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後編

最終話です


あれから私は王太子であるアルヴィン殿下の誕生日パーティーまでの1週間、学園を休んだ。その間にアルヴィン殿下からはドレスと装飾品一式が届き、取り巻きたちからもたくさんの見舞いの品が届いた。

ロザーリア様たち婚約者からのアプローチは今のところなく、逆に不気味だ。



パーティー当日の今日、私はドレスと装飾品を身に付け、ネネによって化粧と髪を整えてもらう。養父と養母であるマクナルゴ男爵と奥様は城で会う予定だ。



「ソフィーナ様、アルヴィン殿下が手配した馬車がお見えになりました」

「ありがとうネネ。今行くから、貴女は先に玄関で待ってて」


私はネネに先を促し、リビングで深呼吸する。アルヴィン殿下は解決させると言っていたから、今日は運命の分岐点になるだろう。この先どうなるか分からない……そうこの家に戻れるかも。


私は2通の手紙をそっとテーブルの上に置く。デリックとネネに宛てた、今までの感謝の気持ちと本音を書いた手紙。身の回りの世話人はアルヴィン殿下が用意したため、二人は今日はお留守番。見送ったあとに気付き、読んでくれるだろう。


玄関にはデリックが待っていた。

「いってくるわ……」

「ソフィーナ様……必ずお迎えにあがります」

「ありがとう」


デリックの言葉が現実になるのは難しいのは分かっていた。それでも嬉しく、頑張れる力になる。

私はどんな結果であっても演じきる覚悟を決めて、今日の戦場である王城へと出発した。




「レントン侯爵家ロザーリア、貴様がマクナルゴ男爵家ソフィーナにしてきた嫌がらせの数々はもう見過ごせない!立場を利用しソフィーナを罵倒していた現場を直接見て失望した。そのような器の小さき者に王妃は務まらん。王太子であるアルビオンより婚約破棄を申し渡す」



案の定、アルヴィン殿下は今までの嫌がらせはロザーリア様もしくは彼女の息のかかった者たちの所業と決めつけ断罪しようとする。

アルヴィン殿下の後ろに立ち、取り巻きたちに守られながら私はひたすら怯える仕草をするだけだ。


「婚約破棄でございますね。承りました……」

「罪を認めるのだな」

「はい。殿下のご指摘した他にも私は罪深きことをしました。ここに懺悔致しますので国外追放にてお許しください」



私が殿下を唆した悪女だと糾弾されるかと覚悟していたが、ロザーリア様はあっさり罪を認め、自ら罪以上の罰を申し込んできた。堂々と私の目の前で追及した彼女がノーダメージの嫌がらせなどするはずないのに、その罪も引き受けたのだ。

ロザーリア様からはアルヴィン殿下への愛は感じられなかったが、国を出たいほど実は嫌っていたのか……


「良かろう。即刻我が国の戸籍を抹消し、国を出よ」

「温情ありがとうございます、殿下」


ロザーリア様の父であるレントン侯爵も頭を下げたことから、どうやらこの流れを認めるらしい。


あぁ、私の道は決まったようだ。おそらくアルヴィン殿下はこのあと私との婚約に踏み切るだろう……作戦では逃走パターンもあったけれど、人目の多さと今後付けられる護衛の事を考えると今では逃走は無理で無謀だと分かる。私は殿下の檻の中で足掻き、奈落の底まで道連れに落ちるのが仕事になるのだろう。



大丈夫。アルヴィン殿下は金髪に碧い瞳……デリックと同じ色。()()()()()()ように殿下をデリックと思い込んで、演技をすれば良いだけだ。好きな人と思い込めば、キスだって、それ以上だって我慢できるはず。

アルヴィン殿下とロザーリア様のやり取りを見ながら私が覚悟を入れ直した時、第三者より声がかかる。


「ではロザーリア嬢は我がクーべリア帝国に迎え入れよう。王妃としての教育された令嬢を放逐するのは勿体ない。これは決定だ……良いな?サライス国王」


「貴殿が望むのであれば」

「父上!」

「黙れアルヴィン……ジークヴァルト次期皇帝の御前だ。慎め」

「……くっ」



アルヴィン殿下はジークヴァルト皇子を睨みながらも、相手が悪いと分かり一歩引く。

クーべリア帝国は大陸の中央部に位置し、6ヵ国を統べる圧倒的覇者の国。サライス王国はこの国に属していないものの、帝国と同盟を組んでいることで他国からの侵略を免れているため、帝国より立場が弱い。


