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第12話

1

2人暮らしになって2日目の夕方、

たまたまお兄ちゃんより早く学校から帰ってきた私は、

さっそく、夕ご飯を作ってみようと思った。

作る料理はこの前妄想したときと同じで、肉じゃがである。

すぐ近くにあるスーパーで食材を買って、キッチンに入った。


「お兄ちゃん、喜んでくれるといいなー」


なんて独り言を言いながら、私は調理を開始した。



2


「ただいまー。今日も疲れたー」


私がキッチンに入ってから30分後にお兄ちゃんが帰ってきた。

リビングに入り、料理している私を見て「うわ!」と声を上げる。


「え?花火が料理してる!?なんで?」


お兄ちゃんが困惑した様子で言った。


「お兄ちゃんも学校で疲れてるだろうし、

私が夕ご飯作ってみるのもありかなと思って」


私は平静を装いながら淡々と言った。

内心では、お兄ちゃんが私に感激して頭を撫でてくれるのを今か今かと待っていた。

けれど、結局お兄ちゃんは褒めてはくれなかったし、頭も撫でてくれなかった。


「いや、そんな気を遣わなくていいよ。夕ご飯作るの大変だっただろ?

これからは俺が作るから無理しなくていいぞ」


とお兄ちゃんが言う。


「‥‥‥」


期待通りの反応が得られず、私は少しがっかりした。

それどころか、なんとなく遠回しに

余計なことをするなと言われたような気がする。

気のせいだろうか。


「そ、そうだった?でも、とりあえず今日はもう作っちゃったし

私の料理食べてみない?」


めげずに私はそう言った。

菜箸でジャガイモを掴み、お兄ちゃんの方へ向ける。

大丈夫。

レシピ通り作ったし、ちゃんとおいしい肉じゃがになっているはずだ。

お兄ちゃんだって、おいしいものを食べられれば

私を見直してくれるだろうし、

これからも料理を作ってほしいって思うはず。


「はい、お兄ちゃん。あーん」


と私が言うと、


「‥‥‥う、うん」


と言って浮かない顔でお兄ちゃんがジャガイモを口に入れた。

もぐもぐと咀嚼する。


「‥‥‥」


お兄ちゃんの表情がどんどん険しくなる。

変に思った私は自分でも作った肉じゃがを食べてみた。

よく噛んで、飲み込む。

‥‥‥うん。

なんというか、微妙な味だ。

別にまずいわけではないけど、全体的に味が濃すぎる。

おかしいな。

レシピ通りに作ったはずなのに、なんでこうなったんだろう。

私が考え込んでいると、ようやくお兄ちゃんが口を開いた。


「花火、これ調味料を大さじと小さじで間違っていれてないか?」


「え‥‥‥。嘘!?」


慌ててスマホを開き、肉じゃがのレシピを確認する。

確かにお兄ちゃんの言う通りだった。

私は小さじで良かったところを大さじで調味料を入れていた。

どおりで味が濃いはずだ。


「ほ、本当だ‥‥‥。ごめん」


謝った後で、この肉じゃがどうしよう、と思った。

こんな出来損ないの肉じゃがを今日の夕ご飯にするのは

申し訳ない気がした。

本来だったらお兄ちゃんが作ったおいしい夕ご飯を

2人で食べるはずだったのだ。

私のせいで

お兄ちゃんが今日の夕ご飯をこれで我慢しなければいけないなんて、

それはちょっとかわいそうだ。

この肉じゃがは全部捨てて、

今からお兄ちゃんに料理を作ってもらった方が良いのかもしれない。

‥‥‥本当に余計なことしちゃったなと私は下を向いた。

するとお兄ちゃんは私が落ち込んでいることを察したようで、

急に慌てだした。


「ああ、ごめん。作ってくれたのは本当にすごく嬉しかったよ。

ありがとね。花火。

でもやっぱり俺が作った方が良いと思うんだ。

だからこれからは本当に無理しなくて大丈夫だよ」


「‥‥‥うん。確かにそうみたいだね。

とりあえず、この肉じゃがは捨てちゃうね」


私はゴミ袋を取り出そうとした。

するとお兄ちゃんがまたあたふたしだす。


「ちょ、ちょっと待って。何で捨てるの?

