国もある。


そういう意味では、裁判官は法規範の影響を受けており、その法規範は人の影響を受けているのだから、結局のところ、裁判官は人の影響を受けていると言えるだろう。


もし仮に人の影響を受けていないとすれば、それは独断と偏見に満ちた独裁となる。


だが、それを望むと言うなら話は別なのかもしれない。


「それでは幾つか質問したいことがあるのですが、よろしいですか?」


「あぁ...構わない...。好きなだけ質問してくれ...」


「はい。では最初の質問です。『憑霊』を誘った時の文句が、悪事を働くためだという事だったのですが、それはどう言う意味でしょうか?」


どういう意味、というよりは寧ろ、そもそも悪事を働くつもりだったのではないか、という質問だ。


そのような質問を受けても、スフィラはやや倦怠気味ではあるものの、平然としている。


「あぁ...その事か...。悪事を働く側のものというのは、狡猾に見えて最も浅はか...。自分が仕掛ける側であり、騙されるなどは夢にも思わない...。その答えだが、僕は彼らを利用するために、すこし遠回りな言い方をしただけだ...。実際に、混乱は起こったからね...嘘ではないだろう...」


そう言ってスフィラは肩を竦めた。


『憑霊』は人と同程度の知能を持つと言うが、逆に言えばその程度。悪事を働く者が、自分が利用されているなどと考えることがあるだろうか。つまり、そういうことなのだろう。


人と同程度の知能を持つことが災いし、逆にスフィラに利用された。そう考えると、少し滑稽な話だ。


「なるほど。では次に。ここ最近『憑霊』を含めた悪霊が著しく増加したとの事ですが、それにはあなた方が何か関係しているのですか?」


「それは、大いにある...。あれは暑い夏の日のことだった...」


そこからスフィラは二十分間にも渡って、その原因を話し続けた。


要点をかいつまむと、スフィラがこの世界に来たのは、偶発的なものだったようだ。


偶発的に異世界からこの世界に来ることは珍しくないらしく、寧ろ直巳のように必然的に呼ばれてくる方が珍しい。正確なところはわからないが、異世界から来るものの一割にも満たないだろう。


そして、偶発的にこの世界に来てしまったスフィラは、人形を使って情報収集を始めた。


その中で無間牢獄を発見し、そこに囚われている五人の囚人達が異世界から来たことを知った彼は、人形を使って五人の話を聞き、その上で脱獄を手伝うことを約束した。


しかし、それがいけなかった。数百年もの間封印され、希望を失っていた彼らに、再び希望があたえられた。


そして、その希望はやがて、本当に出られるのかという疑心、早く出たいという焦燥、そして長く幽閉された怒りへと変わる。


その負の感情のあまりの強さに、悪霊が多数出現したということらしい。


「だから、そうだな...。これは仕方の無いこと、言わば必要な犠牲だった...。だが、僕もご覧の通り『憑霊』が誰かに取り憑かないようにはしたのだから、これでおあいこだろう...」


どうやら、ここにいた八体の『憑霊』は、全て人に取り憑いていた訳ではなく、スフィラの人形に取り憑いていたらしい。その事はスフィラだけではなく、実際に悪霊と対峙したストレも恐らくそうだろうと言っていた。また、オーベロンもあの時はまだ能力を解除していなかったのだが、その状況で生物が死ぬはずはない。その中で『憑霊』が消滅したのは、生物に取り憑いていなかったという確かな証拠だという。


スフィラの作る人形は、通常の人形というものからは大きくかけはなれている。その人形には、体温があり、脈拍があり、擬似的な生命活動を行っている。更に、その人形には仮初の魂や心も宿っている。スフィラの人形の存在を知らなければ、それを他の生物と区別することは不可能であり、もし知っていたとしても、区別することは困難を極める。


所詮人と同程度の知能を持つ『憑霊』では、見破ることは決して不可能。かくして、『憑霊』はここでもスフィラに騙され、人間や妖怪に取り憑いていると思いこみながら人形に取り憑いていた、ということのようだ。


「しかし、直巳だったか...。君はいつまで僕に関する質問を続ける気だ...?君が今裁くべきは、僕ではなく彼ら...。僕の情報を集めたとしても、一切無意味だろう...ちがうか...?」


「一応です。それに、その話からわかる事もありますから」


本音を言えばスフィラの言い方は正論だとしても、少し癪に触るところがある。だから怪しいところをつついてしどろもどろさせたいと思っただけだったのだが、スフィラには効かなかった。いや、むしろその行為のせいで、直巳のストレスが余計に増した気がする。


そして、スフィラへの質問が終わると同時。そこから約五分ほどの沈黙が訪れた。


沈黙が訪れた、と言っても、そもそもここで自らの意思で発言出来るのは直巳だけなので、それは直巳が黙った、というのと同義なのだが。


(...いやいや、どうすんだよこれ!何か、何か話せよ俺!みんなの期待を裏切るつもりか!)