「さて、ロザーリア嬢。そなたの嫌がらせ以外の罪を私に打ち明けよ。あるのだろう?」

「かしこまりました。わたくしはサライス国の悪事を隠そうとしていました。こちらがその証拠でございます」


ロザーリア様がジークヴァルト皇子にある紙の束を渡す。皇子はサラッと目を通すと、ロザーリア様を通してサライス国王へと紙を渡すと、サライス国王の顔はどんどん青ざめていく。


「アルヴィン殿、あなたは帝国の援助金に私用で手を出してしまったようだな。国を立て直したいと頼まれ渡した金を国を代表する王子が娯楽に使うとは……詐欺だな。これは帝国に対する反逆とみなす」

「皇子!必ず返すから許してくれぬか」



アルヴィン殿下の反応を待たずして、サライス国王がジークヴァルト皇子に許しを乞おうとする。国王の焦りようにようやくアルヴィン殿下は重責に気付いた。


「……こんなはずでは……そ、そうだ私は悪くない!この女に脅され唆されたのだ!宝石を貢がなければ、私を陥れると。その為にこの女は私に近づいたのだ。だから仕方がなく……それが援助金だとは私は知らない」

「アル様……そんな!」



アルヴィン殿下には反省の色はなく、全ては私が悪いのだと主張し始めた。確かに私は貢がせるために唆したかも知れないが、脅しも強要もしていない。本当にクズめ!断ることなど容易だったはずだ。



王族の主張に対して偽の男爵令嬢の言葉がどれだけ有効か解らないが、ここで反論しなければ殺される。まだ、死にたくない!



「アルヴィン殿下!あんまりですわ!私は一度も買って欲しいとねだったことはございません。宝石商を紹介して欲しいと言っただけです!」

「ただの貧乏な下級貴族が王族が使う宝石商のの物を買えるはずないだろう!暗に買えと言っているのと同じだ」


本当にクズでバカ王子め!だから勝手に帝国の金を使って買うとか私には関係だろう。こんなアホにこれ以上反論しても響きそうにない。取り巻きたちも冷めたように、私と距離をとりアルヴィン殿下の後ろにつく。



あぁ、なんで……こんなに頑張ってきたのに役にも立たず終わりなんて……



私の目から涙が溢れはじめ止まらなくなる。



「否定せんではないか!今更涙で同情をひこうな」

「黙れくれませんか?アルヴィン殿」

「はぁ?なっ……お前は!何を」



────デリック!


アルヴィン殿下と取り巻き達の後ろには、いつもの執事服ではなく正装したデリックが剣を抜いてアルヴィン殿下に剣先を向けていた。


「お久しぶりです。()()?」

「兄だと……?もしやディートフリート……なのか?死んだはずでは……そうだ。弟などおらぬ、剣を向けるなど無礼者が!引っ捕らえよ」



アルヴィン殿下がディートフリートと呼ばれるデリックを拘束するよう衛兵に指示するが、衛兵は戸惑うばかりで動かない。私はただ混乱を見つめるしか出来ない。



「本当に兄上は……失礼しました。私は弟ではありませんでしたね。アルヴィン殿は愚かなお方だ。私の礼服はどこの国に属する服なのかも解らないほど馬鹿のようだ」

「まさか……帝国所属の……仕官」

「とりあえず正解にしましょうか。正しくは法官ですが」



デリックが馬鹿にしたように褒めるが、完全に動揺しているアルヴィン殿下は思考を停止してしまったようだ。デリックは構わず言葉を進める。



「アルヴィン殿、女性に唆されたか否かは関係ございません。あなたが我が帝国の援助金を断りもなく使用したことは事実であり、これは契約に反古したとみなします」

「反古した者はどうなる」


「何も知らずに使うとはなんと馬鹿……失礼。反古した者は身分関係なく帝国預かりとなり、帝国の法律に基づいて裁かれます。反逆の意思ありと認められれば……死刑でしょうか。俺ならそうします」

「少し使っただけではないか!」


「ハッキリと使ったとお認めになりましたね。なんと愚かな……年下の少女に唆される程度の人が王になるなど終わってますね」

「貴様ぁあ!」


「黙れアルヴィン!」

「くっ……」


アルヴィン殿下は剣に手をかけ、デリックに一歩踏み出すがサライス国王は立ち上がって怒気を込め叫び、アルヴィン殿下を黙らす。サライス国王はデリックを一瞥し、ジークヴァルト皇子に向き直り頭を下げる。


