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93 毒の花の殺人鬼。


6章、開幕!





 今年の春に発覚した毒の花の殺人鬼の事件。

 殺人鬼の名は、シェマー・ギュブラーらしい。


 発覚は、アルブスカストロ国の南部に位置するレンティウ村の中。

 最初は、年配の夫婦だ。毒の花の麻酔薬で動きを封じられてから、めった刺しにされた。

 次は、若い夫婦。同じ手口で斬殺。


 その後、年配の夫婦の元で医者になる支援を受けて同居していたピアース・ロステットが、自警組織ガリアンのルアン・ダーレオクに依頼したことで、残虐な連続殺人鬼だと突き止めた。


 ルアンが囮となって、レンティウ村に警告をして挑発。

 楽しい狩場を封鎖したことでルアンを狙った殺人鬼と接触。ルアンは殺されかけたが、微笑み一つで撃退。

 怯えた姿を見ることでが出来ず、自信が砕かれたサイコパスは、その後、行方不明。


 調べたところ、二つ隣の街の裏路地で、斬殺された男の遺体がレンティウ村の事件より一ヵ月前に見付かっていた。被害者は、一人で夜の街で飲み屋へ行って、翌朝は冷たい死体で見つかった。胸の上には、毒の花ベニクロリジンが添えらえていたとか。

 毒の花ベニクロリジンは、殺人鬼のサインだ。

 その事件も、十中八九、彼の犯行。


 また北の方に、埋まった死体が二つ。めった刺しで殺されている上に、盛り上がった土の上には、ご丁寧に毒の花が植えられていた。

 彼の犯行声明だ。

 被害者は、二人ともホームレス。


 現在発覚している被害者は、七人。まだ増えても、ルアンは驚かない。

 何人殺していてもおかしくないのだ。

 ただおかしいと思っていることがある。

 レンティウ村の事件以降の殺人事件が見つからない。

 彼の犯行を匂わせる事件が、最近では起きてはいないのだ。手口を変えて、遠くで行っているとも考えていた。

 しかし、実際はルアンの街、エンプレオスにいたのだ。

 サイコパスらしく、通常の人間のように街に溶け込み、花屋でバイトまでしていた。

 恐怖で怯えさせる残忍なサディストの連続殺人鬼。殺さずにはいられない殺人衝動は、推測では、殺し続けるはずだと睨んでいたが、死体がない。

 ここに暮らしているなら、近くで殺しているはず。しかし、失踪人すらいない。


 不可解だと、ルアンは去年投獄された監獄のボスであるベアベス・ぺリウスと話した。

 バイトで使っていた名前を捜索しても、手掛かりも見つからない。

 不快なことに、出身はレンティウ村と書いていた。記録も当てにならない。店長から情報を聞き取ろうとしても、彼の素性に関するものはなかった。


 手詰まりで、不機嫌なルアンは、王都で買った白いブラウスと深紅のチェックのベストと長ズボンと、ガリアンの一員の証である黒のロングコートを羽織っている。

 男の子に見えるが、このコートを着ているのは弟のロアンではなく、姉のルアンだとガリアンメンバーは知っているのだ。監獄内の囚人も然り。

 ベアベスの牢屋の前で椅子に座って、栗色の短い髪をガシガシと掻いては、モヤモヤを払おうとした。


「ふふ。毒の花の殺人鬼くんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()からね。次のアクションで何が起きるのか、楽しみだ」


