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第七十四回

【建寧二年(百六十九年)、冬 】

北より吹き降ろす地吹雪が、臨洮の董邸を白く包み込んでいた。


奥御殿の静寂の中で、主母の王綏は、都の洛陽から届いたばかりの書簡を白き手で広げていた。その傍らでは、一歳となった嫡男の承が力強い生命の息遣いを見せており、5歳になる長女の華児と3歳の弦児が、寒さに耐えるように静かに佇んでいた。


『故郷の皆様、寒冷の折、いかがお過ごしでしょうか。本日は都より、極めて重要な報せがございます。かねてより共に暮らしております行商人のムルが、この度、洛陽の地で晴れて住居を兼ねた宿屋を構えることとなりました。この場所は、今後、都の内情や町の人々の生々しい情報を集める、我ら一族にとって無二の貴重な拠点となりましょう。つきましては義姉上、ならびにルカ殿に切なるお願いがございます。宿屋の表向きの運営を円滑に回しつつ、裏での確実な情報収集と拠点の警護を両立させるため、故郷でルカ殿が厳格に鍛え上げている私兵部隊の中から、有能な女性の兵を二名、従業員として都へ送り出してはいただけないでしょうか。都の者たちに怪しまれぬよう、表向きは故郷から呼び寄せた働き者の手伝いとして宿屋に配置し、その実を隠して都の狂気を探る牙といたしたく存じます。この足がかりを以て、一族の盾となるべくさらに精進いたします。皆様もどうか御身を大切になさってください』


王綏の佇まいには、都に頼もしい拠点が生まれたことへの感銘と、義弟が描き出した策略を深く受け止める思慮が満ちていた。王綏が静かに衣擦れの音を響かせて立ち上がると、その気配を察したかのように、羌族の若き隊長であるルカが音もなく部屋へと入ってきた。


「ルカ。董旻からの文です。洛陽の宿屋に、あなたが鍛えた女性の兵を二名、送り込んでほしいとのことです。誰が適任でしょうか」

王綏の声に応じ、ルカはその実直な背筋を正したまま、佇まいを一層厳かにした。


「都の宿屋となれば、ただ武勇に優れるだけでは務まりませぬ。町の者に溶け込む機転と、酒席の雑音から真実を拾い上げる鋭き耳、探りを入れる度胸が必要です。私の部隊から、阿音あのん白蘭はくらんを呼び寄せましょう。阿音は気配を消して真実を拾い上げる耳を持ち、白蘭は機転が利きながらも袖の奥に鋭き牙を忍ばせております。二名であれば、漢人としても通用する名であり、互いの背を預け合うことも可能にございます」


「頼みます。その二名に都へ向かってもらい、叔穎やムルを近くで支えてあげてください。都の不穏から、あの子たちを護るための力となるのです」


「御意」

ルカが深く頭を垂れたその時、表門のほうがにわかに騒がしくなった。

古参の使用人である良が、右目と左腕のなき体躯を揺るぎなく直立させ、外の不穏な気配を鋭く尖らせる。


門をくぐって現れたのは、臨洮の下級武官である馬元義であった。


董邸の堅牢なる門前には、馬元義とその部下たちによって、太い縄で厳重に縛り上げられた二人の男が引きずり据えられていた。


地を這うような低い呼吸のまま、なおも俊敏な反撃の隙を伺って身を脈動させる李傕。そして、投網と馬防柵によって辛うじて抑え込まれたものの、その大きな体躯から凄まじい怪力の気配を放ち、周囲の雪を熱気で溶かすかのように荒ぶる郭汜。二人は各地の役人から金品を強奪し、馬泥棒を繰り返してきた指名手配の凶牙であった。


出迎えた王綏と良、そしてルカの前に進み出た馬元義は、冷気の中で息を白く吐き出しながら、深く頭を垂れた。


「奥方様、お久しゅうございます。街の巡回中に役所を襲ったこの大悪党どもを、街角へ追い詰め、網と柵を以てようやく捕縛いたしました。本来なれば太守へ突き出す不逞の輩にございますが、これには一年前の約束が深く関わっております」