「この度は愚息が申し訳ない。アルヴィンは王太子の地位だけではなく王族から外し下民とする。もちろん全額揃えて援助金は返還する。これで許してくれぬか」

「残念だが足りぬ……今も貴様の愚息は我が配下を切ろうとした。この国には失望しそうだ。落としても良いのだぞ?」


「皇子…………!どうか国を落とすのだけは……っ」

「さて、どうしようか。帝国の優秀な法官であるディートフリートよ、何が最善か意見をくれぬか?」

「はい。次期国王を帝国が推薦した者にするべきでしょう。でなければクーべリア帝国に侵略され死ぬか……さて、どうでしょうか?」

「うん、それが良い。サライス国王の答えは今聞けるのであろうな?」



デリックが無表情に提案すると、ジークヴァルト皇子が余裕の笑みをサライスにへと向ける。先程まで怒気で真っ赤だったサライス国王の顔は蒼白になり、やがて力なく椅子に座り込む。


「次期国王を指名して下され」

「ではディートフリートを()()()()とする。()()血縁のある人間を指名したんだ。我が国が正しい帝王学を学ばせた。感謝しろ」

「……恩に着る」

「ということで、サライス国王は今すぐ王位をディートフリートに明け渡し隠居せよ」

「それはっ!」

「私はあえて王太子ではなく次期国王と言ったのだぞ?その意味も分からぬのか?」

「…………仰せのままに」



古狸と呼ばれるサライス国王といえど、覇者の国ジークヴァルト皇子の前ではただの人のようだ。

サライス国王が了承の言葉を吐くと、ロザーリア様をはじめ、一部の貴族たちがディートフリートに跪き臣下の礼をとる。

それを見たアルヴィンは、ようやく罠に嵌められていたことに気付き激高する。



「ディートフリートめ!貴様、最初から私の王位を狙っていたのだな!横取りするなどなんと卑怯な!くそっ、ソフィーナさえいなければ……こんな事には……!お前も道連れだ!」



アルヴィンは腰にぶら下げていた飾りの剣を抜き、傍にいる私を切ろうと振り上げる。お飾りとはいえ本物の剣、切られれば終わる。


「ソフィ!やってしまえ!」

「はい!お任せを!」


私はデリックに叫ばれ、いつものように反射で答えてしまう。無駄に高く剣を振り上げ胴回りが無防備なアルヴィンの鳩胸を狙い、左足を前に踏み込んで腰を捻り渾身の拳を叩き込む。


「ぐべぇ!」


変な声を出してアルヴィンが倒れ込むと、クーべリア帝国の兵士に取り押さえられ、そのまま引き摺られ会場から消えた。


デリックの声で無意識に体が動いたお陰で命拾いした……私は助かったと分かり一気に力が抜ける。


「ソフィ、訓練通りで見事だった。怖かったな」

「デリック……うん、怖かった……」



デリックは私が倒れる前に抱き締めて、支えてくれる。ディートフリートと呼ばれる彼が本当にデリックなのか疑っていたが、光が透けそうな綺麗な金髪に海のように深く蒼い瞳、この紅茶の香りは本物のデリックだ。


「ディートフリート様、その女に騙されてはいけません!」

「そいつはアルヴィン元王太子だけではなく、我々にも色目を使い唆そうとした雌狐でございます」

「そのような下級の小娘に近づいてはなりません」


誰が言ったのだろうか、取り巻きたちが「そうだそうだ」と私の批判を始めるがデリックは鼻をふんとならし彼らを蔑んだ目で一瞥すると、次は悪巧みを思い付いたような瞳で私を見るので、乗ってみる。


「まぁこんな私でも雌狐だなんて……嬉しいことですわ。ディートフリート様、()()()()()()()。この方たちは表向き力のない男爵家の小娘の小言に惑わされ唆されるような、浅知恵すらない令息たちですわ」



“芋から狐に格上げされるなんて素晴らしい”と解釈して余裕ある笑みで答えると、デリックも正解と言わんばかりの微笑みを返してくれる。


「そういうことだ。低脳な令息は新しい国には不要だ。貴族の爵位も帝国と同じく実力主義の変動制に変えよう」

「そんな!ソフィーナは帝国の駒だったのか……くそぉ」


「さぁパーティーは終わりだ!明日9時より今後のための会議を行うから当主は議場に集まるように。解散!」


悔しがる令息たちを無視して、デリックは数名を残して会場から人を追い出した。ここに残っているのは私とデリック、ロザーリア様、そして知らない間に潜り込んでいたネネの4人だけ。


