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「マイア、聞いて! もうね、すごく嬉しいの!」


 殿下が夜会の支度のために席を外した途端、我慢しきれず叫んだわたしにマイアは驚きもせず冷静に話を聞いてくれた。

 しかも興奮しすぎていて自分でも何を言っていたのかわからないほどなのに、マイアにはちゃんと伝わったみたい。

 息を切らして話し終えたわたしに、にっこり笑顔を返してくれる。


「エリカ様、ようございましたね。それに殿下もようやく報われたわけですから、本当におめでたいことです」


 しみじみと言ってくれたマイアのお祝いの言葉に照れつつも頷いた。

 だけど、わたしのふわふわしている頭の中にちょっとした疑問が浮かぶ。


「……ねえ、マイア。ようやくって、マイアは殿下がわたしのことを……す、好きだって、知ってたの?」

「それはまあ、離宮への旅をご一緒させて頂きましたから。今でも殿下がエリカ様を想っていらっしゃるのだと、私共は感動しておりましたもの」

「今でも……って、いつからのことを言っているの?」

「あら……ええっと、あのお茶会のあとですから……五年前ですね」

「お茶会のあと? あのあとに何があったの?」


 予想外の答えに新たな疑問がどんどん浮かんで、マイアを質問攻めにしてしまう。

 マイアはちょっと困ったように眉を寄せて、少し考えてから答えてくれた。


「実は……エリカ様が寝込んでしまわれてから毎日、殿下よりお見舞いの品が届けられるようになりました。とても可愛らしい花束とエリカ様が大好きだとおっしゃっていたお菓子でございます」

「そういえば……思い出したわ。わたし……あのときはお花もお菓子も見ただけで泣いたのよ。絵本で見たプロポーズの場面のようで、贈り物を貰ったら結婚させられると勘違いして。混乱していたわたしは、殿下が意地悪でアレを投げつけたんだと思っていたから。それから……家出した気がするわ……」

「はい。私たちが気付かないよう上手くされましたよね。ずっとお部屋にいらっしゃったはずでしたのに。結局、庭師に見つかってしまわれましたけど」

「……ごめんなさい」

「お謝りになる必要はございません。その発想には驚かされましたけれど、大事には至りませんでしたもの。ただその後もお部屋に籠ってしまわれて……」

「ええ、それはしっかり覚えているわ。お母様やお父様に何を言われても出ようとしなかったのよね。でもギデオン様が遊びに来てくださって、それからしばらくして部屋から連れ出してくれたのよ」

「さようでございます。ただもう一つだけ……」

「何? 何があったの?」


 言いかけてためらうマイアに身を乗り出して促す。

 きっととても重要なことを何か忘れているんだわ。


「それが……その、エリカ様がジェラール様とギデオン様とお庭で遊んでいらっしゃるときに、レオンス様が殿下をお連れになったのです」

「うちに?」

「はい。それで……」

「それで?」

「……エリカ様は殿下のお姿をご覧になった途端、悲鳴を上げられて気を失ってしまわれました」

「そんな……」


 会いに来てくれた殿下を見て気絶したってこと?