 ルアンの護衛としてそばにいるクアロを一瞥して、鉄格子の向こうのほくそ笑むベアベス。

 苦虫を噛み潰すような顔を背けるクアロ。


 前回は、クアロ達が囮になったルアンを確認することなく、殺人鬼と一夜明かさせた失態。

 今回は、特徴を聞いていたにも関わらず、疑いもせずに、ペラペラ情報を漏らしたスペンサーの失態。


 どちらも、ルアンは大激怒。雷を落とした。前回は雷のギアを叩きつけたくらいだ。

 そういうわけで、面白くないルアンはおかんむりでふんぞり返ったが、椅子から降りた。


「仕事戻る」

「えっ! もう!? 来たばかりじゃないか! 帰還早々に慌ただしくて全然話せていない! ルアン嬢! 拗ねてていいから、お喋りしよう!」

「喧しい」


 ベアベスが泣きついても、一蹴。

 ベアベスの楽しみは、読書と美少女のルアンと話すこと。王都へ行っていて留守だったために、ずっとルアンとのお喋りはお預け。

 拗ねていても相手だけはしてほしいと懇願。ルアンを見ているだけでもいい。最早、飢えている。

 手錠をつけた手で、鉄格子にしがみついた。


 だからこそ、ご機嫌斜めなルアンは、ツンとして監獄をあとにする。


 ガリアンの監獄の扉から差し込む光を、不機嫌な目付きで睨みつけた。




 今回の大失態を犯したスペンサーは、ガリアンの屋敷の廊下で、ずーんと重たい暗雲を漂わせた。


「また、手掛かりが掴めなかったのか?」

「……はい」


 ルアンの兄、ラアンもまた、殺人鬼の正体を見破れず、家に招き入れてしまっている。

 二人して失態の挽回をしようと、集まる情報に目を通すが、連続殺人事件らしき手掛かりはない。


「見つけました!!」


 そこに廊下を駆け込むピアース。護衛がてら、新人のサムも引っ付いている。


「毒の花が咲き乱れている花畑の情報です!」


 一通の手紙を掲げた。


「では、ルアンの部屋に大量に飾られた毒の花は、そこからという可能性が?」

「はい! 可能性は大かと! ルアンさんに知らせましょう!」


 ピアースは興奮しているが、ラアンは掌を上げて制止させる。


「……いえ、あくまで花の入手経路の手掛かりです。もう少し、有用な手掛かりを掴んでからにしましょう。ルアンも新人教育やら監獄の新体制やらで多忙です。無駄は出来るだけ削りましょう」


 喜ぶほどの有用な情報でもない。


「ルアンにとったら、自分を殺しかけた殺人鬼です。しかも、相手の恐怖を楽しむというサディスト。そんな奴に、弟のロアンに近付かれたので……神経尖らせて気を張っているに違いありません。また熱出して倒れる可能性もありますから、負担を減らさないと」


 他でもなく自分がロアンに近付くことを許してしまったラアンは、グッと眉間にシワを寄せた。

 弟の心配も重なり、多忙を極めるルアンが体調を崩してしまう可能性に、ピアースもスペンサーも顔を曇らせて俯く。

 ルアンは、一度体調を崩すと長引く体質だ。苦しんでほしくない。


「そうですね……ルアンさんはあの悍ましい殺人鬼の手にかかりかけた……弟のロアンくんまで手が伸びると思うと、気も張りますよね」


 ピアースは深刻に一つ頷いた。


「……そんなに悍ましい殺人鬼なんですか」


 話にしか聞いていないサムが、ポツリと呟く。


「見た目は普通に見えますが……毒の花で作った麻酔薬で動きだけを封じたあとは、意識あるうちに斬殺するという手口です。ナイフでめった刺し……犯行現場だけでも、その残虐な犯行は悍ましいです」


 ピアースがそう答えた。その犯行現場は、他でもない親同然の被害者夫婦。


「僕の親同然の夫妻の犯行現場では……夫妻が食べかけていた夕食を、犯行後にその場で食べていたそうです」

「……」


 残虐な犯行のその場で、夕食を食べた事実に、サムは青ざめた。

 悍ましい殺人鬼だと、思い知る。


「……すみません。オレ……気付かなくて……」


 その殺人鬼と何度も顔を合わせたスペンサーは思い詰めた顔を俯かせて、何度目かわからない謝罪を絞り出す。


「しょ、しょうがないですよ! ホント、殺人犯には見えない普通の青年だったのでしょ? スペンサーくんだけではなく、一緒に花屋で働いていた人達も、他のお客さんも気付かなかったんですよ。僕だってルアンさんの証言と、花屋にいたその人の特徴を聞いても……恐らく殺人鬼だって気付かないでしょうから」

「いえ、でも、オレは…………」


 ピアースは庇うが、ルアンの持った情報だけではなく、スペンサーは未来でも見たことがあると言いかけた。しかし、ルアンの言葉が突き刺さり、それ以上口に出来なかった。


 ――何が未来男だ! 使えない野郎だ!


