若くて可愛いだけ
ミナトと2人でキッチンを漁り、パスタ用鍋でお湯を沸かした。3人でレトルトパスタを選んだ。ソースは1人分ずつの袋だったから、お好み次第。オレはミートソース。パスタが出来上がり、ダイニングテーブルにお皿を3つ並べた時だった。
トントンと階段を上がる音が聞こえたかと思ったら。
「可愛いお客さんが来たよー。私は仕事に戻るけど、ごゆっくり」
真理子さんの声に続いて、なんと。
「ごめんなさい。ごめんなさい、私、私……」
「CNPさん、大丈夫ですか」
半べそで謝るももしおと、心配そうな顔のねぎま。
「なんで?」
「あれ? 宗哲『教えない』って言ってたよな」
「それはね、ミナト君のiPhoneの場所を探したの。シオリンがパスワード覚えてたから」
ねぎまはまったく悪びれることなく言った。おいおいー。
一方、ももしおは、少し離れた場所にあるCNPの寝転ぶソファの脇で、ぼろぼろと泣きながら謝り続けていた。
ダイニングテーブルに3つあるあるパスタを見たねぎまは、1皿をダイニングテーブルへ運んだ。
「CNPさん、起き上がれますか? シオリン」
「あ、起こしますね、うんしょっと」
「っつ」
ももしおとねぎまはCNPをソファに座った状態にした。
「シオリン、CNPさんは、フォークを動かすのも辛そうだよ」
そう言い残して、ねぎまはダイニングテーブルに戻って来た。
ねぎまの悪戯っぽい笑み。何?
意味深な視線でねぎまはリビングの方を指す。なろほど。ももしおはフォークを使えないCNPにパスタを食べさせてやっていた。「あーん」ってやつ。
女って、こーゆーの、協力し合うよな。友情ってやつ?
ミナトとオレはパスタを食べながら、リビングの会話に耳をそばだてた。リビングに背を向ける位置のねぎまだって、興味津々に違いない。
「泣かないで、うさぎちゃん、もう大丈夫だから」
「ありがとうございました。助けてもらって、本当にスーパーマンみたいで」
「うさぎちゃんは、かつての大切な弟子だからね」
「こんなご迷惑をおかけして」
「楽しかったころを思い出したんだ。まだオレがマザーズや東証2部でやってたころ、よく遊びにきてた。薄い板に一段おきに指値を入れるからよく分かったよ」
「お昼ごろになって大幅に下がるとき、それに乗って買ってたんです。その後、買いが膨らんで急上昇するから」
「同じ銘柄では4日が限度だったけど」
「ブログをチェックしてたから、CNPさんが仕掛けてるって分かって」
「ぴょんぴょんうさぎが今日も遊んでるって思ってた。なん十年も前に株を始めたころのさ、利益がどんどん積み上がって、楽しくてしょうがないときの。あの時の自分みたいで。幸せな気分になれたよ」
CNPに慰められ、ももしおの頭についている目に見えないうさぎの耳が、へたっと垂れた状態からむくむく起き上ってきているような気がした。
「もう、日本株はやめちゃうんですか?」
「まあね。2度目の退却」
「2度目……」
「1度目はうさぎちゃんも知ってるだろ? AIとのトレードでがんがんにやられた。下げがえげつない。攻略しようと何度もチャレンジして奈落に叩き落とされた」
「ブログ、読んでました」
「ブログに書いたのは、まだ精神的に余裕があったとき。トレードの奈落で追証地獄。その先にあったのは、人生の奈落ってやつ。うさぎちゃん、気をつけて。まあ、円を換金できないんじゃ、外国人投資家が参加できなくて、今は株どころじゃないだろうけどね」
「今日はストップ安だらけです」
「だよな。個人投資家は散々だろう。鎧もなにもない。証券会社のコンサルタント付きの資産家は昨日の午前中までに売り抜けてるってのに」
「そうなんですか」
「また、いつか平和な相場が巡ってくるよ。その時は気をつけて。絶対に奈落に落ちるんじゃないよ」
「昨夜、私、心配でぜんぜん眠れなくて。心が千切れそうで。それで、分かったんです。私、憧れだけじゃなくって、ホントに、CNPさんのことを好きです」
!
言った。ももしお、告白。聞いちまった。あー、学校のヤツらが知ったらショックだろーな―。
目の前のねぎまは口を両手で押さえて目をまん丸にしている。ミナトも驚いた顔。
「ありがと」
「ホントに好きなんです。じゃあ、つき合ってくれますか?」
は? ももしお、何言ってんの?
