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番外編:修了式の日に

 

「おはよう、エリカさん」

「……おはようございます、ジョセフィー先輩」

「いよいよ今日で最後ね。寂しくなるわ」

「そうですね。でも、みなさんとはこれで最後というわけではありませんから。それでは失礼いたします」


 それ以上ジェセフィー先輩が何か言う前に、そそくさとその場を離れる。

 うん。なんとか一人でも対処できたわ。まだまだぎこちないけれどね。


 今日で学院の後期授業も終わり。

 それを機に、わたしは退学することになった。

 本当はもっと早く、中期にでもとお母様たちには望まれたけれど、ヴィクトル殿下の勧めもあって一学年を終了することができたのよね。

 殿下は中期で退学してしまったけれど、マティアスはわたしと同様に今日まで。

 どうやらわたしの護衛も兼ねてくれていたみたい。

 あれから特に危険な目には遭っていないけれど、用心に越したことはないからって。



「エリカさん、今まで本当にありがとうございました」

「まあ、何を言うの、コレットさん。こちらこそたくさんお世話になったわ。ありがとう。それにこれが最後のお別れじゃないんだから、泣かないで。式に出席してくれるのを楽しみにしているんだから」


 放課後、修了式も終わり荷物もまとめてあとは帰るだけとなったとき、コレットさんが近づいてきて、深く頭を下げた。

 慌ててコレットさんの手を握り、慰めの言葉を告げたけれど、ダメ。わたしまで泣きそう。

 微笑みながらそんなわたしたちを黙って見ているリザベルの目にもうっすら涙が滲んでいる。

 不思議ね。明日も会う約束をしているのに。


 高等科生活はたった一年だったけれど、本当にたくさんのことがあって、とても思い出深いものになった。

 その学院とお別れするのはやっぱり寂しい。

 高等科での目標は、友達をたくさん作って、素敵な恋人を見つけて、青春を謳歌すること。

 この一年でわたしは全て達成できたと思う。

 まさか恋人を通り越して結婚することになるとは思わなかったし、青春を謳歌どころか冒険が過ぎた気もするけれど。


「アンドールさん、これクラスのみんなから」

「まあ……」

「これから色々と大変だとは思うけれど、アンドールさんなら大丈夫だよ。いや、むしろ僕たちは安心しているんだ。クラスメイトだったヴィクトル王太子殿下とアンドールさんのことはよく知っているからね。この国の将来は安泰だよ」