そう真剣に考えながらも、そもそも自分に期待してる奴なんて、この中で美麗を除けばほとんど居ないんだろうな!などとどうでもいいツッコミを自分に入れつつ、状況の打開策を講じる。


ここまでのやり取りで分かったことなのだが、どうやら直巳を除く、ここにいる面々は、今日中にことを終わらせようとしているらしい。


美麗によると、この世界にも、もちろん法制度というものは存在する。だが、相手が嘘を言っているかどうかわかる能力者が裁判をしているので、この世界では裁判は時間のかかるものでは無いというのが常識だ。


異世界から来た奴らも大概そういう世界から来たのか、それとも早く判決を出して欲しいのか、直巳に対し、さっさとしろよ、みたいな視線を向けてくる...ような気がする。


それが直巳の思い込みであるのか、事実そうであるのかは直巳にはもはや分からない。だが少なくとも、長く続くことを歓迎している雰囲気は一切ない。


あまり悠長なことをしていられないが、それゆえに早く判断する方法を考える旅に空回りし、焦り、空回りする。


そして、プレッシャーのあまりに頭痛と吐き気がこみあげてきたその時、直巳に天啓が舞い降りた。


数年前、直巳が知り合いの裁判官と愚痴を零しながら、酒を飲んだあの日。彼から教えられた、裁判官の伝家の宝刀。


その内容を聞いた時は、直巳が少し若かったこともあり、若干の憤りを覚えた。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。


もし今、この伝家の宝刀を用いるならば、直巳は両サイドからの怨みを買わないのは勿論のこと、罪の決定を完全に丸投げすることが出来る。


さらに、もし仮にこの判決によって何か問題が起こったとしても、それは直巳の責任ではないことにもできる。


僅かに逡巡した後、やはりこれしかない、と直巳は腹を括る。そうと決まれば話は早い。あとは、これを上手く切り出すだけだ。


何となくだが、このまま直巳が口を開かないのではないか。そのように皆が思い始め、顔を見合わせ始めたその時、直巳は両方の手のひらで強く机を叩き、少し大袈裟なモーションで立ち上がった。


「主文朗読は後回しにし、先に判決理由から述べたいと思います!」


そう言って直巳は全員の顔色を窺う。煮詰まったような状況から唐突に直巳が立ち上がったことに驚くものこそいるが、特にこれといって直巳の探す反応を示したものはいない。


(まぁ、ここまで同じということも無いか。それとも、肝が座ってるのか?...まぁいい、続けよう)


「被告人五名は、脱獄を行うなどいずれも反省している様子が見受けられず、更に、とり返しのつかない程の重大な罪を犯しました」


「それは...」


その途端、誰かが直巳の判断に口を挟もうとするが、更に直巳は続ける。


「しかし、この短時間で反省しているか否かを判断し切ることは困難です。また、例えば永遠に被告五名を幽閉することは、今回のことから分かるように不可能と言わざるを得ません。それに加えて、被告五名は反省の有無に関わらず、数百年の幽閉は相応の処罰であったと判断します」


直巳の判決理由を聞くにつれ、元々のこの世界の住人たちの顔色が変わり始めた。直巳の判決理由はまるで、無罪を言い渡すものであるように聞こえるからだ。


しかし、違う。それでは、彼らからの恨みを買いかねない。


それではいけないのだ。直巳が今から下す判決に必要なものはは、公平でも平等でもなく、ただひたすら『平和的』な判決である。


(ここがロドスだ、さあ俺よ、跳べ!しくじるんじゃないぞ!)


そう言って自分の心を奮い立たせ、自分よりも遥かに強いものしかいないこの場で、言うべき最後の言葉を紡ぐ。


「しかし、彼らには欠けているものがあります。それは、この世界での常識です。これを教えることなく罪を赦すことは出来ません。」


ゆえに、と直巳はしっかりとした重みを含んだ口調で続ける。


「主文。被告五名に対し、あなた達以外の者と三年間共に居住することを命じます。以上、閉廷!」

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