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「…………」

 未だ地で燻る小さな火の上に、首の引きちぎられた黒い獣の胴体が音も無く降り立った。

 それは大型犬程の大きさで、スマートな筋肉に不気味な赤の筋が血管のように張り巡らされている。

「四つの頭の持ち主、か」

 そのまんまだな、と呟くトランに隙は無い。その距離、僅か二、三メートル。首無し黒獣の真正面に位置している彼は腰を低く落とし、いつでも動けるよう備えている。

「ようやくお出ましね。高みの見物は楽しかったかしら?」

 トラン、その隣に居るリチウムのさらに後方から響く、場違いに感じられる程甲高い声。魔族と十分な距離を保って、細腰に両手を当てたリタルが、大きな目を細くして首無し黒獣を睨んでいる。

「まぁ、それなりに愉しませてもらったよ。我も長く生きてきたが、今日程、脅威に満ちた日はなかった」

 首無し黒獣が、濁った声を発した。

 一体体内のどの箇所を震わせて音を発しているのだろうか。体の構造、性質、何もかもが違う人間には到底把握しえない。

「我等と人間の……しかも子供ときた。これだけ器用な存在がいるというものも実に予想外だ」

 ピクっと、不愉快そうに薄い眉を顰めるリタル。

 構わず首の無い胴体は言葉を続ける。

「我も、これまでただ頭を破壊させていた訳ではない。この場は魔力が使えぬ無の空間。その中で、おまえ達人間が一体どんな仕掛けで魔力を行使しているのかと思ってね。少し眺めていたのだよ。そうしたら」

