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細身の銀銃を構えたリタルが舌打ちした。
総ての魔力弾が目標の寸前で見えない障壁に跳ね返され明後日の方向で発動してしまう。
「魔族の分際であんた卑怯よ! 正々堂々自身の能力で戦いなさいっ」
「なろ……っ」
吹き飛ばされ無理な体勢で着地するリチウム。なおも地を擦り後方へと下がり続ける身体を両手両足を使って威力を殺ぐと再度、突っ込む。その速度は限界まで引き絞られついに放たれた弓の如く。流れる銀は残像を残し――その左手に従えているのは『死球』だ。
「無駄だ」
頭部は犬、身体は成人男性を黒く塗り潰した……という、まるでテーマパークのキャラクターの実写版のような姿をした生々しい印象の魔族は、リチウムが飛んでくる方向へスッと手を翳した。
その動作のみで生じる見えない障壁。同時にリタルは、魔族に流れる崖上からの魔力を感知する。
「ぐ……っ」
障壁にまともに衝突したリチウム。堪え場に踏みとどまると、なおも左手を魔族へと伸ばした。一押し、さらに一押し、無が障壁を消し去る。掌と共に徐々に減り込んでいく『死球』が徐々に小さくなって――
「ぐあ……っ」
「リチウム!」
障壁の向こうで悠然と構えた魔族に届くことなく、無が消失。弾き飛ばされる。
転々と地に強かに身体を打ちつけ、聳え立つ崖の岩肌に背をたたきつけて、ようやく勢いが止まった。
「~ちきしょ……っ」
身体を岩壁に減り込ませて、それでもリチウムは飛び起きた。
ただ、ダメージは相当なものらしく、大きくよろけた身体を踏ん張った両足と前方に着いた片手でなんとか支える。
「リタル!」
血を吐き捨て搾り出すように叫べば、リタルが頷いた。
左手のエメラルドの輝き。
魔族が訝しげに思うよりも早く、
「あんま調子に乗ってンじゃねぇぞ犬野郎!」
リタルの『転位』で瞬時に移動を果たし魔族の背後で叫んだリチウムが、自分の一.五倍はあるかと思われる魔族の大きな背に向けて『死球』を放とうとする。
掌が魔族の背に届く、寸前、
「甘い」
「~うお!?」
突如、変な声を上げたリチウムがその手を引っ込め、仰け反った。
自分と魔族との境の空間に歪みが生まれたからだ。あのまま突っ込んでいればどこか他の空間へ飛んでいた事だろう。
「貧相な身体の割りに反射神経は魔族並みか……つくづく奇怪な生体だ」
大きくバランスを崩したリチウムの脇腹に魔族の強烈な回し蹴りが飛んだ。放たれた脚にはご丁寧にも障壁の魔力を纏わせている。身体を打つ寸前、蹴り以上の強烈な衝撃がリチウムを襲う。
「……っ」
触れることなく、その身に纏った魔力だけで魔族はリチウムを一直線に岩壁へ吹き飛ばした。
即座に転位したリタルが、恐ろしいスピードで飛んでくるリチウムと岩壁との間に掌サイズのクッションを投げた。
と、それは一瞬で巨大化を果たすと、リチウムの身体を衝撃毎受け止め、
「おぉ!?」
凄まじい弾力で百八十八センチを跳ね返す。
役目を終えたクッション……いや、マットは何故か忽然と消え去り、かくしてリチウムはリタルの真横に顔面から着地した。
「感謝してよね助けてやったんだから」
蛙のような体勢で地に顔をめり込ませたリチウムの様子を横目で確認するリタル。
「……微妙」
唸って、リチウムは赤くなった顔面を上げると狼人を凝視した。まじまじと観察すると頭部の長い鼻先や大きな牙、目つきの凶悪さからは犬というよりも狼を連想させた。これまで倒してきた黒い犬魔族とは違い、頭部はふさふさとした灰褐色の毛に覆われている。人体を模した筋肉質な肉体は犬魔族同様に黒い皮膚で覆われ、血管のような毒々しい赤の筋が複雑に絡み合い表面を伝っていた。
「てっきり人体が犬のマスク被ってるだけかと思ったが……まさか本気でオ犬サマだったとは。あのえらそうな犬達のオヤダマってか」
目を細めて悪態つくと、リチウムは地に伏せたまま口内に侵入していた砂を吐き捨てる。
「親玉って言うよりかは……オリジナルって言い方の方が合ってると思う」
「なんだそりゃ」
会話が聞こえているはずの魔族――狼人もなんの反応も示さなかった。悠然と、品定めをするように対峙する二人を眺めているだけだ。
気に食わなかったらしく、眉根を寄せるリチウム。
「しっかしまぁ……『死球』を放てばどこぞの空間に飛ばされそうだし、零距離からは打たせてくんねぇし。こりゃちょっとシンドイかもなぁ……」
地に伏せている傷だらけの強靭な肉体にチラリと視線を落すリタル。
「珍しい。あんたが弱音吐くなんて」
「弱音? 冗談」
言うと口端をニィっと上げたリチウムはようやく身を起こした。顔にかかっていた長い銀髪を掻き揚げる。
「それでこそ楽しみがいがあるってもんだ」
野性味溢れる青い瞳は陰る事なく未だ健在だった。
狼人はそれを見下ろすと満足げに微笑んだ。乱杭の黄牙が剥き出しになる。
「そういえばまだ歓迎していなかったな……人界ではこういうのか? 魔界へようこそ。憐れな存在たちよ」
「なぁにが、ようこそ、だスカシ犬。人間様歓迎すンなら人間様流の持て成し方を勉強してこなくちゃ駄目だろ。しかも俺様を歓迎するってんだ。ちゃんとゴチソウ用意して待っててもらわねぇとな」
「郷に入っては郷に従えとはおまえたちの言葉だろう? 魔界に来たからには魔界流の歓迎を受けてもらわねばなるまい」
「びっくり。なんでンな言葉知ってンのよ」
「これでも人界に在した期間は長い。あの衰弱した蜘蛛爺と違ってな……と。まぁそれは置いておいて」
狼人はリチウム達に身体ごと向き直る。
その瞳の奥が光った気がしてリタルは眼を細めた。
「正直、おまえたちが魔界まで来るとは思わかなった。かの主の担い手と、『魔眼』の娘よ」
「リチウム・フォルツェンドだ」
「我の目的も、能力のことももすでに把握しているのか?」
「ったりめぇだろうが。てめぇの目的はグレープだろ。能力だってすでにコイツが解析済みだ。なぁ?」
同意を求めるも、リタルは無言だった。
「……」
リチウムはそこで、なんとも気持ちの悪い違和感を覚える。
そういえば先ほどから、魔族が……自分を見ていない。奴の目が射抜いているのは……。
「……リタル?」
振り返って、ようやく彼女の異常に気づいた。
柔らかそうな頬に流れる一筋の汗。リタルの全身が僅かに震えている。
「この力に気づいていたのなら、我と対峙した時点で既におまえたちの敗北が決定している事も十分に承知していたはず。死ぬと解っていて乗り込んできたのか。愚かな」
「……ソレ対策に魔界に来る時に前もってリチウムに頼んで張ってもらった『死球結界』だったんだけどね……通じなかったか」
そう。今リチウム達の身体の周りには、リタルから言われるがままにリチウムが張った『死球』でできた薄い膜が在った。
彼女曰く「保険」だそうだ。
魔族の攻撃を防御する為のものかと単純に考えていたのだが――他にも意図があったというのか。
リタルの顔色が青い。
「おい、……どうした」
「ごめん。リチウム。……足、引っ張る」