せっかく作ったのに、もったいないじゃん」


「でも、これ捨てないと、新しい料理作れないよ」


「いやいや、俺は今日もう作る気ないよ。

今日はこの肉じゃが食べようよ」


お兄ちゃんが優しい声で言う。


「‥‥‥うん」


私は申し訳ないような、でもちょっと救われたような、

複雑な気持ちになりながらうなづいた。



3

静かなリビングに、私の箸の音とお兄ちゃんの箸の音だけが響いている。

夕食を食べ始めてから20分が経過した。

お兄ちゃんは私の肉じゃがと水を交互に口にしながら

夕ご飯を食べ進めている。

時々かなりしょっぱいところがあるのか、顔をしかめていた。

それを見て、私はまた申し訳なくなった。

こんなことになるなら、

今後はもう、料理は作らなくていいかな、と私は思った。

もともと味見する前から、私が料理をしてることを

お兄ちゃんはあまり良く思ってなさそうだったし、

私の独断でお兄ちゃんに何かするのはやめた方がいいのかもしれない。

そうだ。

これからは、お兄ちゃんがしてほしいって言ったことだけをすることにしよう。

そうすれば今日みたいな事故は二度と起こらないだろうし、

お兄ちゃんも確実に喜んでくれるはずだ。

私はまたお兄ちゃんに顔を向けた。


「ねえ。お兄ちゃん」


と呼びかける。

お兄ちゃんは食べる手を止めて


「ん?どうした?」


とこちらを向いた。


「お兄ちゃん、私にしてほしいことって何かない?」


と単刀直入に聞く。


「してほしいこと?なんでそんなこと聞くんだ?」


「だって今のところ家事は全部お兄ちゃんがやってるでしょ?

絶対大変じゃん。私も何か手伝った方がいいんじゃないかと思って」


あーそういうことね。とお兄ちゃんが納得する。

そしてしばらく上を見たあと、


「んー、特に手伝ってほしいことはないかな」


と言った。

私は戦力外通告をされたような気がして、がーんとショック受けた。

別に他の誰かに役立たずだと思われても、何とも思わないけど、

大好きなお兄ちゃんに役立たずだと思われるのは、想像以上に辛かった。


「な、何にもないの?‥‥‥あ、もしかして遠慮してる?

