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グレープは小康状態を保っていた。
体に流れ込んでくる魔力の量が減少した為だ。
作戦通り、警察を宥めたリチウム達が魔族を倒している証拠だろう。
首尾は上々のようだ。
とはいえ、完全に抑えられた訳ではなく、未だにグレープの装着した石は暴走し、魔力の放出を続けている。
それによる代償――グレープの負担は大きかった。
『……さすがに、膨大な魔力を一気に消耗してるだけあって、石が小さくなってきてるわね』
蝋燭の仄かな明かりに照らされた横顔は冴えない。苦しげに息つくグレープの様子をベットの傍らで見守っていたクレープが呟いた。
魔石は、魔力の結晶――魔力そのものであり、使えば勿論消費する。
しかし、人間が一度に放出できる魔力量は、天使や魔族のそれとは比べ物にならない程少ない。
よって、リチウムやリタル、トランが使う禁術封石の大きさにそれほど急激な変化はないのだが、グレープに至っては話が別だ。
魔石が暴走を続けて、三時間は経つ。
街に異変を齎している膨大な量の魔力は今や、上空に巨大な渦を作り上げていた。
無意識とはいえ、それだけの量を放出し続けているのは、グレープだ。
『……あの小娘はともかくとして、あの男も勘がいいのよね』
呟きが溜息とともに、静寂に満ちた空間に波紋を生む。
リタルが、何かに気付くのは仕方が無い事だと思ってはいた。
まだ幼いとはいえ、あれだけ聡明な少女なのだ。
しかも『魔眼』の所持者ときた。
この三ヶ月間、一緒に暮らしてきて――様々な事態に関与してきて、何も疑問に思わないはずがない。
単独で『元ロックの石』を調べていた事こそが、それを裏付けている。
彼女は気付き始めている。
加えて、リチウムも妙なところで勘が働く。
『…………』
溜息をついた後、ふと、顔を上げたクレープの目に飛び込んできたのは、白いチェストの上に飾られた一枚の写真だった。
キャラクターもの(確か、最近グレープが好んで集めている『五郎』という名のクリオネを模ったキャラクターだ)の写真立ての中で、面倒臭げな表情のリチウムを中心に、リタル、トラン、グレープ、そしてなんと半透明の自分までもが笑顔を浮かべている。
リタルが細工を施した特殊なカメラだからこそ成し得た真似で、本来自分は写真に写る事は出来ない。なにせ実体のないこの身。本当なら自分は、人間の目に映る事もないのだ。
この写真は確か……トランが同居を始めて、その記念にと一枚撮ったものだった。
彼らと毎日をドタバタと生きて、丁度、三ヶ月。
平穏はなかった。あらゆる意味で。
毎日なにかしら起こっていた。その度に、怒ったり、笑ったり、泣いたり、喚いたり――
ここまで感情を剥き出しにさせた温度を、長い間生きてきた中で、自分は知らない。
濃厚な日々。
錯覚させる空間。
たったの三ヶ月間が、やけに長く、色鮮やかで――
……やっぱり、あっという間だった。
手の平を、指の間をすり抜け、零れ落ちてゆく――
――時間の問題なのかもしれない。
彼らが気付かずとも、……気付かぬふりをしてくれても。
今回のように、周りが放っておいてはくれなくなる。
『…………』
写真の中の一人一人を眺めていたクレープは、ある人物の顔に視線を止めた。
『……トランちゃんは、ダイジョブそう』
フッと苦笑して、クレープがどこか憂いを帯びた表情を浮かべた。
黒い髪。黒い瞳の、真っ直ぐな青年。
あの男は、どう思うのだろう。
トランは、禁術封石に疎い。
宿敵リチウムにからかわれ、幼いリタルに呆れられても「ぐぅ」の音も出ない位に無知だ。
だが、彼は誰よりも純粋で、物事を真っ直ぐに受け止める。偏見を持たない。加えて、頑固なまでに意思が強い。
