偽りの自信
私の作戦は地味ながら効果的なようだった。
あれほどマリアの機嫌を伺いながら私に接していたヨハイルが段々と大胆になってきたのだ。
「スカーレット、今から買い物に行くから着いてくるんだ。」
マリアがお茶会で不在だったある日、ヨハイルは突然言い出した。
その言葉に私を含めた使用人全員が驚いた。
「ヨハイル様…?買い物なら私めがお供いたします。恐れながらスカーレットを連れていくのはマリア様のお叱りを受けると思われ……。」
アルタが遠慮がちに言う。
「大丈夫だ。何もスカーレットの物を買いに行くのではない。スカーレットの、精霊としての意見を参考にしたいのだ。」
「左様でしたか。……いえ、だけどマリア様はそれでも……。」
「うるさい!俺の言うことを聞けないのか!!」
ヨハイルの怒鳴り声にアルタはビクッとして私の出かける準備を手伝った。
「いいかいスカーレット。絶対に粗相は起こすなよ。」
薄いストールを私に掛けながらアルタは小声で言った。
ヨハイルはマリアが居ない時に今までの鬱憤を晴らすように使用人に冷たく接したり我儘を言うことは何度もあった。だけど今回のようにマリアの機嫌を損ねるような我儘は一度も言ったことがなかったのだ。
だから皆動揺し、アルタでさえも動揺を隠せなかった。
「…では行ってきます。」
不安に言う私に返事を返してくれたのは、嬉しそうに微笑むカリスだけだった。
*********
「スカーレット、やっと2人きりになれたな。」
馬車の中でヨハイルが嬉しそうに近付く。
「えぇ、嬉しいですわ、ヨハイル様。」
やめて、それ以上近付かないで。油断すると本音が出てしまいそうな私は、必要最低限の言葉で返した。
「マリアは君の事をよく思わないみたいでね。私は毎日君の傍に居たいのに…。」
ヨハイルが私の手をすっと触る。やだ気持ち悪い!
「マリア様は……女性関係に厳しいですわね。もう少し奔放でも良いと思うのに……!」
私は青ざめた顔で手をさりげなく退かす。
「スカーレットはそう思うのか!?だけど君、ウンディーネだよな?ウンディーネは重い……失礼、情熱的じゃないか。」
ヨハイルは慌てて言い直す。
「あら?今ウンディーネのルールが変わりまして、性に奔放になったのですよ?まぁ私自身はあまり興味はないですが、私のパートナーには自由にしてもらおうかと。」
カリスが言っていた言葉を言うと、ヨハイルは目を輝かせた。
「そうなのか!?夫婦になった後旦那が浮気したら殺すんじゃないのか!?」
「それは昔の話です。浮気ぐらいで殺したりしません。」
カリスの言った通り、1番の食いつきを見せた。よし、ここはもう一押しだ。
「……それにヨハイル様は商人じゃないですか。沢山の女の人を渡り歩いた方が、色んな女性の好みがわかり商売も繁盛するんじゃないですか?」
「確かにそうだな……!マリアと結婚してから精霊の事はもちろん他の女性にも疎くなった。浮気なんて言い方が悪いんだ、商売のためでもあるんだ。」
「えぇ、そうです。ふふ、私と結婚したらヨハイル様は色んな女性と楽しめて商売も右肩上がりになりそうですね。」
ちょっと攻めすぎたかな、と思ったけど目を輝かせて悩み始めたヨハイルを見て手応えはあったようだ。
その後ヨハイルは上機嫌で買い物をした。
私とヨハイルの組み合わせにすれ違う人皆が驚いていたけどヨハイルは全く気にしてないようだった。
機嫌の良いヨハイルは私にネックレスを買うと言ったが本当に要らなかった私は、マードレッド商会のネックレスが良いのです。と断った。
ヨハイルはまたも嬉しそうに微笑んだ。
*********
楽しい(ヨハイルにとって)買い物が終わりマードレッド家に着くとアルタが顔面蒼白で走り寄ってきた。
……その後ろで仁王立ちしているマリアが目に入ってきた。
「何故貴方がこの精霊と一緒に買い物に行ったのか、丁寧に説明して欲しいんだけど。」
マリアは怒りのあまり唇が震えている。その姿にカリス以外の使用人は恐怖を覚えた。
「アルタにも言ったが、精霊としてのスカーレットの意見が欲しかったからだ。」
いつもオドオドしていたヨハイルが強い態度で説明した。その姿にマリアはちょっと怯んだが、さらに怒りが増したのは言うまでもない。
「何故精霊の意見が必要なの!?私達の取引先は聡明な人間だけでしょう!?人間の事は人間に聞くわ!!精霊なんて私達の世界には不要なのよ!!」
異端審問官が聞いたら詰め寄ってきそうな言葉を言う。
「マリア……悲しいけどマードレッド家は人間至上主義者の疑いをかけられてるんだ。君のそういう態度が、疑惑を助長させてるんだよ。」
「今は私達しか居ないじゃない!!」
「今はね。だけど町では皆そういう目で見るんだ。だから私はあえてスカーレットを連れ出して、精霊との交友を見せつけたんだ。」
その言葉にマリアは少し落ち着いたようだ。
「だけど何も貴方が……。」
「君はスカーレットと二人で買い物に行けるかい?絶対に無理だろう。なら私が行くしかない。私が精霊と二人で買い物をしているという事はマリアも認めたんだと良い意味で捉えられるしな。」
「だけど……。」
「マリア様、最近また取引数が増えてきていますね。これはヨハイル様のおかげでもあります。ヨハイル様がスカーレットと仲良くしていることで、親精霊家の貴族の取引が増えたのです。」
カリスが帳簿を見ながら言う。精霊の妻へのプレゼントなどにマードレッド商会が選ばれるようになったみたいだ。
「そう……そうなの……。」
マリアは渋々納得したのか不服そうな顔をしながらも引き下がった。ヨハイルは勝ち誇った顔で去っていく妻の背中を見つめていた。
「凄いなカリス。君が言った通りの事を言ったらあのマリアが折れたよ。」
夜。カリスの部屋でヨハイルが嬉しそうに言った。
「マリア様は売上をとても気にしています。現に取引数は増えましたし。あながち嘘ではありません。」
「そうだな!スカーレットと仲良くはなれるし商会は儲かるし!幸運の女神が微笑んだのかな!」
ヨハイルは嬉しそうにワインを開けるとお前もどうだ?とカリスにグラスを差し出した。翌日朝から仕事のあるカリスは丁重に断る。
「……カリスはどう思う?例えばだが、私がヌーティスト子爵に戻っても上手くやって行けると思うか?」
「そうですね。正直に申しますと、伯爵から子爵に戻ることで縦社会に厳しい貴族間では少しダメージがあるかもしれません。ですが、マードレッド商会では出来なかった精霊達との契約を取り入れる事で、精霊達はもちろん親精霊家の貴族とも取引が増え、よくよくは今のマードレッド商会より大きい商会になるでしょう。」
「ふふ、そうだな。賢いお前が言うんだから間違いないな。」
こんな質問をしてくるとは。スカーレットが上手く取り入ってくれてるんだな。
カリスはスカーレットに感謝をしつつ、ヨハイルのグラスにワインを注いだ。




