第四話 「剣術指南」
僕たちは急いで森を脱出した。
リーネをギルド内の療養室へ運び込んだあと、今回の事件についてラズウェインに相談することにした。
「人型の魔物、か……この地域には入れないはずなんだが」
ラズウェインは腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込む。
だが、その表情を見る限り、彼にも心当たりはないらしい。
「この地域に特殊な結界が張られているという話はしたね。今まで破られた形跡は一度もない。……つまり、結界をすり抜けられる魔物がいた、ということか」
ラズウェインはわずかに首を傾げる。
「それは本当に魔物だったのかい?」
「はい。回復薬を浴びせたら、明らかに苦しんでいました」
「なるほど……分かった。後は俺に任せてくれ。クエストの手続きを進めておこう。他の冒険者からも情報が得られるかもしれない」
普段はああでも、いざという時は頼りになる。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちだよ。リーネは私の姪なんだ。助けてくれてありがとう」
ラズウェインは満面の笑みを浮かべる。
「……姪?」
顔があまりにも似ていないので、思わず驚いてしまう。
親族にあれだけ嫌われるなんて、一体何をしでかしたんだ、この人は。
「どうかした?」
「いやぁ、何でもないです」
僕が慌てて誤魔化したが、ラズウェインはそれ以上追求をせず、話題を変える。
「リーネの様子でも見に行ったらどうだい? 幸い重傷ではないし、さっき意識も戻ったようだよ。」
⸻
療養室の扉を開けると、その音に反応してリーネがゆっくり目を覚ました。
「おはよう、リーネ。体調はどう?」
「まだ体は痺れて動けないけど、元気よ」
その言葉に少し安心したが、胸の奥の罪悪感は消えない。
「僕を庇ったせいで、こんなことになっちゃって……本当にごめん」
あの針に反応できていれば。
そう思うたびに、自責の念が押し寄せてくる。
「気にしないで、アルくん」
「またアルくんって呼んだでしょ」
「……っ! いいでしょ、別に」
頬を赤くしてそっぽを向く。
典型的なツンデレだなぁ。
リーネはまだ十六歳。
背伸びしてお姉さんらしく振る舞いたい年頃なのだろう、僕のことを弟みたいに可愛がってくれる。
リーネがふと思い出したようにこちらを向いて、口を開く。
「そういえば、ギルドに来た時のアルくんは、今の私よりもっと酷かったわね。ずっと心配してたのよ」
「なんの話ですか?」
僕には思い当たる節がない。
「ギルドに来てから、どれだけ寝込んでたか知らないの?」
「え、寝込んでた? 全く知らんのですが……」
「一か月よ」
「……え?」
思わず声が漏れた。
一日寝させて貰っただけだと思ってたのに、そんな迷惑をかけてたのか。
「その間、アルくんの親や住所を調べたけど、見つからなかったの。だから今は、ギルド孤児院で預かってるのよ」
僕は呆気に取られ、空いた口が塞がらなかった。
リーネは固まるアルマを見て、微笑む。
「言い換えるなら、もうアルくんはギルドの一員ってことよ。明日から一緒に訓練に参加してもらうわ」
「えぇ……?」
嫌な予感しかしない。
どうせ走り込みとか、筋トレとかだろう。
「明日は剣術の講義よ」
「剣術!?」
数多の攻撃を見切り、一刀のもとに敵を斬る――
そんな光景を妄想してきた僕にとって、それはかなり胸が躍る話だった。
「食いついてきたわね。また明日話しましょう。今日はもう遅いから、早く寝るのよ」
「ほんと、お姉ちゃんみたいなこと言うんだなぁ……」
口を尖らせながらも、僕は部屋へ戻った。
ベッドに飛び込んだ瞬間、どっと疲れが押し寄せる。
体が鉛のように重い。歯磨きすらする気力が残っていなかった。
明日が待ち遠しいな。
「今日も一日おつ」
そう自分を褒めて、眠りについた。
⸻
翌日。
安静にしていなければならないリーネに代わり、僕が稽古を受けることになった。
「ふんっ! ふんっ!」
……はい、やっぱり素振りですよね。
最初は基礎の基礎から。
木の剣を振るだけでも、想像以上にきつい。
全身から汗が噴き出す。
「実戦練習とかないんですかぁ?」
そう尋ねると、リーネの師匠であるエンゼンが静かに答えた。
「剣術が祭典や祝宴で使われることは、覚えておりますな」
「はい」
「では、なぜ実戦で使われないのか。考えてみてください」
「……魔法より劣っているから、ですか?」
「正解でございます」
エンゼンは拍手をしながらも、どこか寂しげな表情を浮かべた。
「ですから剣術は、今や演舞としてしか機能しておりません。あとは貴族の嗜み程度でしょう」
だよなぁ。
この世界は魔法が強すぎる。
詠唱一つで遠距離攻撃から、防御まで出来てしまうのだから。
そう思いながら、黙々と素振りをした。
するとエンゼンが、昔を懐かしむ顔をする。
「ですが私は、実戦で振るう剣が好きでしてな。最近は打ち合う相手もおりませんし、一度だけ、剣を交えてみませんか?」
その物悲しげな顔に、断る理由はなかった。
「一回だけですよ」
そう言いつつ、内心ではかなりワクワクしていた。
「では、早速」
エンゼンが正眼に構える。
先に来い、ということか。
「てぁぁぁっ!!」
勢いよく上段から振り下ろす。
だが、あっさり受け止められた。
そのまま流れるように体勢を崩され、がら空きの胴へ剣先が寸止めされる。
「まずは一本ですな」
エンゼンは豪快に笑った。
「次は私から、いかせていただきますぞ」
次の瞬間、その姿が揺らいだ。
――速い。
一瞬で間合いを詰められ、射程圏内へ入り込まれる。
面を狙う動きが見えた。
反射的に、右手で持った剣を頭を守るように上げる。
が、その直後、気配が消えた。
(面はフェイントか……)
どこから来る――
右脇腹の空気がわずかに揺れる。
その違和感を感じた瞬間、剣を逆手に持ち替え、咄嗟に受け止めた。
パシィ、と木刀同士がぶつかり合う。
「このパターンは、さっき学んだよ」
僕はニヤリと笑った。
エンゼンの目が大きく見開かれる。
「これを初見で防ぐとは……見事」
「子供相手に頭を狙うとは思わなかったからね」
カッコつけているが、本当はビビって防ごうとしたので、強がっているだけである。
「剣術の才能、分析力、反射神経――どれを取っても一流ですな」
エンゼンは深く頷いた。
「これからはリーネと同様に、貴方にも私から稽古をつけましょう。もちろん、実戦込みで」
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