16 ネオンサイド その2
「お兄さま! 急いでください! お姉さまを見失いますわ!!」
俺は今、末の妹に腕を引っ張られながら広場を走らされている。
以前テルルが言っていたセレンのデートの尾行をしているわけだ。
まさか本当に実行することになるとは……。
セレンにバレないように、二人とも一応変装はしている。俺もテルルも黒髪のカツラをかぶり、色の濃いサングラスをかけた。服装も普段とテイストを変え……両親からは“やんちゃ系カップル”などという不名誉な称号を得た。絶対に知り合いには見つかりたくない。
「お兄さま! お姉さまが声をかけましたわ! あれがお相手のようです!」
テルルが指した方を見れば、セレンが平凡な顔立ちの男に声をかけていた。
え、あれがセレンの相手なのか? ……普通過ぎないか?
いや。外見はともかく、大事なのは中身だ。俺とテルルは二人の会話が聞こえる距離まで接近した。
盗み聞きをしてみれば、なかなか見どころのある男じゃないか。きちんとセレンを褒めている。女慣れしていないのが丸わかりだが、そこがまたいい。
「お兄さま……あの方の着ている服、“エルリッツェ”ですわ……! ただの平民に手の届くブランドではないですわよ……!」
テルルのチェックが発動した。刺繍好きのテルルは服飾関係の目利きもできる。
“エルリッツェ”を普段着にできるということは、ある程度の財力はある男なのだろう。
「お姉さまがすっかり恋する乙女状態ですわ……! あの男、やりますわね……。しかも、的確にお姉さまの好みを突いてくる……。見事です……!」
テルルよ。お前はどういう立ち位置なんだ?
その後、二人を追ってハンバーグ屋に入った。
ロマンティックのかけらもないような外観の店だが、味は抜群だった。
俺も今度はスズを連れて来よう。
しかし、あいつらもう恋人同士なんじゃないのか?
あのいちゃつきぶりで友人とか、無理があるだろ。
「お姉さま、可愛い……尊い……」
テルルがうっとりとセレンを見つめる。
え、お前、本当にどういう立ち位置なの?
結局、サーカス観覧中もカフェで感想を言い合う間も、セレン達は終始いちゃついていた。
一日張り付いていた感想としては、砂を吐きそうなほどに胸やけしたということだ。
俺としては、セレンを大事にしているようだし誠実そうな男だから、このまま見守る方針でいいかと思うのだが……。
「キセノ、というお名前らしいですわね。これから情報を集めないと」
セレンたちが去った後もカフェに残り、カリカリとメモを取り続けるテルル。
「……そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「まあ、お兄さま。キセノさんとやらに、もしも浪費癖や借金などがあったらどうするのです? 今日見た限りでは人間性には問題なさそうですが、まだ安心するのは早いですわよ」
「……そうか。まあ、お前の気のすむようにすればいいが、問題無ければセレンの結婚相手として認めるのか?」
「ええ。問題無ければ」
あっさりと答えたテルルに、俺は驚いた。あれだけセレンに執着していたのに、意外とすんなり認めるんだな……。
「お前もとうとう姉離れする気になったのか?」
からかうような俺の言葉に、テルルはぷくっと頬を膨らませた。
「お兄さま。わたくしがお姉さまのお側にいるのは、時間が無いということを分かっているからですわ」
「どういうことだ?」
「お姉さまもわたくしも、もう子供ではありません。お姉さまは卒業したら、魔術研究所の寮に入るおつもりです。そうしたらもう、今までのようにいつも一緒にはいられませんわ」
「……そうだな」
「もしどちらかが遠くにお嫁に行ったら、それこそ年に一度会うことも難しくなるでしょう」
テルルが真剣な目で俺を見据えた。
「……あと一年しかありません。お姉さまはわたくしのせいで周囲から心無い言葉をぶつけられて、ご自分の恋愛について消極的になっています……。だから、わたくしがお姉さまを幸せにしなくてはと……」
「テルル」
俺はテルルの言葉を遮った。
……テルルはずっと傷ついていたんだ。おそらく、セレンと同じくらい深く。
自分と比較され、大好きな姉が傷つけられる。それは大きなトラウマとなったのだろう。
思えばセレンは、妹よりも地味だと言われ最初はめそめそと泣いていたが、いつからかしっかりと前を向くようになった。あれは……テルルが部屋に引き籠り始めた頃か。
周囲の声を気にせず、オシャレを楽しみ笑顔が増え、友人をたくさん作るようになった。
そしてテルルを部屋から連れ出し、テルルと相性の良さそうな令嬢を紹介していた。
セレンが前向きになったのは、自分がいつまでも泣いていたらテルルを傷つけると気付いたからだろう。本当に俺の妹たちは……。
「テルル、いいか? 確かにセレンは昔、周りからひどいことを言われていたが、それは絶対にお前のせいじゃないんだよ」
「お兄さま……」
「うじゃうじゃ人間がいれば、ろくでもないヤツが混じってるのは仕方ないことだ。そんなクズのためにお前が傷つくことはない。それにな、お前が傷つけば俺も両親も、そしてセレンも悲しむんだぞ」
テルルの瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「お前が学園に入学したら……もしかしたらまた、同じようなことが起こるのかもしれない。だが、気にするな。セレンはもうそんなことで傷ついたりしない。お前が笑顔でいれば、セレンも笑っていられるんだ。……分かったな?」
ポロポロ涙をこぼしながら頷くテルルの頭を撫でてやる。
俺の大事な可愛い妹たち。いつの間にかどちらも大人になっていたんだな。
少し寂しい気もするが、俺はお前たちの幸せを願うよ。




