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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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121/124

番外編:結婚式前日に

 

 ああ、退屈。

 ぼんやり青空を見上げてため息を吐いたものの、本当は退屈どころじゃない。

 いよいよ明日は結婚式で、わたし以外のみんなは準備に追われてばたばたと動きまわっている。

 そして主役であるはずのわたしは放置。


 みんなの邪魔にならないように庭へ出てきて本でも読もうかと思ったけれど、内容なんて頭に入るわけがない。

 だって、すごくすごく緊張しているんだもの。


 当初は地味に身内だけでしようなんて話だった。

 それが暗い事件ばかり続いたから盛大にしようってことになって、気が付けば〝聖女と英雄が結ばれる世紀の結婚式〟なんて呼ばれるようになってしまったのよね。

 何、それ? どこの夢物語?

 なんて言いたくなるのも仕方ないわよ。


 まあ、あの火災を鎮火したんだもの。

 殿下が――殿下たちが英雄と呼ばれるには相応しいと思うわ。

 コレットさんなんて、色々な貴族から「ぜひ養女に」やら「息子の嫁に」なんて乞われているらしいし。

 コレットさんの実力と人柄なら当然よね。

 でもわたしは本当に本当は、聖女なんて大それた人間じゃないもの。

 もちろん殿下のために頑張ってみせるけれど、時々不安になる。

 殿下は本当にわたしでいいの?


 頬杖をついて大きくため息を吐いたとき、東屋に向かってくる人物に気付いた。

 途端に心が浮足立つ。

 これはもう小さいころからの条件反射ね。


「ご機嫌いかかですか、エリカお嬢様」

「とてもいいわ。ありがとう、トム。――と言いたいところだけれど、本当は退屈していて緊張していてすごく混乱しているの」


 正直に答えると、トムはくすくす笑ってわたしが勧めたベンチに座った。

 小さいころからよく知っているトムといると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。


「実は今日はお嬢様にご結婚のお祝いを持って来たんですよ」

「まあ、そんな……気を使ってくれなくてもいいのに。でも嬉しいわ。これは……本ね?」


 トムから渡されたものは丁寧に包装してあったけれど、その厚みと感触で本だとあたりをつけた。

 わたしの問いかけに答えることはなかったけれど、トムの笑顔は正解だと告げている。


「開けてもいいかしら?」

「もちろんでございますとも」


 わくわくしながら包みを開き、表紙を目にしてはっと息を飲んだ。

 信じられなくて裏表紙を開いて奥付を確認する。


「どうして……これを?」


 本から顔を上げると、トムは少し困ったような表情で頭をかいた。

 今手元にあるこの本は、まだ発売前の『レディ・ジューン』シリーズの最新刊。


「噂では、最終巻だとも言われているけれど……本当?」

「それは……お嬢様の夢はもう本の中にはありませんよね? 本物の冒険を、人生を謳歌され、この先たくさんの夢を叶えられることでしょう。ですから『レディ・ジューン』シリーズは終わるのです。ですが、わたしがお仕えした〝レディ・ジューン〟は『人生こそが壮大な物語であって、結婚は第二幕なのよ』と、おっしゃっていました」

「トム、まさか……」

「旦那様に頼まれましてね。まだ幼いエリカお嬢様をあまり刺激しないでほしいと。ですが、お嬢様はとても喜んでくださっていたので、つい架空の人物の物語として書かせていただきました。ここだけの話、〝深淵〟には触れていませんが冒険のほとんどは真実なんです」

「まあ……」


 最後は内緒話そのもののように声を潜めて打ち明けてくれたトムの言葉に、ただただ唖然として何も言えなかった。

 そんなわたしにトムは目尻にしわをよせて笑うと、わざとらしく「よいしょ」と掛け声を出して立ち上がった。


「私はすっかり年を取ってしまって、もう大したことはできませんが、それでも明日エリカお嬢様を王宮までお連れする馬車の御者はしっかり務めさせていただきます。ただ明日はきっと、きちんとお伝えすることは叶わないでしょうから、今お伝えさせてください。――エリカお嬢様、ヴィクトル王太子殿下との末長いお幸せを心よりお祈りしております。お二人なら、素晴らしい未来を築かれることでしょう。それはまたこの国とってもより良い未来でもあります。この度はまことにおめでとうございます」

「……ありがとう、トム」


 深く頭を下げるトムに笑顔を見せたいのに、今のわたしはきっと変な顔になっていると思う。

 ずっと小さいころからたくさん遊んでくれた、我が儘もいっぱい聞いてくれたトムとももうお別れ。

 トムだけじゃないわ。この屋敷で働いてくれているたくさんの人たちともお別れ。

 本を抱えて去っていくトムを見送りながらすごく寂しくなって、不安になって、それから手元にある本に目を落とした。


 いつもわくわくさせてくれた物語。それに勇気と希望もたくさんもらった。

 きっと今回もそうだわ。

 うん。時間はまだまだある。邪魔にならないように、部屋の隅で読んでもかまわないわよね?