大丈夫だよ。私何でもやるよ」


と笑顔を作って言う。

本当はすごく焦っていて脇のあたりに嫌な汗をかいていた。

けれど、私の気持ちを全く知らないお兄ちゃんは、

苦笑を浮かべながら


「ありがとう。でも大丈夫。俺のことは気にしなくていいよ」


と言った。


「‥‥‥そ、そんなことないんじゃないかな。

そのうち、私の手伝いが必要になる時もあるんじゃない?」


「いやいや、本当に大丈夫だから。花火はいつも通り過ごしててよ」


「わ、わかんないじゃん。必要になるかもしれないじゃん。

私、本当に何でもするから、手伝いが必要な時は言って」


半ば押し付けるようにそう言うと、

お兄ちゃんは困ったように微笑んだ。

そして


「うん。わかった。必要になったら言うね」


と本気なのか、社交辞令なのかよくわからない返事をした。



4

それから私は、ことあるごとにお兄ちゃんに

何か手伝うことはないか聞いた。

朝早く起きて朝ご飯や弁当を作っているのを見た時、

学校から帰ってきてリビングを掃除しているのを見た時、

夕ご飯を作っているのを見た時、

洗濯物を干したり畳んだりしているのを見た時、

その度に私は、

大変でしょ?私も手伝うよ、と笑顔で聞いてみた。

けれどお兄ちゃんは、いくら聞いても

大丈夫だよ。花火は楽にしてていいよ、と言うだけだった。

次の週も、そのまた次の週も、お兄ちゃんの反応は変わらず、

結局家事はお兄ちゃん1人でこなしている状態が続いた。

そこまで断られつづけると、

だんだん私も心が折れてきて

やっぱりお兄ちゃんには私の助けなんて必要ないのかな、と落ち込んだ。

それでも諦めずに声をかけ続けていると、

ある日からお兄ちゃんの様子が変わった。

私と一緒にいる時、

うっすら赤い顔で、目を泳がせるようになったのだ。

まるで好きな異性に向けるようなその仕草に私はあれ?と思った。

ずっと拒まれていると思っていたけれど、

本当は気にかけられるのが嫌なわけではないのかもしれない。

むしろ心の中では結構喜んでたりするのかも。

そう思えるようになってから、私はちょっと自信が回復してきた。



5


「お兄ちゃん。入っていい?」


それから3日経ったある日、

私はお兄ちゃんの部屋の扉を開けてそう聞いた。


「いいけど。どうしたの?」


宿題をしていたお兄ちゃんが、椅子をくるっと回して言った。

今日もほんのちょっと顔が赤い気がする。


「お兄ちゃん、今日は夕ご飯に何を作る予定なの?」


「えーと、今日は豚の生姜焼きを作る予定だよ。

もしかしてもうお腹減っちゃった?

ちょっと早いけど、夕ご飯作っちゃおうか?」


とお兄ちゃんが言う。

私は首を横に振った。


「ううん。そうじゃなくて、今日こそ私何か手伝おうかなあって思って。

それとも、今日も私の手伝いはいらない?」


と聞いた。

顔を傾けて、優しい気持ちを込めてお兄ちゃんを見つめる。

するとお兄ちゃんは赤い顔のまま目を伏せた。


「‥‥‥大丈夫」


とこちらを見ないまま言う。

やっぱり照れてるな、と思った。

本当は手伝ってほしいのに、私に迷惑かけるのが嫌で

手伝ってほしいって言えないのかな?

やっぱりお兄ちゃんの許可を待たないで、

もっと自分から家事をやっていった方が良いのかもしれない。

そんなことを考えていると、

たまたま視界の端にゴミ箱が映って、

その中に入っているあるものに目を引かれた。

ゴミ箱の中には大量の風邪薬の袋が捨てられていたのだ。

見たところざっと3日分はあるように見える。

これ、全部お兄ちゃんが飲んだんだろうか。

3日前といえばちょうど、お兄ちゃんの態度が変わり始めた頃だ。

私は嫌な予感がした。


「お兄ちゃん。もしかして今、風邪引いてる?」


「‥‥‥」


私が聞くと、お兄ちゃんは静かに目を逸らした。

言葉にしていないけれど、これはもう肯定しているようなものだった。

私ははっとした。

どうやら私はずっとあらぬ勘違いをしていたみたいだ。

お兄ちゃんの顔がここ最近赤かったのも、挙動がおかしかったのも、

多分風邪のせいだったのだろう。

それなのに1人で浮かれて、私は何をやっていたんだろうか。

恥ずかしいような、むなしいような、ひどい気持ちになりながら

数秒沈黙した後、私は顔を上げた。


「風邪引いてるのに、ずっと1人で家事をこなしてたの?

具合悪いなら言ってくれれば良かったのに。

そしたら私、お兄ちゃんの看病だってしたし、

家事だって全部やったよ?」


「そしたら今度は花火が大変になるだろ。そんなの申し訳ないよ」


「大変だったとしても、お兄ちゃんの役に立てるなら私は嬉しいよ。

ね?今日は私がやるから、お兄ちゃんは安静にしててよ」


そう言って、私はお兄ちゃんの方へと近づき、ベッドの方へと追いやろうとした。


「いや、いいって。もう治りかけだし」


とお兄ちゃんが言う。

そんな断らないでよ、と私は心の中だけで呟いた。

さっきまでお兄ちゃんは喜んでいるものだと勘違いしていたから、

なおさらその迷惑そうな声に傷ついた。


「治りかけでも風邪は風邪でしょ?またぶり返しちゃうかもしれないじゃん。

お兄ちゃん、私が風邪を引いた時もそう言ってたよ」


私はめげずに近づき、お兄ちゃんをベッドの方へ押そうとした。

その時だった。


「いや、だからいいって!!」


とお兄ちゃんが急に声を荒げた。

私は、びくっと体を震わせてお兄ちゃんの方を見た。

お兄ちゃんははっと我に返り、


「ご、ごめん。急に大きな声出して」


と申し訳なさそうに言った。


「‥‥‥花火はさ、なんでそんなに俺を気に掛けるの?