「ソフィにはネタバラシをしないとな」


デリックは前国王と聖女と呼ばれた平民の女性との間に生まれた王子で、アルヴィンとは異母兄弟。貧困で困っている民を助ける美しい女性だった聖女を人気取りのために前国王は無理やり王宮に娶った。

だが正妃が嫉妬に狂い、デリックが11歳の頃ついに聖女は暗殺されデリックも死んだことになった。実際に死んだのは帝国がすり替えた影武者で、利用価値があると見なされたデリックは帝国のスパイによって保護された。

前国王は気付いていて、反論しなかったのだろう。


デリックはサライス王国に復讐がしたい。帝国はデリックを利用して正当な理由で王国を支配したい。その思惑が重なり今回の作戦が実行されたらしい。私に知らされた穴だらけの作戦は囮で、王太子の失態に難癖つけて本当は軍を率いて攻め落とす予定だったらしい。


「ソフィ、君の良心を利用してしまい申し訳ない。だがソフィの活躍で王太子を陥れるだけでなく、ロザーリア嬢を協力者として見つけ出せたお陰で、完全な証拠を手に入れれた。結果、反王政派も味方に付き誰の血も流さず済んだ……感謝する」

「デリッ……ディートフリート様、お顔をあげてください!私はただ言われただけのことしかしてません」

「いいや、俺は母が教えてくれた民を慈しむ心を忘れていた。ソフィのお陰で思い出すことも出来たんだ。なのに今日まで話せずすまなかった」

「ディートフリート様……」



貧しい人たちが救われる希望が芽生え、私の命も無事なだけで十分だ。それにデリックは私を駒として切り捨てることもできたのに、助けてくれた。



「ソフィ、君は苦しい環境でも力強く生き抜き、我が儘もほとんど言わず厳しい教育にも耐え、貴族の生活にも驕らず、ただ国民のために健気に頑張る姿に俺は心打たれた。俺はそんなソフィを愛してしまった」

「────!」


「アルヴィンが君にキスをしたと知ったとき嫉妬でどうにかなりそうだった。でもようやく素直に君に想いを告げられる。置き手紙でソフィの気持ちは知っているが直接聞きたい。ソフィは俺をどう思っている?」

「……っ!好き……です。ずっと前から」


「あぁ!俺もだ。結婚しようソフィ」

「はい!喜んで!」



私は大好きなデリックの愛の言葉に歓喜した。いつも厳しく、時に優しく私を支えてくれた素敵な男性と両思いになれるなんて。しかもすぐに結婚の約束まで……あれ?結婚……?


私はハッとデリックの顔を見ると、彼はニヤリと口角をあげた。そうだ彼はもう執事ではなく、国王……つまり結婚ということは!


「デリック!私は」

「言質は取ったぞ。撤回は受け付けない」


「デリック……いえディートフリート様、私はただの貧しい村の芋娘です。身分差がありすぎますが?」

「ソフィ、デリックのままで良い。これからの王国は成果と実力主義。ソフィの今回の働きがあれば関係ない。皇子にも許可は得ている」



「でも王妃の仕事なんて私には分かりません!自信が無いんです」

「ソフィ様、先日は事情を知らず失礼なことを……謝罪致します。わたくしロザーリアは貴女様の補佐となりお助けいたしましょう。仕事の件はご心配なさらずに。仲間の貴族たちも既に承知で準備を進めておりますわ」

「ソフィ様!あんな素敵な置き手紙を貰ったんです……ネネも生涯ソフィ様に付いていきます!今更撤回しませんよね?」


ロザーリア様とネネが見たこともない笑顔で追い討ちをかけてくる。詰んだ……外堀は完全に包囲され固まっている。




「ソフィ、俺を支えてくれないのか?」



デリックが瞳を揺らし、悲しそうな顔で聞いてくる。こんな見たこともない表情を今見せるなんて卑怯だ……

そうだ、死ぬ訳じゃないし好きな人とならどんなことだって乗り越えられる!私は腹を括った。



「デリック、私は何をすれば?」

「それこそ俺が愛したソフィだ」






こうして芋娘ソフィは王妃まで成り上がり、若き新国王ディートフリートと共にサライス国を立て直しに尽力した。

やがて国を救おうとする身分差を超えた愛の物語が広まり、実際に仲睦まじい二人は多くの国民に愛されるようになった。


物語の著者NNの正体は秘匿とされ、ネーミングセンスに戸惑う者が多かったものの爆発的ロングセラーとなった。その本のタイトルは……



『芋娘の成り上がり』



薄い内容で、たった3話の連載でしたが、読んでいただき有難うございます。


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