 首無し黒獣は一旦言葉をきると、その姿を歪ませた。

『!』

 対峙していた二人の男の前で、その黒い姿が消失する。

「どこへ……!」

「~リタル!!」

 瞬時に反応しそちらへ駆けるリチウム。

 バリトンに反応したリタルが動こうとするが、それよりも早く、目の前に黒い影が現れた。

「きゃ……!」

 短い叫びと、ドサッという、何かが地に倒れる音。

 振り返ったトランが目にしたものは、黒い塊に押し倒され仰向けに倒れたリタルの姿だった。

「リタル!!」

 叫んでトランもダッシュをかける。

 すでに射程距離内に入ったリチウムが手を翳した。

死球デスボール!」

 左手の甲――白い皮のグローブに装着していた漆黒の禁術封石が反応を示し、リチウムの翳した手の平から闇が生まれる。

 黒い光球は瞬く間に膨張し、駆けているリチウムよりも早く目前の敵に到達する――はずだった。

「…………」

 黒獣はその脅威に振り返る事もなく。

 発動しかけた死球は、その姿を掻き消された。

「…………な……っ」

 目を見開いたリチウム。

 次いで炎帝を発動させようと拳を構えていたトランの動きが止まる。

「く……っ」

 状況に唇を噛むリタル。

 身体に食い込む鋭利な爪先。見かけよりも強靭な力で自分を押さえつける敵を睨むが、

「集中を殺げば、制御もままならぬ、か……」

 首無し黒獣は悠然とした態度で少女の僅かな抵抗を見下ろした。

「~くそ……っ」

 黒獣の言葉に、急行するリチウムが小さく舌打ちした。

 敵にとって今、一番厄介な存在はリタルだ。手の内が知られた今、彼女が狙われるのは当然の成り行きだった。

 そして、敵が『転位』を使える可能性だって決してゼロではなかった。

 敵の能力が判明していない今、リタルの傍を離れてはいけなかったのだ。

 何故そこまで読めなかったのか。

 ――リチウムの脳裏を、蒼い髪と赤い瞳の少女の苦悶の表情がよぎる。

 ……焦りで思考が麻痺していたとでもいうのか。

 己の至らなさを責め抜き、足に鞭打って懸命に動かす。

 ――間に合うか。


 赤黒い血管のようなものが幾筋も走った黒獣の足はグロテスクで、見るからに不潔そうな太い釣り針の様な爪がリタルの薄い肉に食い込んでくる。

「所詮。人間の血の成す事」

 言葉と共に黒獣が片方の前足を上げる。胴体を支える三本の足の爪がさらに、ずぶり、と小さな体に食い込んだ。

「……ぅ…!」

 全身に走る痛覚にたまらずリタルは顔を顰める。

「おまえと我は同類のようだが、力量……出力は比べるまでもなかったな」

 細い首目掛けて、黒獣は掲げた腕を振り下ろした。

 風を切る足の爪の一本一本が瞬時に巨大化して鎌と化し迫る――その刹那。

「~人をあんたみたいな……っ」

 少女の小さな呟きを黒獣は耳にした。

 既にリタルは、唯一黒獣の束縛から逃れた左腕を自身の細い太腿に伸ばしていた。スカートの下に装着していたホルダーから銀色に光る細身の銃を構え、

「グロテスク魔族と同じにすんな……っ!」

 僅かに身を捻り、叫ぶと同時に、発砲。

 乾いた銃声と共に、黒獣の脇腹辺りを焼ける異物が貫通する。

「…………!」

 生まれた隙を逃さず、さらに連射するリタルの銃弾が、自身の首の上――僅か数十センチの所まで迫っていた黒獣の足の付け根で幾度も爆ぜた。

 足の一本が、薙ぎ払われる。

 堪らず黒い獣が跳躍し、ついにリタルの体から離れた。

「リタル!」

 リタルが力無く銃身を下ろし一息つくと、そこへようやくトランとリチウムが走り寄ってきた。

 トランがリタルを助け起こす。

 彼女を庇うようにして前に立ったリチウム。

「無事か」

 リチウムが背中で問うと、トランの手から離れ、体勢を立て直すリタル。

 血と泥で汚れた衣服。白いポンチョを着ていたので出血はより際立ち、鮮明に映る。が、怯んだ様子もなく、リタルは銃を手にはっきりと答えた。

「もちろんよ」

「……今発砲したのは――我等の魔力か。……そんな小道具を持っていようとは」

 驚きを露に声に出す首無し黒獣。

 黒獣は十分な距離を保ち、自分達と対峙していた。

「……正確には、あんたのじゃないんでしょう? あの、四つの頭総てに付いてたカラフルな目ン玉は」

 会話に応じながらもリタルの目は注意深く黒獣を観察していた。

 銃弾は確かに、脇腹を貫通した。千切れた足は、リタル達の数十メートル先に落ち、未だ激しくビクンビクンと脈打っている。

 ――痛覚をコントロールできるのか?

 見た限りでは、どちらの傷も致命的なダメージを与えるまでには至らなかったようだ。

 黒獣の変わらぬ様子に、リタルは内心舌打ちする。

「融合なんて真似、一体何処で果たしてきたのかしらないけれど。さっきの弾は、あんたよりも弱い別種の魔力だったわ」

 吐き捨てるようにリタルが声を上げる。

 そう。今リタルが手にしている銀色の細身の銃。込められている弾丸は、砕かれた魔石――先程、トランが彼女に返却した三つの魔石だ。

「ついでに一つ教えといてあげる。このはね。魔力だけじゃなく、魔石そのものを発砲する事も出来るの。固形物発射時は魔力を使わない仕組みで動いてるから、この『魔力の流れを止める』空間内でも使用可能よ。だから、今みたいにあたしの不意を衝いて直接攻撃したって無駄。あたしが空間をコントロール出来なくなったって、このが使えなくなる事は無い。ちなみに今ので解ったと思うけど、当たれば結構痛いわよ。なんてったって飛んでくるのは魔石そのもの――魔力の塊なんだから」

「おまえに攻撃手段は無いと思っていた。捕らえた瞬時に首を刎ねていればよかったよ」

「そうね。油断が命取りになるって、四つの犬頭の最期をずっと観察していたあんたは既に学習してたんでしょうに」

 同意し、笑んでみせるリタル。

「決して同類ではないけど。あんたとあたしは同じ属性のようだわ。それは既に解っていた。だってこの状況下において魔力放出、しかも他者に魔力を送り続けるだなんて真似、同じ属性じゃなきゃ不可能だもの。……とことん嫌だけど」

 顔を限界まで顰め、吐き捨てるリタル。

「リタルの属性って? 『転位』か?」

 先程の魔族の瞬間移動――「転位」を思い出し、眉を顰めてトランが訊くと、

「違うわ。『転位』は属性じゃない。ちなみに『転位』も『魔眼』も同じ属性よ。……っていうかあんた。ここにくる前、作戦会議の段階で簡単にだけど説明したはずよね? あたしの属性」

