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眩しかった碧色の光が徐々に柔らかくなっていくのを瞼の裏で感じて、そっと目を開けた。
するとぼんやりとした視界に移ったのは驚いた顔の殿下。
「……エリカさん?」
「殿下!」
怪我をしたんじゃなかったの!?
起きていて大丈夫なの!?
椅子に座った殿下を上から下からさっと見たけれど、よくわからない。
ただ少し顔色が悪いような……。
それなのに殿下はすばやく立ち上がってわたしへ手を伸ばした。
どうしたのかと思う間もなく、殿下はギデオン様と繋いだままだったわたしの右手に触れる。
「エリカさん、どうしてここへ?」
「怪我は大丈夫なんですか!? 手がこんなに熱いじゃないですか!」
両手で掴んだ殿下の手は熱く、袖からは包帯が見える。
腕を怪我をしているんだわ!
「殿下、座ってください! いえ、寝ていたほうが…あっ、あの、ノエル先輩が――」
「落ち着いて、エリカさん。僕は大丈夫だから」
「いえ、まったく大丈夫ではありませんよ。だからエリカ、殿下にちゃんと休むように言ってくれ」
部屋にいたらしいレオンスお兄様の言葉に、もう一度殿下をじっくり見ると、すっと目を逸らされてしまった。
レオンスお兄様はまだ何か言っていたけれど、それには一緒に来たジェラールお兄様が答えている。
その間、殿下の両肩をそっと掴んで椅子に座らせようとしたわたしに素直に従った殿下は、やっぱりかなり悪いんだわ。
殿下の前に膝をつき、ノエル先輩から預かった盗魔石をポケットから取り出してハンカチを開くと、殿下は目を見開いた。
「これは……盗魔石?」
「はい。ノエル先輩が力を込めてくださいました。先輩は、ヴィクトルは絶対大丈夫だから待っている、と」
「……そうか」
殿下は呟くように答えると、かすかに震える手を伸ばして石を掴んだ。
同時に深く息を吐き出して目を閉じる。
こんなに弱々しい殿下を見るのは初めてで、一気に不安が押し寄せてきた。
本当に大丈夫なの? わたしが現れたせいで無理をさせてしまった?
それに、この部屋はとても……煙臭い。
殿下からそっと視線を外して改めて室内を見回す。
はっきりと目視できるわけではないけれど、ぼんやりと煤がかっているみたい。
近くの森が燃えているせいだわ。
それに、レオンスお兄様やジェラールお兄様、ギデオン様はいつの間にかいなくなっていた。
おそらく他の騎士に増魔石を届けに行ったのよね。
「ギデオンは、出て行ったよ?」
かすれた声に視線を戻せば、殿下がじっとわたしを見ていた。
石はまだ握りしめたままだけれど、顔色はずいぶんよくなっている。
よかった。
「たぶんお兄様たちと、皆さんに増魔石と回復石を届けに行かれたんだと思います」
「ああ、そうか……。ありがとう。それに、ごめんね。心配をかけて」
「いいえ、謝る必要なんてありません。殿下たちのおかげで、延焼は抑えられているとロンから聞きました。でも、そのせいで襲われて怪我をされてしまうなんて……」
「いや、それは僕の油断が招いたことだから、逆に恥ずかしいよ。幸いにもユリウスたちを捕らえることはできたが、結局火を消すことはできなくて……」
「それは……気にしないでというのは無理かもしれませんが、今は体調を万全に整えることに集中しましょう。わたしには殿下がこうして無事でいてくれることが何より嬉しいですから」
「……ありがとう、エリカさん」
殿下は苦笑しながら答えて、握っていた手を開いた。
その手のひらには灰色になってしまった盗魔石。
「殿下、次にこれを握ってください」
「わかった」
ギデオン様から先に渡されていた回復石を別のポケットから取り出して差し出すと、殿下はすぐに理解して素直に受け取ってくれた。
回復石は殿下の手の中であっという間に色を変える。
「どうですか?」
「うん……。すごいね、本当に痛みがなくなったよ」
右腕をゆっくり動かしながら立ち上がった殿下は、わたしの手を取って立たせてくれる。
「殿下、まだ無理をなさらないほうが――」
「もう大丈夫だよ。力もいつも以上に漲っている気がする。まさかこんなに効くとはね。帰ったらノエルに礼を言わないと」
心配するわたしに殿下がにっこり笑いかけてくれたそのとき――。
碧色の光が室内に瞬いて、新たにコレットさんとマティアスが現れた。
「マティアス? それにコレットさんまで……」
「ヴィクトル、大丈夫なのか!?」
目を開けたマティアスは一瞬呆然としたものの、殿下の声に我に返ったのか、わたしを押しのける勢いで突進してきた。
ちょっと!
