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「お兄様、お願いがあります!」


 ノックもせずにジェラールお兄様の研究室のドアを勢いよく開けると、お兄様だけでなくギデオン様も驚いて振り向いた。

 まさかギデオン様もいらっしゃるなんて。

 だけど今はお行儀の悪さを気にしてなんていられない。


「どうした、エリカ? 何があったんだい?」

「増魔石を……増魔石をあるだけください! あと、盗魔石も! それとそれと、先日預けた、わたしの力を奪った盗魔石も!」

「それはもちろんかまわないよ。だけど少し落ち着いて深呼吸をしてごらん。マティアスも、さあ」


 きちんと説明できないどころかお願いさえまとまらないわたしを、お兄様は優しくなだめてくれた。

 気持ちは焦るばかりだけれど、わたしもマティアスも素直に深呼吸をすると、確かに少しだけ冷静になれたような気がする。

 そんなわたしたちを見てお兄様は微笑みながら立ち上がり、そして目を瞠った。


「――ロン?」

『あん? ああ、ジェラールか。大きくなったな。ほら、ぼうっとしてないで、早くエリカの願いを聞いてやれ! 急いでんだ』

「あ、ああ、うん」


 お兄様はロンに促されて金庫があるらしい場所へと向かった。

 まさかロンがお兄様ともお知り合いだったなんて。

 ううん。それはあとで気にすればいいわ。今は先に進まないと。


「お兄様、魔力を消費してしまった人でも、増魔石を使えばすぐに回復するんですよね?」

「うん、そうだよ。増魔石の質によって程度は違うけれどね」

「そして、増魔石よりも家族の魔力を得た盗魔石のほうが、回復が確かなんですよね?」

「まだはっきり立証できたわけではないけれど、おそらく間違いない――」

「そういうことか! ジェラール殿、俺に盗魔石をください!」


 わたしとお兄様のやり取りで理解したらしいマティアスがお兄様に勢いよく詰め寄る。

 そこにギデオン様がすっと立ち上がって、マティアスを片手で押し止めた。


「ひとまず座りなさい、マティアス」

「しかし――!」

「マティアス、盗魔石に力を奪われれば、立っていられなくなる。座りなさい。さあ、エリカちゃんもそちらの彼も。トムは……」

「いえ、私はこのままで」

「わたしもこのままでかまいません。お兄様、ギデオン様、殿下が大変なんです。森が火事になって、殿下は火を消そうとして魔力を使い過ぎてしまって、それで襲われて、怪我をして、このままだと世界中の森が失われてしまうって!」


 冷静になったつもりなのに、また焦ってしまって全然ダメ。

 それでもお兄様は、わかりにくい場所にあるかなり強固そうな金庫から大きさの違う袋を三つ取り出してテーブルの上に置くと、革手袋をはめて袋の口を開けた。

 ギデオン様は真剣に聞いてくれていたけれど、眉間にしわを寄せたまま控室へと入っていく。


「マティアス、盗魔石に力を奪われると、当分動けなくなるけれどいいのかい? それとも増魔石で回復するつもり?」

「ああ――」

「いいえ。マティアスさん、申し訳ありませんが、増魔石はできるだけたくさん殿下たちの許へ届けたいので、マティアスさんはこのまま残ってください」

「はあ!? なんだよ、それ! 俺は――」

「マティアスさんには王位継承権があります。それなのに危険な場所へ行かせられるわけがないでしょう?」

「だが、ヴィクトルが苦しんでいるっていうのに、安全な場所でのんきにしていられるか!」

「マティアス、エリカちゃんの言う通りだ」


 マティアスに睨みつけられてちょっと怯んでしまったわたしを、控室から戻ってきたギデオン様が後押ししてくれる。

 マティアスの声は大きいから、控室でも聞こえたみたい。


「ギデオン! 俺だって、こいつの言うことが正しいのはわかってるよ! それでも――」

「では、僕が盗魔石を握るよ」


 突然割り込んだ声にみんながさっとドアへと振り向いた。

 そこにいたのは、いつもの笑みを浮かべたノエル先輩。


「ノエル! お前、どうしてここにいるんだ!?」

「僕も義父から急きょ呼び出されたんだ。それで馬車寄せに向かう途中で、エリカ君たちを見かけたから、来たってわけ。それで、彼がしゃべるウサギ? さっきからみんな大騒ぎしているよ」

『俺はウサギじゃねえよ。ウザキのロンだ!』


 ロンはノエル先輩の言葉に足をどんどんと踏み鳴らして怒った。

 そんなロンに対してもノエル先輩は片眉を上げただけ。


「まあ、とにかくヴィクトルの許へ行くなら急いだほうがいい。プラリスにいるんだろう? 僕たちが呼び戻されたのは、おそらく王位継承に関する何かが起こったんだろう。それで大人たちは心配しているんだ。でも僕たちは守られるだけの非力な子供じゃないからね。自分がするべきだと思うことをすればいい。だから僕は待つよ」