「それは無理だな」
「歳が離れてるからですか?」
「んーっと」
CNPがあからさまに困ってっじゃん。
「ひょっとして、さっきの女の人、カノジョなんですか?」
「あれは、元嫁」
「じゃ、離婚してるんですよね?」
「でもオレは、アイツのもの」
「どーして。私のほうが若くて可愛いのに」
ももしお、往生際悪いぞ。もうやめとけ。
「うさぎちゃんの魅力はそんなとこじゃないよ。若くて可愛いだけなんて、そんなつまんない女の子じゃないよ」
ももしおはの鼻をすする音が聞こえた。CNPが怪我してることを泣いてるのか、株の暴落から助けてもらったことを感謝して泣いてるのか、CNPが帰ってきたことの嬉し泣きなのか、はたまた失恋のせいなのか。
「……」
「オレなんて、好きな女も幸せにできないサイテーの部類のおっさんだよ」
「そんなことないです。私、2番目でもいいです」
はああああ?! ももしお、CNPを更にサイテーの男に突き落とすのか。いい加減、もう諦めろ。
「もう歳で、好きな女を繋ぎとめるくらいの性欲しかないよ」
「せ、せい*$%&#」
「ははは。おっさんの2番目になるって、そーゆーことだろ?」
つき合ってください宣言でいきなり性欲なんて持ち出され、パニクるももしお。1日株で何十万使う変わり者であろうが、超絶美少女であろうが、所詮は女子高校生。ももしお、撃沈。
CNPの断り方は鮮やかだった。
12時を少し過ぎたころ、真理子さんが包帯を持ってやってきた。
「あの、勝手にパスタをいただきました」
ミナトが報告すると、CNPが「オレが作ってって頼んだ」とソファから声を上げた。
「どーぞどーぞ。面倒見てくれてありがとう」
年上の白衣美女は妙に色気を感じる。男子高校生あるある。が、ちょっと年上過ぎ。
真理子さんは、石膏が固まったCNPの左手に包帯を巻く。
「あの、もう運ばなくても大丈夫そうなので、オレ達は失礼します」
立ち上がると、ももしおが未練たらたらの顔をしている。これ以上、CNPと真理子さんを見ない方がいいんじゃねーの? 意味を込めた目で、ももしおのぱっちりした瞳を見つめてみた。
「あの、これ、良かったらお召し上がりください。ここに置いておきます」
ももしおは、昨日買ったカステラのお菓子をダイニングテーブルの上に置いた。
「ありがと。いただくよ」
「包帯巻き終わったら、駅まで送るから待ってて」
真理子さんが申し出てくれたけれど、ももしおは断った。
「道分かるので、大丈夫です。治療を続けてください。CNPさん、本当にありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をして、ももしおはすたすたと出口に向かう。口々にお礼や謝罪や別れの挨拶をし、3人で急いで後を追いかける。
追いかけるまでもなかった。
ももしおは階段を下りていなかった。
とっととオレは、ももしおの前を過ぎて、階段を下りていこうとする。
オレの耳に小さく真理子さんとCNPの会話が届いた。
「死ななくてよかった」
「お前を一人にするわけねーじゃん」
ももしおにも聞こえたと思う。
人生の奈落を経験した男と、その女。
オセロの黒と白のような部屋だった。ぴったりくっついた黒と白。
しのはら動物病院を出ると、真夏の太陽がぎらぎらしていた。
駅までの道はねぎまが案内してくれた。
「シオリン、がんばったね」
「えーんマイマイ、フラれちゃったよー」
ねぎまの肩に顔を埋めるももしお。
「シオリンにはもっとステキな若い男が現れるよ」
「若い」を強調したねぎま。確かに。愛に歳は関係ないかもしれないが、17歳の女の子とアラフォーの男じゃ、犯罪臭がなー。
「株の話できる人じゃなきゃ嫌」
「ミナト君、早く株、覚えて」
「ええええーーー、オレ? ボコられて奈落とかって、そんな怖い世界を聞かされた後なのに?」
「ミナトにも選ぶ権利あるよな。ミナトの好みって静かな清楚系だもんなー」
「ちょっと宗哲クン、それって私たちにケンカ売ってる?」
おおっと、ねぎまの目が弱冠怖い。
「い、いえ、そんな。とんでもありません」
「宗哲はど? 株の本ならオレが貸してやるよ」
「ええええーーー、オレ? 中年のおっさんに失恋したとこ見せられた後なのに?」
「ちょっとぉ、もうやめてよ。私、傷ついてるのに。そこイジるってどーなの?!」
「とりあえずミナト、アップルIDのパスワード変更しとけよ」
「だな。探されたらかなわん。ストーカーかよ」
「「ごめんなさーい」」
ももしお×ねぎまはまったく反省していなさそう。ももしおなんてペロッと舌を出してる。
「ねえねえ、このメンバーで花火観ない?」
ねぎまが提案した。「観に行かない?」ではなく「観ない?」ということは、ミナトのマンション限定ってことか。ちゃっかりしてる。
「はいはい。御所望とあれば」
とジェントルマンのミナト。
「「やったー♪」」
申し合わせたように手と手を取り合って、ももしお×ねぎまはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
全部が終わって、平和が戻ったと思ったんだよ。少なくともこの時は。




