第三話 ニレの町
今回、進歩が少ないです。ルークへっぽこ回。
「……わからない。わからないな」
先頭を歩くルークが首を振る。
「何がわからないんです?」
背後にフォルテの視線を感じながらルークに近づいた。彼は宿屋を出てからずっとこんな調子だったのだ。
「あのジルエットという怪物の目的ですよ」
「魔女の元にイリスを連れて行くことが目的なら、岬でイリスを返した理由が説明できないし、さっきだってさらう隙はいくらでもあったはず。魔女について教えに来た目的もよくわからないわね。そういうことでしょ、ルーク君?」
「ええ。罠にかけたいなら魔女を美化させて話すはず。あと、竜も魔女が関連している可能性があるでしょう。竜も魔女の手下だとするなら魔女は明らかに僕達、そしてイリスさんの敵だ。あとはジルエットだけど……」
「いいじゃん、今そんな難しい事考えなくたって。頭がおかしくなるだけだぜ」
ルークとイデアの間を飛び交う考察をラルバがぶった斬った。
今朝イリスに変な事を尋ねてからかジルエットが部屋に乱入してからかはわからないが、彼は少し元気になったように見える。
「……君は気楽でいいね。あいつらの事がおかしいって思わないのかい?」
「ぶっちゃけ、オレはそんなのはどうでもいいんだよ。願いさえ叶えてくれるならな」
無口だったラルバがこんなに喋るようになったのが、その証拠だ。
「ラルバ、何か勘違いしてないかい? 僕達は魔女を捜しに行くんじゃない、あくまでもブバリアを目指すために旅に出るんだよ?」
「勘違いしてない。その途中で魔女に会うんだから」
僅か数十分前の話。鳥の怪物ジルエットが去った後のことだ。
頑なに部屋から出ようとしなかったラルバが、突然イリスと一緒になって「旅をしたい」と言い出した。
当たり前だが三人は猛反対。イデアに至っては「絶対駄目」の一点張りだったが、イリスが「私はいつまでも守られてるだけの子どもでいたくないんです」と主張すると黙り込み、最終的にラルバが「イリスには護衛がいるから大丈夫だって。なあ、フォルテ?」と彼を半ば強制的に頷かせて丸め込んでしまった。
結局、イリスは常に誰かと一緒にいるだとかなるべく顔を隠すだとか面倒な条件を取り付けられた上で、ようやくイデアも渋々ながら納得してくれたのだ。
最終目的地は、ルークもそこにいたというブバリアの街。ここはディアローレン王国という国で、ブバリアはその首都らしい。今までとは比にならない程に人口が多く、そこまでの距離もそれなりにあるのでイリスも満足するだろうし、働き口もあるかもしれないと出発する際にルークは話していた。
そして今。それなりの距離を旅するにはそれなりの準備が必要なので、そのために境の村より少し東にあるニレの町を目指していた。
まだ少ししか歩いていないが、イリスは既に大冒険をしているような気分だった。あまり木がなく、見渡す限りの高原。木が邪魔だとは思ったことはないが、何一つ遮るもののない空や草原には開放感を感じさせる。そして振り返れば遠くに見えるは美しくも迫力のある山々。最高の景色だ。
だが、フォルテは常にイリスに気を配り(監視ともいう)、ルークとイデアはジルエットや魔女に頭を悩ませ、ラルバは一つの願いを胸に秘めながら前へ進んでいる。それに比べたらなんて呑気なことだろうと自分でも思う。
たしかに魔女が全く気にならないわけではないし、あの日の事を完全に忘れられたわけでもない。でもこれこそが長年の夢だったのだ。今はまだその夢に浸っていたかった。
と、地平線にぽつんと白い何かが現れた。
「ん? なんだあれ。門?」
ラルバが目を細めて呟く。
近づけば彼の言うとおり、それは白いレンガを積んで造られた門だ。
「あっ、あれですよ。あの門を抜ければニレの町です!」
ルークが嬉しそうに声をあげた。
ニレの町は怪しい者が入ってこれないようにきちんと門があり、門番までいる。
夏なのに鎧に兜でとてつもなく暑そうだ。ルークも動きやすそうな簡素な鎧に身を包んでいるが、暑そうな素振りは一切見せずに門番に丁寧に礼をして町の中へ入っていく。