 ノエル先輩はきっぱり言い切ると、結局誰も座らなかったソファへ腰を下ろした。

 そしてお兄様へ手を差し出す。


「ジェラール、盗魔石を」


 お兄様はわずかにためらったけれど、結局は袋から石を取り出してノエル先輩の手のひらにのせた。

 ノエル先輩は軽く眉を寄せ、すぐに石を固く握り締めてソファに背を預ける。

 みんなが不安げに見守る中で、ノエル先輩はふっと息を吐いて手を開いた。


「大丈夫、だよ。僕も……ヴィクトルも。特にあいつは、長い間焦がれた…人参を鼻先にぶら下げられた状態なんだから、こんなことでへばるわけがないさ」

「ああ、それはそうだね」

『うむ。確かに人参はうまいからな』


 ノエル先輩は安心させるように微笑んで、わたしに盗魔石を差し出してくれた。

 だけどいつも艶のある声は掠れ、手はかすかに震えている。

 それなのに人参って何? 

 ギデオン様はくすりと笑って答え、ロンまで深く頷いた。

 あいつって殿下のことよね? 殿下は人参が好きなの? 

 うん。それはしっかり覚えておくわ。

 殿下の好物を心のノートに書き留めて、ノエル先輩の手のひらで翠色に光る石をハンカチで包んで受け取った。


「ノエル先輩、ありがとうございます。この石は必ず殿下に届けますから」

「ありがとう、ノエル」


 気だるげにソファにもたれるノエル先輩にお礼を言うと、マティアスも続いた。

 その声はとても深く、感情がこもって聞こえた。


「エリカ、いつ出発するつもりなんだい?」

「今です」

「今? でも旅には準備が必要だろう?」

「旅はしません。殿下の許へは一瞬で移動しますから」

「一瞬で!?」


 お兄様の質問に答えると、マティアスやノエル先輩だけでなく、ギデオン様からも驚きの声が上がった。

 でも頷くだけで、説明は省略。


「お前、何寝ぼけたこと言って――」

「マティアスさんは無茶をしないと約束するなら、連れて行ってあげます」

「ばっ、何を偉そうに――」

「それじゃあ、僕も連れて行ってくれるかな?」

「ギデオン様!?」

「魔力の強い者はできるだけ多くいたほうがいいだろう? エリカちゃんのおかげで元気になった今の僕は、かなり役に立つと思うよ」


 今度はわたしが驚いて声を上げてしまった。

 だってギデオン様が一緒に来てくださるなんて。正直、すごく心強い。


「もちろん、僕も行くよ」

「お兄様も!?」


 まさかお兄様まで? でも四人も一緒に移動できるのかしら?

 ロンに訊こうとしたところで、勢いよくドアが開かれた。

 そして入って来たのはコレットさんとリザベル。


「わたしも連れて行ってください!」

「コレットさん!?」

「すみません、勝手に入ってしまって。でも、森が大変だって聞いていてもたってもいられなくて……」

「皆様、ごめんなさい。わたしたち、ドアにぴたりと耳をつけて盗み聞きをしていましたの。しゃべるウサギが現れたと聞いて、ひょっとしてと思いまして。それにみんな不安になっていますから、何か情報が得られないかと、つい」


 小さく震えるコレットさんを庇うように前に出て、リザベルはにっこり笑う。

 その悪びれない態度はさすがだわ。

 もうこの際、あれこれ気にしても仕方ない。


「わかったわ、コレットさん。一緒に行きましょう」

「おい、そんな危ない――」

「マティアスさんは黙っていてください。コレットさんは森について詳しいですし、水魔法だって得意なんですから。マティアスさんよりよっぽど頼りになります」

「はあ!?」

「さっきからうるさいです。文句があるなら置いていきますよ」


 ぐっとマティアスが黙り、一瞬の沈黙が落ちた研究室に、控え室側のドアをノックする音が響いた。

 控室に繋がるドアのすぐそばに立っていたギデオン様が応じて開くと、現れたのはギデオン様の侍従のアルド。


「ギデオン様、お申し付けの物をこちらにお持ち致しました」

「ありがとう、アルド。それと、しばらく僕は留守にするから、あとは任せたよ」

「では、お荷物のご用意を――」

「いや、その必要ない。あとは自分でどうにかするから」


 そういってギデオン様はアルドから袋を二つ受け取った。

 そしてわたしに向かって微笑む。


「増魔石は多いほうがいいよね? それに回復石もあると助けになるはずだよ」


 回復石は巷で万病に効くとされている薄紅色の魔法石。

 二つの袋を軽く掲げて首をかしげるギデオン様は、いつもと変わらない大人の余裕が感じられて、すごく安心できた。

 そうよ。わたしは一人じゃないもの。

 だから絶対大丈夫!




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