 ジロリと、リタルが睨む。

 ばつが悪そうにトランが苦笑した。

「……すまん。実はよく理解できてなかった」

 トランの言葉を受け、大きく……これ見よがしに溜息を吐くリタル。

 肩を揺らして「くっくっく」と笑いを堪えるリチウムの姿が視界に入り、トランは赤面しつつも憮然とした表情になる。

「んなこったろうとは思ったけど」

 自身の額に手を置き、頭を軽く二、三振ると、リタルはそのまま数秒静止していたが、

「あたしの属性は、『空間』よ」

 感情の切り替えが早いのが特技。リタルは口を開いた。

「多分知らないだろうから付け加えとくけど、魔石の色は属性を示しているの。『転位』も『魔眼』も緑色してるでしょ。これらは、言うなれば空間操作の魔石。一定空間に何らかの変化を施したり操ったり……その他もろもろね。ちなみに同じ類の力を持つ魔石なのに属性いろが違うってパターンもある。例えば……単純に自身の視力を強化させるだけの『魔眼』だったり、自分以外の視覚を乗っ取る『魔眼』なんていうのがあったら、その魔石は緑色はしていないわね」

「なんつかややこしいな……」

「実際にお目にかかった事はないから想像の域を出ないけどね。ま、かくいうあたしも、今回の停石状態に陥るまでは全く拘ってなかったけど。自分の属性になんて。なんせ今まで手に入れた魔石は全部、魔眼でざっと見しただけでロクに調べもせずに手当たり次第試してた位だし、どんな属性でもある程度なら発動できるし。単純に、使い勝手がいいとかいろんな諸事情で、空間操作の石を使う機会が多かったから一番得意になったってだけかも」

 呟きつつ、ペロっと舌を出すリタル。

「なら、この状態――停石した空間でも俺たちが魔石を使える事や、さっきのリチウムの死球が消えた理由ってのも……」

「だから、それを随分前から言って聞かせてるんじゃないの。このあたしが操ってるの、グレープが暴走させてるおかげで今大気に腐るほど満ちている『魔力の流れを止める石』の魔力を。遠隔操作って言えば、わかってもらえる?」

「遠隔操作……そうか」

 トランは、いつかの少年が『炎帝』を発動させてしまった日の事を思い出す。

 その時『炎帝』は、持ち主である少年よりも少し離れた場所に居たトランの意思を汲み、その能力を発動させたのだ。

「『魔力の流れを止める石』も空間操作の属性の魔石だから、あたしの得意とするところ。固形――結晶じゃなくても、これほど濃密な気体なら横から掠め取るみたいに関与する事は可能みたい」

 総ての石と相性が悪いと思われるグレープの放出魔力を、属性が同じだというリタルが操作出来るというのも納得がいく。

「……けど、さすがに疲労が激しい。暴走してるだけあって、辺り一帯魔力がしっちゃかめっちゃかに暴流してるし。完璧には抑えられない。一定空間しか暴走魔力を止める事しかできなきゃ、さっきみたいに不意打ちされたんじゃ遠隔操作の集中力も切れる…………あぁ、もう、グレープ。後でシバく」

「~リタル。グレープちゃんは無自覚な上、苦しんでる。不可抗力なんだから」

 完全に据わってしまったエメラルド。覗き込んだトランは落ち着け、と湯気の出ているリタルの頭に手を置いた。

 溜息とともに、ふしゅるるる……と、湯気が散ってゆく。

「……まぁ、そういう訳よ。とにかくあたしが、一区間は、グレープの暴走を抑える。だからあんたたちは早くあそこのグロテスク魔族をなんとかしなさい」

 気を取り直し、改めてリタルが強い光の灯った碧眼で正面を睨んだ。

 自らの油断で足を一本失くし、わざわざ忠告してやったにも関わらず未だ余裕綽々に自分達の様子をじっと眺めているだけの黒獣。はっきり言って、不気味だ。まだ何か隠し玉を持っているに違いない。

「グロテスク魔族の属性が空間操作だって判ったってだけで、どんな能力を持っているのかは未だ判明してないけど。そこは大した問題じゃないでしょう? どんな能力を持ってたって、今からぶち倒す事にかわりはないんだから」