「……ありがとう、委員長。その信頼に背かないよう、頑張るわ」


 大きな花束をクラスの委員長から受け取って、王太子殿下の婚約者として微笑んで答えた。

 もうこの役柄もすっかり板についたと思う。

 本当のわたしはまだまだだけれど、それを知ってくれている友達や家族が支えてくれているからわたしは頑張れる。


「おい、そろそろ行くぞ」

「ええ」


 クラスのみんなと、デボラさんともさよならの挨拶をしていると、マティアスから声がかかった。

 マティアスも最後のはずなのに、ずいぶんあっさりしているわ。

 男子ってそんなものなのかしら。


 殿下が退学してからはできる限りマティアスが馬車寄せまで送ってくれるようになっていて、最終日の今日も同じように廊下を一緒に歩く。

 だけど、マティアスに一言。


「マティアスさん、花束は担ぐものではないと思います」

「ああ? 別にいいだろ。もらったもんをどうしようと」

「……ですが花が傷みます」


 そう言うと、マティアスはむっつりしたまま花束を下に向けた。

 こういう素直なところは好感が持てるのよね。


「あら、マティアスさん。道が違いません?」

「今日はこっちでいいんだよ」


 すたすたと歩くマティアスに続いて、見送るために付き合ってくれていたリザベルが訝し気に問いかけた。

 確かにこちらはいつもの馬車寄せではなく、マティアスの答えにリザベルと顔を見合わせる。

 だって、こちらは王族専用の……。

 廊下の先に見えてきた出口、そこに立っている人物に驚いて思わず足を止めた。


「やあ、エリカ君。一学年終了おめでとう。お互い卒業できないのは残念だけれど、でもエリカ君がいれば、王宮でも退屈しないと思うな」

「ノエル先輩……」


 後ろで見送りに来てくれていた女の子たちの黄色い声が上がる。

 相変わらずの人気だわ。そんな先輩も卒業を待たずに退学するのは、ヴィクトル殿下を手伝うため。

 二人には何の確執もないのだと、今はかなり広まっているから変な火種もないみたい。


「エリカちゃんがいなくなるなんて寂しくなるな。でも、もし気分転換がしたくなったら、いつでも研究室に遊びにきていいからね」

「ギデオン様……」

「ありがとう、ギデオン。でも彼女の気分転換には僕が付き合うから大丈夫だ」


 優しいギデオン様の言葉にまたうるっと涙が滲んできたけれど、すぐに新たな声が割り込んで涙は引っ込んでしまった。

 そしてすっかり見慣れてしまった爽やかな笑顔。

 ああ、この笑顔を見て嬉しくなるなんて、わたしはきっとおかしいわ。


 また黄色い声がして、中には野太い声も混じっている。

 応えるように、にっこり笑顔を女の子たちに振りまく殿下にむっとしてしまうわたしは心が狭いのかも。


「お忙しい王太子殿下がわざわざいらっしゃるなんて、存じませんでしたわ」

「僕の大切な婚約者の大好きだった学院の最後の日だからね。寂しさを少しでも慰められたらと思ったんだ」

「……ありがとうございます」


 やっぱり殿下は意地悪だわ。

 ちょっとした嫌味もこうして優しさで返してくるんだもの。

 可愛くない自分が嫌になってしまう。


「エリカ、あなたがこの学院をやめてもわたしたちはあなたの友達よ。だから、何かあれば遠慮せず声をかけてくれていいんだからね。いつでも力になるわ。それに、おこがましいかもしれませんが、殿下もマティアスさんも、ノエル先輩に対してもわたしたちは同じ気持ちです」

「ありがとう、リザベル!」

「……リザベルさん、ありがとう。みんなも、ありがとう」


 リザベルにぎゅっと抱きつくと、殿下は苦笑交じりにリザベルと見送りにきてくれたみんなに向けてお礼を口にした。

 そうだったわ。ここでは殿下の婚約者でいないと。

 せっかくもらった花束を傷めてしまうところだったし、マティアスを責められない。

 急いでリザベルから離れて花束を抱え直し、コレットさんやルナさん、みんなに膝を折ってお別れの挨拶をする。


「みなさん、本当に今までありがとうございました。みなさんのおかげでとても楽しい一年を過ごすことができました。この学院でのことは、わたしの一生の宝物として決して忘れません。では、また会える日を楽しみにしております」


 最後はみんなに笑顔を向けて、殿下の手を借りて侯爵家の馬車へと乗り込んだ。

 そして門を出るまで車窓から手を振る。


「――エリカ」

「は、はい?」

「やっと二人きりになれたね」


 いきなり殿下に呼びかけられて返事が上擦ってしまった。

 それなのに向かいに座っていた殿下が隣に移ってにっこり笑うものだから、あわあわすることしかできない。


「で、殿下、あの……?」

「…………」

「ヴィ、ヴィクトル?」

「うん」

「今日はいったいどうして――っ!」

「抱きしめてもいい?」

「もっ、もう抱きしめられてますけど!」

「そうかもね」


 かもじゃなくて、確実にわたしは抱きしめられていて、殿下の腕からは逃れられない。

 いえ、逃れたいとも思っていないんだけれど。

 焦っていた気持ちが落ち着いてくると、わたしも殿下の背中に腕を回す。

 ああ、どうしよう。幸せ。


「限界だったんだ」

「……限界? ご政務がですか? それでは――」

「それは放っておいても心配ないよ。優秀な政務官がたくさんいるんだから。陛下も治癒石の影響か、以前よりもお元気でいらっしゃる」


 殿下の言葉に慌てて離れようとしたわたしを、殿下はさらに力を入れて抱きしめた。

 それから告げられた言葉は確かに心配無用のようで、温かい腕の中でほっと息を吐く。


 陛下がずっとお加減を悪くしていたのは、長い間少しずつ毒を盛られていたせいらしい。

 そしていよいよ危ないというところで気付いたヴィクトル殿下が、水魔法を使ってあの治癒石を陛下にお飲みいただいて、一命を取り留められた――どころか、すっかり健康体になられたみたい。

 そこから医師、薬師ともに妃殿下派だったことを突き止めたものの、あの謀反の日まで騙されたふりをしていたとか。


「僕が限界だったのはエリカに会えなかったからだよ」

「え?」

「もう五日も会っていなかった。それどころか、二人きりで会えたのは遥か彼方のことだし」

「……そうですね」


 確かに、婚約した二人なんだから周囲も少しくらい気を利かせてくれてもいいのに、なぜか以前よりも厳しくなってしまったのよね。

 でも殿下は忙しいからと、本当は会いたい気持ちを抑えていたから、こうして会いにきてくれたことはすごく嬉しい。


「ありがとうございます」

「うん?」

「こうして会いに来てくれて。わたしも……会いたかったです」

「エリカ……」


 少しだけ離れて、お互い見つめ合う。

 高まる期待。高鳴る胸。

 だけど頭の中に響く鐘の音とともに、現実の音も聞こえてしまう。


「侯爵家は近すぎるよ」

「……そうですね」


 ため息交じりの殿下の言葉に頷くと同時に、馬車の扉が開かれて、満面の笑顔のクレファンスが立っていた。


「お帰りなさいませ、エリカお嬢様。と、王太子殿下。ようこそいらっしゃいました。が、もうそろそろ政務官の皆様が捜索隊をこちらに差し向けかねませんのでお戻りになられたほうがよろしいかと存じます」


 どうしよう。クレファンスのことは大好きだけれど、今は〝馬に蹴られてしまえばいいのに〟なんて、いけないことを考えてしまうわ。

 大きく大きくため息を吐いた殿下をちらりと見ると、同じように思っていることがなぜかわかって二人して笑ってしまった。

 結局このあとすぐに、王宮から捜索隊ではなくお父様が戻ってきて、くつろいでもらう間もなく殿下を連れて行ってしまった。

 ああ、もう。結婚式が待ち遠しいわ。




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