 軽蔑と怒りで睨みつけてきたルアンを思い出し、ギュッと震える唇をきつく閉じた。


「オレ、一人でも捜査に行ってきます! 目撃情報とか、一つでも手掛かりを得てきます!」

「あ、あの! なら、僕も!」

「それなら自分も」

「だから人手が減ってはいけないのです!」


 毒の花畑の元へ行くと言い出すスペンサーに、ピアースは便乗し、ピアースの護衛の任を務めるサムも慌てる。悍ましい殺人鬼の標的になりかねないピアースを、一人には出来ない。

 それを止めるのは、上の立場にいる幹部のラアン。自分も挽回をしたいが、先に言った通り、多忙な時期に人手を減らせない。

 特に、ルアンの主治医でもあるピアースには、今離れてほしくないのだ。ルアンのためにも。そしてピアース自身の身の安全のためにも。


「その人手が必要だから、手を貸して」


 そこに聞こえたルアンの声に、一同は肩を跳ね上げる。

 廊下に仁王立ちしているルアンは、不機嫌顔。ムスッと唇を尖らせては、親指で後ろを指した。


「事件に進展がっ?」

「あ?」


 ラアンの問いにさらに機嫌が悪くなったルアンを見て、別件だと知る。


「違うよ。とりあえず、手が空いてるまともなガリアン隊員を使いたいから、ラアン兄さん、集めて」

「だから、なんだ?」

「ん」


 ピッと人差し指を伸ばして、ルアンはクアロと歩き出す。

 二階の窓を開いてみれば、ガリアンの屋敷の門付近で、人だかりが出来ていた。


「ガリアン入隊希望者が殺到してる」

「あんなに?」


 ポカンとしてしまうラアン。

 ガリアンには正義と権力に憧れて、ギアにも腕っぷしにも自信がある者が、入隊希望をする。それに関してほとんど幹部のゼアスチャン・コルテットが担当しているが、これほどの希望者が多かったことはない。

 今も人だかり対応をしているゼアスチャンが、ここから見えた。


「ルアンの噂の効果ね。今年は連続殺人事件の阻止から始まって、国王への『光封じの手錠』の献上。道すがらでいくつも事件を解決したから、追ってきたみたいに希望者がこうして殺到よ」


 クアロは若干引いて、顔をひきつらせ気味に人だかりを見て言う。

 ルアンの功績を聞きつけて、ガリアンに入隊希望しにきたことは、ほぼ間違いない。

 何より、国王に認められたというのは大きいのだ。


「全員の素性を把握するために、人手がいる。早く行くよ」


 ルアンはひらひらと手招いて、先を歩いた。

 慌ててピアースとサムがついていくが、目も合わせてもらえなかったスペンサーは手を握り締めて俯く。


「……お前は、人手を集める声掛けを手伝ってくれ」

「……はい」


 ラアンが気遣って、そっと声をかけた。


「挽回のチャンスは必ず来る。尻尾を掴めたら、必ず捕まよう」


 ポンと、スペンサーの肩を叩く。

 挽回したいのは、ラアンも同じ。チャンスはあるはずだ。


 スペンサーは、無言で頷いたのだった。



 


まだ6章の内容は決まっていませんが、

ついに今月、『ダメロリ』は9周年に!


なので、ハロウィンの日の9周年記念には、毒の花の殺人鬼と再会するといい、な……(願望)


(2023/10/05)

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