 リタルが言い放った強い言葉に、男二人の返事はなかった。

 代わりに、言葉尻を合図にして、二人が疾走する。

 その先には――頭部の無い黒い獣、一体。

 瞬時に間合いを詰めると、先行したトランが集中を解き放った。

「――いっけぇえ!!」

 膨大な熱量。身の丈サイズの炎柱が飛び出す。

 全力で放つとその反動でトランの体が僅かに後退する。その横をすり抜けて――

「~死球!」

 膨張した闇が、盛る炎を追走する。

 二つの巨大な塊は一直線に黒い獣を目指し、加速、加速、加速……さらに加速。瞬く間に、黒い獣は膨れ上がった熱と、それすら消し去ろうと迫る闇に飲み込まれる。

 ……が、どうだろう。

 結果に叫んだのは、リチウム達の方だった。

「…………!」

「……なん、だと!?」

「うそ……」

 三者三様の声が重なる。

 三人の視線の先には、変わらぬ首なし黒獣の姿。

 数秒前と、何も変化はない。

 そう、術を発動する前と。

 衝撃は届かなかった。というより、あれだけの魔力が、黒い獣に届くその瞬間、宙に吸引されたかのように縮小し、消え失せてしまったのだ。

 先程のように、辺りに漂う魔力を操っているリタルの集中を解いた訳でもない。

「…………!」

 瞬時に灯る右手の淡い光――『魔眼』を発動させるリタル。

 彼女の目に映る世界が、一変する。

 『魔力の流れを止める石』の遠隔操作と平行して行う『魔眼』。事が起こってから連発しているマルチジョブは小さな彼女の精神、肉体にも多大な負荷を齎している。

 ……が、そんな事に構ってはいられない。


 ――うわぁ、すごいですすごいですっ みてください、リタルさん!!

 一瞬、白くなりかけた脳裏に、今朝の光景――渡されたグローブを使って掃除しているグレープの細い背が見えた。

 彼女はとても興奮していたようで、陶磁器のような頬を、子供のように赤らめて、まるでクリスマスにサンタさんがプレゼント持ってやってきた、ばりの喜びようで、石化製品を使う度にリタルを呼んでは無邪気にはしゃいでいた。

 その度に。両手を腰に、盛大な溜息をつきながら、それでも横目で彼女の嬉々とした様子を眺めてつい、笑んでしまった。

 ……あんなに喜んでいたのに。

 そのおかげで、しっちゃかめっちゃかに体内に……自分の属性でもない魔力いぶつを数種、盛大に送り込まれてしまったグレープは、きっと。

 死ぬより辛いはずだから。


 流れる大量の汗。眉間に皺を寄せつつ、リタルはざっと周囲に視線を躍らせた。

 が、先程放った『死球』と『炎帝』の魔力はどこにも検出されない。

 ――それどころか。

「グレープへ魔力を送るのを……止めてる……?」

 いつから。……いや、そんなことよりも、何故、今。

 これでは説明がつかないではないか。


「……何しやがった?」

 リチウムが問う。

 なんとも嫌な予感が、頬に流れる汗と共に伝う。

 リチウムの予感を肯定づけるかのように、黒い首無し獣は笑い声をあげた。

「試しに、もう一度放ってみたらどうだ?」

 言うや否や、器用に三本足で駆け、一気に間合いを詰めると黒獣はリチウムに飛び掛った。

 リチウムの視界を影が覆う。

「……っ」

 翻る漆赤のマント。流れる銀髪。数倍の大きさに巨大化した太く鋭い爪の攻撃を寸ででかわすと、振り返りざまに廻し蹴りを放つリチウム。

 が、そこに黒獣の姿はなかった。

「く……っ」

 転位した黒獣は、トランの真後ろに現れる。

「~ボサッとしてんなトラン!!」

 叫び、そちらへ駆け出すリチウム。

 反応したトランが飛び掛ってきた黒獣の爪を屈んでかわすと、

「~なめんな……っ!」

 無理な体勢のまま黒獣へ向かって左手の甲を突き出した。

 瞬時に灯る、赤い光。

 黒獣の腹の下。至近距離で、『炎帝』が炸裂する!