イリスも真似をしようとすると「別に礼はしなくてもいいのよ?」とイデアに笑われた。ちなみにルーク以外誰一人として、あくびをしながら手をひらひら扇ぐ門番に気を留める者などいなかった。
ここは国の中心から離れている割にそこそこ栄えている町だそうだ。立派な門があったり道が整備されているのがその証拠。
建物が並ぶ風景も、ブーツで歩くたびにコツコツ小気味よい音を立てる石畳もイリスは初めてだ。なんか楽しくなってわざと大きな足音を立ててみたりもしたが、通行人が見ているのに気づいて慌ててやめた。
様々な店が並ぶ通りに出ると、ふいにルークが足を止めて後ろのイリス達を振り返った。
「さて、ここでは旅に出るための道具の準備をします。次の町までには距離がありますし、危険も多いですから」
「道具って何が必要なんだよ?」
「ラルバは魔法みたいなの使えないじゃん? だから身を守るための武器も必要だし、水や食料も欠かせないよね。あと、フォルテさんは着ているからいいけど防寒に外套やマントがあるといいと思う。イリスさんは何か顔を隠すための物だとか、あっそうそう今思い出したけど薬みたいな道具類もあった方が────」
次々に飛び出す単語の数々にイリスは思わず口をはさんだ。
「ごめんなさい。覚えられないです……」
まず彼らは防具屋に行った。そこはところ狭しと鎧や盾からグローブ、ブーツまで色々な部位を守る防具が並べられており、全部ルークが払うからこの中から好きな物を選んでいいらしい。
光が商品で遮られて微妙に薄暗い店内をイリスはとりあえず歩き回る。ラルバは黒っぽい質素なマントに釘付けで、イデアは様々な靴をあれこれ試着している。フォルテはルークと一緒に待機中。
結局イリスは赤い石が留め具となった、フード付きの純白のボレロだけを選んだ。ラルバはずっと見ていたマントと革でできた指ぬきグローブを、イデアは大分時間をかけた結果、彼女のミニスカートにも似合うヒールを選んだようだった。
だが、いざ購入というときに問題は起きた。
「あーっ!」
カウンター越しに店主と向かい合っていたルークが突然情けない声をあげたのだ。何事かと出口付近のイリスとラルバもそちらへ向かっていく。
「どうした? ルーク」
「お金……さっきの宿屋で全部置いてきちゃったの忘れてた」
「え? でも、宿屋のおじさんはお代いらないって言ってましたよ?」
「だって、一週間も泊めさせてもらったのに、何もないんじゃさすがに申し訳ないだろ……」
「え、だからって全部置いてきたわけ?」
ルークが恥ずかしそうに頷く。
「このバカアホドジマヌケ! 好意は素直に受け取るもんだよ! 真面目すぎんだよお前は!!」
「代金、早くしてほしいんだけど。銀貨二十枚」
店主が右手を出して催促をしている。彼からすればただの兄弟喧嘩のようにしか見えていないのだろう。イリスにもそう見える、というかそうにしか見えない。
「二十枚ぃっ!? 誰だよ超高額なの買った奴! 王宮の兵士だってそんな貰ってないってのに……」
「あー、もう。なんかよくわかんねーけど、ちょっと待ってろ」
ラルバが懐から膨れ上がった袋を出すと、中身を店主に見せた。
「多分これ金だよな? これで足りる?」
店主は胡麻みたいな目を大きくしてラルバの顔と袋の中を交互に見た。そして袋からおそるおそる二枚金色のコインを取り出すと、そっとラルバに返す。
見ればルークも驚いたような顔をしていた。
「ラルバ……そのお金どこで手に入れたの? 金貨なんて一枚でも盗まれちゃ大変だから普通は持ち歩かないんだよ?」
「おふくろに貰ったんだ。村がなくなった日の朝にな」
さっそくマントとグローブを装着したラルバは真顔で答えるとイデア達のところへ戻っていく。
「……なんか、ごめん。聞いちゃいけないこと聞いたかな」
「別にいいよ。オレ昔からあんなとこ出て行きたいって思ってたし…………ああなるとは思ってもなかったけどな」
ラルバが久しぶりに笑う。だが、それは純粋な笑みではなくどこか陰の差した悲しげな微笑みだった。
「ほら、ルーク。イデアさんが待ちくたびれてるぞ。早く次行こうぜ次」
そう言い終える頃にはラルバの陰は消えていた。