第18話
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窓ガラスに打ち付けられる雨の音で、私は目を覚ました。
上体を起こし、周りを確認する。
どうやらここは私の部屋のようだ。
あれ?なんでここにいるんだっけ?と私は頭を抱えた。
必死に自分の記憶を掘り起こす。
確か、優太と付き合っていることをお兄ちゃんに伝えて、
それから気が付いたら首を絞められてたんだっけ。
そのあとの記憶が全然ないし、多分私はそこで気を失ったんだろう。
今部屋のベッドの上にいるってことは、
お兄ちゃんが私をここまで運んでくれたのかもしれない。
私は自分の首に触れた。
押すと、ずきっと痛みがある。
多分、首の周りにも青あざができているんだろうな、と思った。
「首、絞められたんだよね。お兄ちゃんに」
とつぶやく。
何だか現実感がなくて、変な気持になった。
蛍さんに振られたときはたくさんひどい言葉を浴びせても
お兄ちゃんは一度殴っただけだった。
それなのに今回はどれだけ時間が経っても首を絞めるのをやめてくれなかった。
本当に、殺されるかと思った。
私を殺したら、お兄ちゃんの人生だって台無しになるはずなのに。
お兄ちゃんにとっては、私にたくさんひどいことを言われるよりも、
私に彼氏がいることの方がショックだったってことなのかな。
正直私は、
優太が現れるまで付き合っていたことすら頭から抜けていたくらいなのに。
自分の膝をぎゅっと抱える。
「ふ、ふふふ」
と私は小さく笑った。
知らなかった。
お兄ちゃんが私なんかのことでそんなに傷つくだなんて。
早く謝ろう、と私は思った。
それで、もう2度とこんなことにならないようにしないと。
ピロン、とスマホが鳴る。
私はスマホを手に取って画面を見た。
「あの人が、花火のお兄さん?」
と優太からメッセージが届いていた。
私はしばらく考えてから
「うん。そう。付き合えることになったの」
と恐る恐る返信した。
「そっか。知らない男に言い寄られてんのかと思ったわ。
急に頭触っちゃってごめんな。
お兄さんものすごい顔してたし、俺恨まれてるかもしれない。
だから、謝っといてくれると助かる。
あと、俺たちの関係はここで終わりにしよう。
達者でな」
私はそのメッセージを見てホッとした。
一応、同じ悩みを抱えた同志だったから、
お兄ちゃんと付き合えたって言ったら、
裏切り者だと言われる気がしていたのだ。
でも、それは私の取り越し苦労だったようだ。
これで後腐れなく関係が切れたと言ってよいだろう。
「うん。じゃあね」
とだけ打って、やり取りを終了させる。
スマホの画面を見ながら私は安堵のため息をついた。
すると、ちょうど扉が開いて
お兄ちゃんがおかゆを持って部屋に入ってきた。
私とスマホを交互に見て顔をゆがめる。
「スマホで何をやってるんだ?
誰かとメッセージのやり取りか?」
とお兄ちゃんが聞いてくる。
あ、疑われてる、と思い、私は慌てて手を振った。
これ以上変な勘違いを増やして、お兄ちゃんに嫌われたくはない。
「ち、違うよ!‥‥‥いや、確かにメッセージのやりとりはしてたけど、
でも、お兄ちゃんが考えているようなことじゃないっていうか‥‥‥。
そ、そうだ。これ見て!」
説明が上手くできなかった私は、
とりあえず今の優太とのやり取りをそのままお兄ちゃんに見せることにした。
お兄ちゃんは私のスマホを数秒眺めて、すぐにぷいっと顔をそらした。
「よくわかんないけど、別れる必要ないんじゃないの?
付き合ってたんだろお前ら。仲良くやってればいいじゃんか」
と言う。
まだ勘違いが解けていないことに歯がゆさを感じて、
私は悶えそうになった。
「ち、違うの!
‥‥‥お兄ちゃん、ひどいことしちゃって本当にごめんね。
私、お兄ちゃんの気持ち全然理解できてなかった。
今回のことでお兄ちゃんがこんな傷つくと思ってなくて。
‥‥‥今からちゃんと包み隠さずに全部説明するから、
聞いてくれる?お願い‥‥‥」
と言って私は上目遣いでお兄ちゃんを見た。
お兄ちゃんは、そんな私を見てはあ、と冷めたため息をつき、
「‥‥‥わかった。聞くよ」
と言った。
2
それから私は優太と付き合うことになったいきさつを説明した。
説明はだいぶ長くなったけれど、お兄ちゃんは何も言わずに
ずっと話を聞いてくれた。
「‥‥‥ということで、付き合ってはいたけど、
あっちも私も、本当に好きだったわけではないし、
いつでもやめられるような、結構どうでもいい関係だったの」
そこまで説明してから、私はお兄ちゃんをちらっと見た。
「‥‥‥わかってくれた?」
と聞く。
お兄ちゃんは何を考えているのかよくわからない表情で、
「ああ。わかったよ」
と言った。
私はそれでもう、許してもらえたんだと思って
ぱっと顔を明るくした。
「うん!お兄ちゃん、これからはいっぱいデートして、
いっぱい遊んで、いっぱいいろんなこと楽しもうね」
ニコニコ笑いながら、私はお兄ちゃんにハグしようとする。
けれど、お兄ちゃんは私の両肩を手で押さえて
私を拒んだ。
「‥‥‥え?」
予想外のことに、私は変な声が出てしまう。
「ど、どうしたの?お兄ちゃん。
私の話、全部聞いてくれたんだよね?
私はずっとお兄ちゃんだけだったんだよ。
わかってくれてるよね?」
「頭ではわかってるつもりだよ。
‥‥‥でも、それでもやっぱりお前が怖いよ。
また裏切られる気がして、どうしても信じられない。
だから、ハグはしたくない、かな」
お兄ちゃんの言葉に私はずーんと心が沈んだ。
どうやら私は、まだお兄ちゃんに許されていないようだ。
「‥‥‥どうしたら、私のこと信じられそう?」
「俺にもよくわからない」
下を向いて、お兄ちゃんが言う。
「とりあえず、おかゆはここに置いとくからな。
それが今日の朝ごはんだから。じゃあ」
お兄ちゃんはそっけなくそう言って
部屋を出ていった。
1人になった部屋で、お椀を持って
お兄ちゃんが作ってくれたおかゆを食べた。
「うん。おいしい」
と独り言を言う。
お兄ちゃんとやっと付き合えた矢先で
いきなりこんなことになるとは思わなかった。
けれど、それでもお兄ちゃんは私のためにおかゆを作ってくれたし、
付き合いを解消するとも言わなかった。
完全に私を拒絶しているわけではないのだ。
きっと私の頑張り次第で、また仲直りできるはず。
私はそう思いながら、おかゆをもぐもぐと咀嚼した。