 が、

「…………!」

 『炎帝』の炎は、獣の胴体に吸引されるかのように急速に小さくなり、消失してしまう。

 黒獣は何事もなかったかのように地に降り立つと、『炎帝』の威力で体勢を崩していたトランに再度飛び掛った。

 地を転がり避けるトランに、なおも襲い掛かる太い鋭爪の先。

 が、

「トラン!」

 甲高い叫びと共に、トランの体が緑の光に包まれ、消える。

 爪は、古びたコートの端を僅かに裂いたのみにとどまった。


 トランは、リタルのすぐ隣にその姿を現した。

「~うあ……!?」

 が、リタルの横と言っても、寝転がった体勢のまま宙に現れたのだからたまらない。

 体を包んでいた緑色の光が消え去ると同時に落下し、アスファルトの地にしたたかに体を打ち付けてしまった。

「なんとか無事でよかったわ……」

「~無事じゃない……」

 ふぅと額を拭うリタルに、痛みを堪えて起き上がるトランのジト目が突き刺さる。

「まぁ細かいことは置いといて。トラン。あんた今すぐグレープの所に戻りなさい」

 繰り広げられているリチウムと黒獣の肉弾戦から視線を逸さぬまま、リタルが左手を掲げた。

 再び主人の意に応えようと、緑の淡い光が反応を示す。

「は? なんで……!?」

「悪いけど。説明してる時間は無い。訳はあっちで視て。それと、これ……」

 言ってリタルは、着込んでいた白いポンチョ……先程魔族に襲われた際ひどく汚れてしまっていたが……の中に右手を入れると、銀色の筒状の金属を取り出してトランに放った。

 拳を二つ、くっ付けたくらいの長さがある。

「なんだよ、これ?」

「試作品二号ちゃんよ。それでいろいろ試してみて」

「試してって……何を」

「いい? トラン」

 言って、リタルは視線だけをトランに寄こした。

 エメラルドグリーンの光が放つ強さ。

 早急に、自分に何かを伝えようとしている。

 察して押し黙るトラン。

「あんたの『炎帝』。ただの禁術封石じゃないと思う。過去、くすねてイロイロ調べてみたんだけど……」

「くすねてたんかい」

「子供の純粋な好奇心の成せる技よ。大目に見なさい。とにかく、イロイロ調べてたんだけど、あんたの『炎帝』はあたしやリチウムの石とはどこか違う。なんていうか、質が違うというか、毛色が違うというか。上手くは言えないけど、とにかくなんか違うのよ。あんたは考えるの苦手でしょうけどそれでも……改めて考えてみて。『炎帝』の属性。……無論、火である事に違いはないんだけど。単に炎を放つだけが能じゃないかもしれない。……状況を、打破出来るかも知れない」


 リタルは、トランの真摯な表情を改めて見る。

 そこには、あの見るからに頑固者のマルトリック・ゲイザーをも動かす、真っ直ぐな意志が宿っていた。

 自分は今、相当の無茶を言っている。

 認めよう、自分こそ魔族を侮りすぎていた。

 目の前の魔族は、そう簡単には倒せない。

 そして先程魔眼で確認した不可思議な現象と、ここから遠く離れた距離を移動している数種の魔力反応。

 この分ではグレープの元は修羅場と化している事だろう。

 しかし今の自分に、グレープたちをフォローする余裕は無い。

 トランが行った所で、状況は変わらないだろう。

 だが――今この胸に抱くのは絶望だけでは決してない。

 この男程、無条件に信用の置ける人物はいないだろう。

「……ンじゃ。頑張って護るのよ。援護は出来ないけど、成功祈ってる」

 リタルがそこまで告げると、掲げた緑の光は膨張した。

 頷いたトランの真剣な表情が視界から消える。

「……本当に。しっかりすんのよトラン。あんたが惚れてる女は、もしかしたら」

 強い眼差しは、そこまで呟くと一瞬だけ、陰る。

 リタルは、トランの居た場所から視線を落すと、そのまま俯いた。

 その姿――表情は、歳相応の子供のものだった。

 どこか不安げな、頼りなさげな、何かに怯えているような。

 普段の強さ、頼もしさは微塵にも感じられない。

 が、次の瞬間。

 顔を上げた少女の表情は、いつもの勝気なソレだ。

 うん、と頷けば、戦いの場へ、自分も駆け出す。

「リチウム! 援護するわ」

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