慌ててよけたわたしを殿下が引き寄せる。
いえ、それもちょっと……。
「マティアス、僕は大丈夫だから落ち着いてくれ。大した怪我じゃないし、ノエルのおかげで魔力は回復したよ。それよりも、どうしてお前まで来たんだ」
殿下がマティアスと話している間に腕から抜け出して、わたしはコレットさんに駆け寄った。
ぼんやりしたまま周囲を見回しているコレットさんの足元にはロンもいる。
「コレットさん、大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫です。ちょっと信じられなくて」
恥ずかしそうに笑って答えたコレットさんは、窓の外へ視線を向けて表情を変えた。
「ロン、二人を導いてくれてありがとう」
『いや、大したことはしてねえよ。コレットは共鳴石をもっていたからな。ちょっと時を弄っただけだ』
しっぽをぶんぶん振りながら、つんと澄まして答えてくれるロンがかわいい。
出発前、マティアスは自宅にある増魔石も持っていくことを提案して、コレットさんと後発で来ることになったのよね。
だけど、わたしたちと到着に時間差がほとんどないのは、ロンが導くと言ってくれたから。
深淵からみんなの許に戻ったときと同じ。
ロンもシンも謎だらけだけれど、謎解きはあとでいいわ。
殿下も無事に回復できたみたいだし、他の人たちはお兄様に任せても大丈夫よね。
だからわたしは、わたしにできることをやればいい。
「ねえ、ロン。森が燃えるのは――火を水で抑えることができないのは、炎魔石が燃えているからよね?」
『ああ、そうだ。炎魔石の炎は水では消せない。そして森には至る所に炎魔石がある。それどころか、下等魔獣は燃えやすいんだ。それであいつらは魔獣を捕まえて、森の外で火を点けた。何頭もだ。魔獣は火を消そうと本能で森へ逃げ帰る。燃え盛る魔獣が森へ何頭も押し寄せたせいで森の結界は破られたんだ』
「酷い……」
「なんてむごいことを……」
ロンの言葉にみんなが色を失った。
まさかそれほどにむごいことをユリウスさんたちが行ったなんて。
魔法石を得るためだけに、どれだけの犠牲を出すつもりなの?
――許せない。
怒りで頭がくらくらする。
思わず握りしめた両手。その右手に殿下が優しく触れた。
見上げれば、強い決意に満ちた眼差し。
「とにかく、僕たちはできることをしよう」
「殿下……」
「ヴィクトル?」
「増魔石があれば、水魔法をもっと増強できる。風魔法で火の広がりも防げる。それは絶対無駄になんてならないはずだ」
『ヴィー、お前……』
ロンがしっぽをふわりとたらして、殿下に感嘆の眼差しを向けた。
そうよ。殿下の言う通り、無駄になんてならない。
諦めなければきっとできる。
「殿下、炎はきっと抑えられます。いいえ、必ず抑えましょう!」
「エリカさん?」
繋いだ殿下の手をぎゅっと握ると、かすかに戸惑いながらも殿下は微笑んでくれた。
それだけで勇気が湧いてくる。
「だって、炎魔石は光魔石ですから!」