極め付けがあの『炎帝』の所持者である事実。その事だけでも、彼の人柄を察する事が出来る。
属性が同じなだけでは、あそこまで自在に魔力を発動させる事は出来ない。石は、人を選ぶのだ。
……『死球』は、まぁ別としても。
『転位』と『魔眼』が、人間としての強さを強く望み、強く在る為にはどんな手段も努力も惜しまない少女――賢く、器用(ある意味で不器用丸出しなのだが)な人間、リタルを選んだように、トランは『炎帝』に選ばれた。
使い込んでいく内に、石との相性は徐々に良くなっていくのだけども。トランはきっと、最初から合っていたんだろう。
彼は石を多用しない。……のわりに、あれだけ『炎帝』の魔力を使いこなせるまでに『炎帝』と馴染んでいる。それが証拠だ。
まぁ勿論、他にも理由が有ったりはするのだが…………頭の痛い過去話は今は放っておこう。
きっと先日の事件で、天界にトランたちの事は知れ渡っているだろう。
魔族達がリチウムの存在に驚くのと同じように、天界にとっての一番の驚異はトランの存在かもしれない。
でも、どれだけお空の上で騒がれようが、トランちゃんは結局トランちゃんなんだろうな……。
思い浮かべては、「くっくっく」と愉快に笑みを漏らす。
どこまでも単純で、柔軟な思考。真っ直ぐな眼差し。
意思の強い男。
いささか頭の回転の鈍い所にも好感が持てる。
それが、いままでクレープが見てきたトランという人間だった。
ふと、浮かべていた笑みが消える。
……総てを知った時。彼は何を考え、どう接してくるのだろう。
きっと自分は、あの真っ直ぐな眼差しが、一番恐い。
だが、
『トランちゃんは、きっと、ダイジョブそう』
……それ以上に、信じたい。
少しずつ褪せてゆく時間を振り返る事を止め。
『……ねぇ、アンタは、どうするつもり?』
クレープは、呟くとグレープに向き直った。
覗き込んで、半透明の手をグレープの頬に重ねてみる。
同じ輪郭。同じ瞳。同じ肢体。ここまで一緒なのに、髪の色だけが違う。
出会ったのは、半年前。
だがクレープは、昔からこの少女の存在を知っている。
――お世辞にも、彼女が歩いてきた道は幸せとは言えなかった。
何もかもが褪せる無機質な日々。
昔から他人に遠慮して、どこまでも笑わないコだった――
と。
――薄っすらと、閉ざされていた瞳が開かれてゆく。
「……クレープ、さ……?」
僅かに見開かれた瞳に、微かな鈴の音。
クレープの姿を捉えると、グレープは自分の頬に重ねられていた半透明の手に、触れようとして、その手を重ねた。
その仕種を。重なる同じルビーの瞳を。未だ苦悶に歪む顔を。
クレープは、至極冷静に見下ろしていた。
『……アンタは嫌がりそうだけど。アンタが動かない限り、もうみんなを護れない』
グレープは驚く。
半年間いつも一緒に居て。どんな時でも明るく楽し気に振舞う、自分と同じ顔をした存在。そんな、見ているだけで元気になれる少女の浮かべる、無の表情に――
『けど、アンタが思い出したら。きっともう、一緒には居られなくなる』
――向けられた瞳の奥の冷たい光に、グレープは戸惑いの表情を見せた。
「…………?」
『それでもその時が来れば、事態は好転するのかな。それとも……』
柔らかなウェーブを描く金の長い髪が、サラリと揺れる。
窓の外に視線を投げたクレープ。
整った横顔。いつになく厳しい表情は皮肉なことに、より美しさを際立てている。
「…………クレープさん……?」
闇の中。
自分と同じ色の瞳は、どこか、遠くを見ていた。
『……一体どうなる事やら。アタシにもわかんない。予想もつかない。知っているのは……アイツだけなのカモ。……悔しいけどね』