馬元義の声音には、かつての同僚の家に対する確かな敬意が宿っていた。


「一年前、仲穎殿と共に帰郷された主簿の李儒殿が、役所の古い報告書を精査された際、たびたび捕縛に失敗していたこの二名の記述を偶然見つけられたのです。『これほどの個の武勇、いずれ董家の軍勢を補強する貴重な牙となる。もし手中に収める機会があれば、役所ではなく董邸のルカ殿に預け、董家の私兵として叩き直してほしい』と、私へ密かに頭を下げられておりました。李儒殿のその深謀遠慮に従い、こうして連れて参った次第にございます」


李儒が一年も前に仕掛けていた先見の明。それを聞いた王綏は、夫を支える能吏の恐るべき執念に深く頷き、隣に佇むルカの、戦う構えをとった足取りを一瞥して、馬元義へと静かに声をかけた。


「馬元義殿、その縄を解いてやってください」

「は。者ども、縄を解け」


馬元義の硬質な下知とともに、役所の兵たちの手で二人の縛めが断ち切られた。

自由を得た瞬間の解放感とともに、李傕は電光石火の足取りで雪原を蹴り、郭汜はその圧倒的な怪力を一歩に込めて暴れ狂おうとした。


しかし、その凶暴な躍動は、瞬時に霧散することとなる。

ルカが鍛え上げた羌族の私兵部隊が、一糸乱れぬ陣形の壁となって彼らの行く手を完全に遮った。李傕の俊敏なる突撃は盾の連撃によって軌道を狂わされ、郭汜の剛腕は組織された槍の柄の交差によって強引にねじ伏せられた。個の武勇がどれほど天を衝こうとも、鉄の規律で統制された集団の武力の前には、ただの野良犬の足掻きに過ぎないという過酷な現実。二人は何度も冷たい雪泥へと叩き伏せられ、息を荒くしながら、冷たい泥に塗れていった。


その凄まじき制圧の光景を目の当たりにした馬元義は、驚きにその体を強張らせ、思わず感嘆の声を漏らした。

「……見事なものだ。我ら役所の兵が命がけで追い詰め、網と柵を以てようやく捕らえた凶牙を、こうも容易く陣形で組み伏せるとは。これほど統制された武力が実家に控えているなれば、確かに仲穎殿の留守を預かるに十分な城壁。李儒殿がこの地へ預けよと言った意味が、今、痛いほどに分かりました」


兵舎の片隅では、少年武官の卵、牛輔が、その圧倒的な組織のしごきの光景を、直立不動の佇まいでじっと見つめていた。精鋭たちの背中を追い、泥に塗れる二つの巨躯が制圧されていく様を脳裏に焼き付けながら、牛輔は黙々と木剣を握る右手に力を込め、己の心身をさらに深く練り上げていく。


董家の私兵が見せる圧倒的な格の違いに、李傕と郭汜の佇まいは驚愕と、抗えぬ屈服の気配へと変じざるを得なかった。王綏は、懐にある都の吉報を確かめるように触れ、雪の上に這いつくばる二人の背中を見つめた。


「ルカ、その二つの牙を董家の忠実なる番犬として、徹底的に仕込みなさい。都の嵐、そしていずれ来る時代の波から、我が家を護る頑強な盾とするのです」

「御意」


洛陽の地でムルと共に築いた住居兼宿屋という、一族の貴重な情報拠点。商いの体裁を整えつつ、そこへ送り込まれる阿音と白蘭の二名。そして臨洮の実家で、李儒の先読みの通りに獲得された新たなる凶牙、李傕と郭汜。熹平五年の凍てつく冬、董一族は離れた地で同時に、来るべき激動の時代を見据えて、その根を深く、影のごとき隠密と強靭な武力の双方を張り巡らせていた。

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