 最悪の反応じゃない。それなのに殿下は……。


「いったいわたしのどこを好きになってくれたのかしら」

「ええ、本当に」

「マイア、そこは少しくらいフォローしてよ……」

「あら、私はエリカ様の全てが大好きですから、どこがいいのかと問われても、お答えできないだけです」

「それは……嬉しけれど、マイアの身びいきよ」

「そうでしょうか? では殿下に直接お訊ねになってはどうですか?」

「む、無理よ。そんな高等な質問」

「高等な質問? どこがです?」

「だって、そういうのは甘え上手な女性がするものだわ」

「そのようには思えませんが、殿下なら――」


 不満顔のマイアが何か反論しかけて、ノックの音に遮られてしまった。

 そして入って来た正装姿の殿下はとてもかっこよくて、どきどきしてしていた心臓がさらに跳ね上がる。

 殿下と両想いだなんて、やっぱり夢かも。

 そう思って頬をつねろうとして、その手をマイアに掴まれる。

 どうやらしっかり思考を読まれていたみたいで、マイアから「ダメです」と目で訴えられてしまった。

 そうね。お化粧が崩れてしまうものね。


「待たせてしまってごめんね、エリカさん。そろそろ時間だけれど、もう行けるかな?」

「は、はい。大丈夫です」


 マイアがさり気なく後ろに下がり、近づいてきた殿下が腕を差し出してくれる。

 その腕にそっと手を添えたものの、緊張と興奮で震えてしまっていた。

 すると殿下は励ますように微笑んでくれる。


「この難局を無事に乗り越えたら、またカフェに行こうか?」

「ええ、ぜひ!」


 お楽しみが待っているのなら、俄然やる気が湧いてくるわ。

 婚約披露パーティーも乗り切れたんだから、今回だって大丈夫。

 そう意気込んで殿下と会場へと向かった。


 だけどまさか、ここまであからさまだなんて。

 晩餐では殿下の席は遥か遠くで、時折隣に座っているらしいルイーゼさんのはしゃいだ笑い声が聞こえてくるだけ。

 しかもわたしの席はお母様とも離れていて、周りは妃殿下派の方たちばかりで孤立無援の状態。

 何より一番驚いたのは、バルエイセンの第三王子――ユリウスさんが隣に座っていること。

 帰国したとばかり思っていたけれど、違ったみたい。

 ユリウスさんはいったいどういうつもりなのかしら。

 ひょっとして治癒石が盗まれたこととは関係がなかったとか?

 まあ、例え何か関係していたとしても証拠がないから責めることはできないけれど。


「先ほどから難しい顔をしているけど、そんなに僕の隣は嫌かな?」

「いいえ。特に何の感情も持っておりませんから。今は少し考え事をしていただけです」


 苦笑交じりのユリウスさんの言葉に、愛想笑いで応じる。

 本当はつんとそっぽを向いてしまいたいけれど、さすがに高飛車なエリカ・アンドールも隣国の王子殿下を無下にはできないものね。

 うむむむ。ちょっと悔しいわ。


「冷たいな、エリカさんは。ほんの一時とはいえ、クラスメイトだったのに」

「無責任に実行委員の仕事を放り出しておいて、甘えたことをおっしゃらないでください」

「ああ、そうか。うん、確かに申し訳なかったね。僕が為すべきいくつかの事柄の中で、一番重要なことは文化祭当日に達成することができたものだから、つい浮かれて忘れてしまっていたよ」

「……その重要なことって何ですか?」

「さあ、何だろうね? それはそうと、あの学院は部外者の立ち入りには厳しいけど、一度生徒になってしまえばかなり甘いね。研究科棟にだって普通に入れるんだから」


 わたしの質問ははぐらかすのに、意味深なことを言うユリウスさんはすごく意地悪。

 でも引くものですか。


「それでは、研究科棟にどのようなご用事があったのですか?」

「残念ながらここでは言えないよ。でも、そうだな……このあとテラスに出てみるのはどうだろう? そこでなら例の魔法石の話もできるし、少しの時間なら誰も咎める者はいないと思うよ」

「例の魔法石?」


 それって治癒石のことよね?

 やっぱりユリウスさんは知っているんだわ。

 このあとの舞踏会でテラスに出れば、確かに内緒話はできるし、扉をきちんと開けていればはしたないと非難されることもないはず。

 だけど――。


「素敵なお誘いをありがとうございます。ですが、お断りします」

「……どうして?」

「わたしはヴィクトル殿下の婚約者として、恥じない行動をしたいのです。ですからわずかな可能性でも危険は冒しません」

「なるほど。ずいぶん立派な志だね。前科のある僕にはもう何も言えないよ」


 降参とでも言うように、ユリウスさんは両手を小さく上げた。

 そこへ反対側に座る伯爵夫人に話しかけられて、ユリウスさんの視線から逃れられたわたしはほっと息を吐いた。

 よかった。

 この後の舞踏会では殿下と一緒にいられる機会も多いし、どうにか乗り越えられそう。

 そうすれば、近いうちにカフェに行けるのよね。

 それって本物のデートだわ。ああ、すごく楽しみ。


 


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