第145話 兄妹の過去(起)-幼きころの記憶-
あれはもう、いつの話だったか。ハッキリとは覚えていない。
私は母と父の三人で、小さな村に住んでいた。ふたりとも仲が良く、この村一番の魔導師でもあった。そんなふたりは、私の自慢の両親でもあった。
村と言えども、なに不自由なく生活していた。周りの人たちも、とても優しくしてくれていた。
そんなある日、母のお腹に新たな生命が宿った。彼らの二人目の子供、そして——私の妹だった。私は"お兄ちゃん"になったのだ。
妹が生まれてからの私は、言葉を理解できない彼女によく話しかけていた。それだけ兄妹ができたことが嬉しかったのだろう。
その影響もあってか、妹が私の前で言葉を発した。
「にぃに」
私のことを呼んでくれた。私を兄として呼んでくれた。飛びあがるほどに嬉しかった私は、すぐに両親の元へと飛んでいった。私が赤ちゃんだったときの両親もまた、こうして喜んでいたのだろうか。
妹は初めて言葉を話してから少しも経たないうちに、たくさんの言葉を話せるようになっていた。生後ゼロ歳で、この成長速度。彼女は生まれ持ってしての天才だった。
妹が三歳になったある日。私が魔法の勉強をしていると私のところに妹がやってきて、なにをしているのかと聞いてきた。私が魔法の勉強をしていると説明したついでに——幼いながらも知能の高い彼女には理解できるだろうと思い——両親が魔導師だということも話した。
母は身体強化系の魔法を得意としていて、父は攻撃魔法を得意としていた。逆ではないのかと思うが、母は格闘技で戦う人だった。
妹は私の話をちゃんと聞いていたのかわからないが、説明が終わるなり私の魔導書を見せてほしいと言ってきた。読めるのかと半分からかいながら渡すと、私が勉強していた詠唱を唱え始める。すると、彼女の手に魔力が集まり始めた。
このまま放置すると家が吹き飛ぶ可能性があったため、私はすぐにやめさせた。一安心した私だったが、まさか魔法の才能まで備わっているとは思っていなかったため、驚きを隠せなかった。両親や周りの人に言うと面倒を起こしかねないと考えた私は、妹を"ただの知識をもってして生まれた少女"にしておくことにした。
妹は生まれもってしての才能の持ち主ではあったが、心と体は大人であったわけじゃない。普通の子供同様に、いつもはしゃぎ回っていた。
そんな私たちは、晴れた日に近くの森でいつも遊んでいた。
その森でなにをしていたのかというと、森に住む野生動物たちと遊んでいた。言葉は通じないが、不思議なことに意思は通じていたみたいで、彼らもまた私たちを受け入れてくれていた。
時が流れてもなお、私たちは森で遊び続けた。しかし、妹が五歳になったころに、ちょっとしたことを理由に妹とケンカしてしまった。子供地味た理由かもしれないが、妹のお気に入りの小動物を独り占めしてしまったことが原因だった。
歳も歳だ。彼女にも自我は芽生えていたはずだ。嫉妬心だって覚えるだろう。
その日の夕食は、お互いそっぽを向いていた。両親も心配していたが、私の頑固たる思いがなかなか許そうとしなかった。
そんなこんなで、私たちはお互い寝る前まで顔を見合わせず、話もしなかった。
そしてその夜。寝る前の魔法の勉強をちょうど終えたとき、誰かが部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
私がその人物に声をかけると、静かに中へと入ってきた。その正体は、くまのぬいぐるみを片手にもった妹だった。
なぜ彼女が部屋に来たのか——理由を察した私は、彼女と向き合った。
「えっとね……その……」
口籠もる妹。それを見た私は、盛大に笑った。彼女には失礼だが、暗い雰囲気よりはいいだろうと笑ったのだ。
「お、お兄ちゃん?」
「ごめんごめん。なんだかバカらしくなっちゃって。だから……ごめん」
私はそう謝りつつ、妹の頭を撫でてやった。しかし、彼女はどこか不貞腐れていた。どうしたのかと聞いてみると、どうやら私が先に謝ったことを不満に思ったようだ。自分が先に謝るつもりでいたのにと。
どうしたものかと頬を掻いていると、妹がどこかへと歩いていく。その先を見てみると、そこは布団だった。
彼女はそのまま布団の中へと潜る。正直、一緒に寝ようとする彼女に困らされてしまった。
困った私だったが、彼女の意思を汲み取ることにした。いつから人をからかうことを覚えたのだろうか。
私は溜息交じりに布団の方へと向かい、彼女の潜っている布団の中へと入る。小さいころ、一緒に寝ていたこともたまにあったが、こうして一緒に寝るのも久しぶりだった。
しばらくの間、お互い無口だったが、妹が突然話しかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。こんな平和な日々が、これからもずっと続くと思う?」
急になにを言い出したのかと思った私だったが、きっとなにかの冗談だろうと思いながら返事をした。
「なに言ってるんだい? 当たり前じゃないか。なにか不満でもあるんだったら、父さんや母さんに相談する?」
「ううん、大丈夫。大丈夫だから……」
その言葉を最後に、妹は眠ってしまった。
当時の私には、その質問の真相を知る由なんてなかった。