 そそくさと部屋に戻って、お気に入りの長椅子に座ってページをめくる。

 そこからはあっという間に物語に引き込まれて、昼食もそこそこに読み終わったときにはティータイムの時間だった。

 ほうっと息を吐いて本を抱きしめる。


 この最終巻は冒険だけじゃない。〝レディ・ジューン〟の新しい人生の門出への決意と出発の物語。

 これほど嬉しい結婚祝いはないわ。

 わたしがじんわり余韻に浸っていると、マイアからリザベルの訪問を告げられて驚いた。


「ごめんね、エリカ。結婚式前日に突然訪ねるなんて非常識なのはわかっているんだけれど、意外とエリカは時間と気持ちを持て余しているんじゃないかと思って」

「どうしてわかったの?」

「姉が結婚しているんだもの。つい最近は従姉も。それで、エリカも手持無沙汰でまた妄想が暴走したりして不安になっていないかと。忙しそうなら帰るつもりだったんだけれど、侯爵夫人はぜひにって……でも話し相手の必要はなかったみたいね?」


 ちらりとわたしの抱えたままの本を見て、リザベルが笑う。

 ああ、どうしよう。わたしは世界一の幸せ者だわ。


「ありがとう、リザベル。大好きよ!」


 本を慌てて置いてリザベルをぎゅっと抱きしめる。

 本当は準備に追われるみんなを見ながらちょっぴり孤独を味わっていたけれど、まったくそんなことなかった。

 屋敷のみんなはわたしのために忙しく働いてくれていて、わたしがゆっくりできるように気遣ってくれているんだもの。

 そして、こうしてわたしのためにわざわざ足を運んでくれる友達がいる。

 うん、そうよ。殿下が本当にわたしでいいのか悩む必要なんてない。わたしでよかったって思ってもらえるように頑張ればいいんだもの。


「それで、花嫁の緊張を解すくらい、その本は面白かったの?」


 同じように本好きのリザベルが、置いた本に興味深げに視線を向ける。

 それからは、本の内容にはできるだけ触れないようにトムとの会話を説明をした。


「すごいわ。まさか〝レディ・ジューン〟がねえ……。エリカのおばあ様はただ者ではないと思ってはいたけれど……」

「でしょう? 本当にすごいわよね」

「エリカ……」

「何?」

「あなたも十分すごいからね。さすがと言うか、血は争えないというか、あなたもただ者ではないから」

「ええ? そんなことないわよ。わたしはちょっと光魔法に特化してるだけよ。ただ、わたしの周りにいる人たちがすごいの。リザベルや殿下、みんなにわたしは助けられて、わたしの力ではないわたしの肩書に助けられて、どうにかここまでやってこれたんだもの。だから、今度はわたしが自分を磨いてみんなを助けるからね」

「……まあ、エリカの本当の素晴らしさを殿下はご存知だから、これでいいかしらね」


 今まで色々な人に褒め讃えられて、それらしく受け止めてきたけれど、本当のわたしを知っているリザベルに褒められるのは嬉しいけれど恥ずかしい。

 その気持ちを素直に口にすると、リザベルは何かぼそぼそと呟いた。


「ごめん、リザベル。今、何て言ったのか聞こえなかったわ」

「あら、簡単よ。わたしはエリカが素晴らしく大好きだって言ったの!」


 今度は大きく叫んで、リザベルがわたしをぎゅっと抱きしめた。

 そこからきゃっきゃとはしゃいでいると、現れたお母様に怒られてしまった。

 花嫁らしくないって。わたしは慣れているけれど、リザベルまで巻き込んでしまって申し訳なかったわ。

 そしてひと通りのお小言が終わると、お母様はこほんと咳払いを一つして、わたしに紋章付の封筒を差し出した。


「ヴィクトル王太子殿下からよ」

「まあ……」


 今日は思いがけないことばかりで、わたしの頭の中の語彙が足りない。

 それとも結婚式前日って、みんなこんな感じなの?

 お母様から受け取った封筒をペーパーナイフでそっと切ると、中には綺麗なカードが入っていた。

 花束や他の贈り物がないことにお母様は残念がっていたけれどそれは気にせず、そっとカードを取り出す。

 それからしばらく、反応に困ってしまった。

 喜べばいいのか、怒ればいいのか、笑えばいいのか、わからないわ。


「詮索するのははしたないとわかってるんだけど、その反応は気になるわ。何て書いてあったの?」


 リザベルに問われて、黙ってカードを渡す。

 お母様は忙しいらしくもうすでに部屋にはいない。

 喧騒が遠くに聞こえる静かな室内に、ぷっと噴き出す声が響いた。


「実に殿下らしいわね」

「……意地悪だわ」

「だからこそじゃない?」

「そうだけど……」


 ――僕は明日からが楽しみで仕方ないけれど、その気持ちを表すのに花束や甘いお菓子を贈ると、家出されてしまうかもしれないので、カードだけにしておくよ。――だなんて。

 くすくす笑うリザベルを見ていると、やっぱりおかしくなって、わたしも一緒に笑った。

 うん。確かに殿下らしいわ。ここで愛の言葉を並べられていたら、確かに逃げ出していたかも。


 トムから贈られた本を読んで、訪ねてきてくれたリザベルと話をして、殿下からのカードを読んで、あちこち張り詰めていた糸がどんどん緩んでいく。

 本当に本当に、わたしは世界一の幸せ者だわ。


「この分だと、余計なことを言ってしまったと心配していたけれど、大丈夫そうね?」

「え?」

「ううん。エリカが緊張していないか心配だったってこと。じゃあ、そろそろ帰るわね」

「ありがとう、リザベル」

「どういたしまして、エリカ。明日の結婚式、楽しみにしているわ」


 馬車に乗って門を出て行くリザベルを最後まで見送って、屋敷へと戻る。

 今夜は家族揃っての最後の晩餐だから、そろそろ着替えないと。

 すごく寂しいけれど、遠くに嫁ぐわけじゃないもの。またいつでも会えるんだから、元気出して精いっぱいお洒落しようっと。




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