俺が家事を全部やったって、花火には何もデメリットないでしょ?

お母さんやお父さんだって、俺が家事をたくさんやってても、

そんなに口出ししてこなかったよ?

学校でも俺こんな感じだけど、先生も友達も、

こんなしつこく手伝おうとしてくることなんてなかったし。

‥‥‥花火だけだよ。こんなことしてくるの。

何だかそんなに心配されると調子が狂うよ。

もう、ほっといてくれないかな。

逆に落ち着かないんだよ。俺も」


容赦のない言葉に、私はただうなづくことしかできなかった。

しばらく、頭の中でお兄ちゃんの言葉を噛んだり砕いたりしてから、


「‥‥‥迷惑だったってこと?」


と私は聞いた。


「‥‥‥俺もわかんない。迷惑ではないけど、

落ち着かないからやめてほしい‥‥‥かな」


「‥‥‥そっか。うん。わかった」


と私はうなづいた。

大分オブラートに包んで言ってくれたけど、

結局は、私がこうやって干渉するのがお兄ちゃんは嫌だったみたいだ。

私は、自分の中のプライドみたいなものが

どんどん萎んで小さくなっていくのを感じた。

ふいに泣きそうになって、気づいたら私はお兄ちゃんの方に手を伸ばしていた。

何でお兄ちゃんに触れたくなったのか自分でもわからない。

ただなんとなく、お兄ちゃんに触れるだけで心が少しは楽になる気がしたのだ。

けれど、私のそのささやかな望みも叶うことはなかった。

お兄ちゃんが怯えるように、反射的に私の手をよけたのだ。


「‥‥‥っわ!!」


どん、と鈍い音がする。

お兄ちゃんが私の手をよけた拍子に、

尻もちをついていた。


「‥‥‥」


何で避けたの?と聞くことができなかった私は、

ただ目を見開いてお兄ちゃんのことをじっと見降ろしていた。

お兄ちゃんは少し焦った表情で、


「い、いや、今のは違くて‥‥‥」


と言い訳のように言ってくる。


「‥‥‥ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは今日も私のこと好き?」


と私は聞いた。


「え?う、うん。好きだよ」


とお兄ちゃんが眉尻を下げながら笑う。


「‥‥‥」


嘘でしょ。と言いそうになって、口を噤んだ。

私はお兄ちゃんの言葉を信じることができなかった。

でもしょうがないことだと思う。

触られるのが嫌なのに、好きだなんてどうやって信じればいいのか。



6

結局その日、お兄ちゃんは風邪を引いているのに、

私の手を借りずに、1人ですべての家事をこなした。

私はもう、お兄ちゃんの気持ちが理解できなくて、

どうしたらいいのかよくわからなかった。



7

夜、ベッドに潜りながら私は今日の出来事を何度も思い出した。

私が手伝おうとするのを嫌がったこと。

私に触れられるのを嫌がったこと。

それなのに嘘をついて私に好きと言ったこと。

風邪を引いているのに無理して家事をこなしたこと。

考えれば考えるほどお兄ちゃんの行動が理解できなくて、頭を抱えた。

ただ1つだけ、なんとなく勘付いていることがあった。

お兄ちゃんは異性として、私の事を好きなわけじゃない。

それはわかっていたけれど、

もしかしたらお兄ちゃんは

兄妹としてもそんなに私の事が好きじゃないのかもしれない。


(どんな嫌なことをされても、俺は一生花火のことが好きだと思う)


私が風邪を引いているときにお兄ちゃんが言っていた言葉を思い出す。

それじゃ、あの言葉はなんだったんだろう。

あれも、私を傷つけないための嘘だったんだろうか。


「そんな嘘、いらないよ‥‥‥」


と私は真っ暗な部屋でうずくまりながら呟いた。

お腹がぐるぐるして気持ち悪い。

こんな気持ちになるならいっそ、

嫌いでも、気持ち悪いでも、何でもいいから本当のことを言って欲しかった。

私はそんなことを考えながら眠りについたのだった。

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