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10/25

第10話

1


「花火。お前もしかして、俺のこと好きなのか?」


下校途中の帰り道でお兄ちゃんが唐突に言った。

オレンジ色の空の下でお兄ちゃんはぎろっとこちらを睨んでいる。

その様子を見て、あれ?と思った。

私、お兄ちゃんに結婚の告白をされたんじゃなかったっけ?

キスだってしたはずなのに、どうしてそんなこと聞いてくるんだろう?


「どうしたのお兄ちゃん。私はお兄ちゃんのこと好きだよ。

お兄ちゃんも私の事、好きだよね?」


お兄ちゃんの訝しげな目に苦笑しつつそう聞いた。

きっと今の質問は何かの冗談だろう。

お兄ちゃんはすぐにうなづいてくれるはずだ、

と思っていた。

けれど、予想に反してお兄ちゃんは


「はあ?何言ってんだお前。俺がいつお前のこと好きになったんだよ」


と呆れたように言った。

私はひどく焦った。


「‥‥‥え?何言ってるの?私に結婚してくれって言ってたじゃん。

お兄ちゃんは私の事好きなんでしょ?」


咄嗟にお兄ちゃんの腕を掴む。

けれど、即座に私の手は振り払われてしまった。


「そんなこと言った覚えはねえ。勘弁してくれよ。気持ち悪いな」


お兄ちゃんが歩いて、私から遠ざかろうとする。


「ま、待って‥‥‥」


と言ってもお兄ちゃんは歩くのをやめてくれない。

背中を向けてどんどん離れていくのを見て、

じわじわと涙が溢れてきた。

どうにかしてお兄ちゃんを止めようと思い、私は喚くように叫んだ。


「待ってよ!何でこんないじわるするの?

お願いだから私から離れていかないで!いなくならないでよ!!」


私の精一杯の大声は少しだけ周りに響いて、すぐに消えた。

少しの沈黙のあと、お兄ちゃんはゆっくりとこちらに振り返る。

そして冷たい視線で言った。


「嫌だ。こんな気持ち悪い妹、俺にはいらない。どっかに消えてくれ」


お兄ちゃんがまた私に背を向けてすたすたと歩きはじめる。

私はお兄ちゃんを追いかけた。


「やだ!行かないで!ごめんなさい!ごめんなさい!」


泣きながら私は走った。

途中、足もとの石につまずいて転んだが

それでも、お兄ちゃんはこちらに振り向いてくれなかった。

私は手を伸ばして言った。


「お願い!私を置いてかないで!今度こそちゃんと、ちゃんと‥‥‥」



2


「良い子でいるから!!」


自分の大きな寝言で目を覚ます。

上手く息ができず、はあ、はあ、と声を漏らしながら唾を飲んだ。

また、夢を見ていたらしい。

昼間に見た夢とは違い、今回はかなりひどい悪夢だった。

ふらふらする頭を手で抑えながら、上体を起こす。

そして周りを確認した。

どうやら私は自分の部屋のベッドに横たわっていたようだ。

徐々に意識を失う前のことを思い出してきた。

確か、お兄ちゃんと話しているうちにだんだん具合が悪くなって、

そのままソファで眠ってしまったのだ。

きっとその後、お兄ちゃんが私をベッドまで運んでくれたんだろう。

状況が整理できてほっとしていると


「‥‥‥花火、起きたのか?」


と急にお兄ちゃんの声がした。


「ひゃあ!」


と声を上げてしまう。

ついさっき見た夢のせいもあって、

私はお兄ちゃんがすごく怖くなっていたのだ。

恐る恐る声のする方を見てみると、

床に座ってベッドにもたれているお兄ちゃんがいた。

眉をひそめてじっとこちらを見ている。

何でそんな不満げな顔をしているんだろう、と私は不安に思った。


「う、うん。起きたよ。‥‥‥その、ごめんね。お兄ちゃん」


と意味もなく謝った。

お兄ちゃんは私の謝罪を無視して


「体は寒くないか?」


と聞いてきた。


「え?‥‥‥う、うん。寒くないよ」


「どこか痛くなったりはしてない?」


「それも大丈夫。どこも痛くない」


「息がしづらいとか、気持ち悪いとか、そういうのもない?大丈夫?」


「う、うん。ちょっと寝起きでふらふらするくらい‥‥‥かな?多分。

あとは何もないよ」


そう言い切ると、お兄ちゃんは、はあ、よかった、と深く息を吐いて、

ベッドに顔を埋めた。

よくわからないけれど、お兄ちゃんが苦しそうで、

私はすごく悪いことをしている気分になった。

大丈夫だろうか。

夢みたいにお兄ちゃんに愛想つかされたりしないだろうか、と不安になってくる。


「お、お兄ちゃん。その、ベッドまで私の事運ばせちゃってごめんね。

ここからはお兄ちゃんに迷惑かけないようにするから。

だから心配しなくて大丈夫だよ」


と笑顔を作って言った。


「‥‥‥」


しばらくしても何も反応がないので、私はちらっとお兄ちゃんの方を見た。

お兄ちゃんは寂しそうな表情でこちらを見つめていた。


「そんなこと、気にしないで大丈夫だよ。

俺がちゃんと花火の看病するから」


そう言った後、お兄ちゃんは立ち上がって、

ゆっくり私の頭を抱きしめた。


「すごい心細かった。

起きてくれてありがとう」


私はその言葉に胸がぎゅっとなった。


「‥‥‥うん」


と言ってうなづくと、

お兄ちゃんは私から体を離して、

ゴシゴシと自分の目を擦った。

それから、


「お母さんとお父さんに花火が無事だったって電話してくるから、

ちょっと待ってて」


と言い、部屋を出ていった。


「ま‥‥‥」


閉まる扉に向かって、反射的に待ってと言いかけた。

さっき見た夢のせいだろうか。

お兄ちゃんと少しでも離れ離れになるのが不安で仕方なかったのだ。

けれど、私はお兄ちゃんのことを信じて、引き止めるのをやめた。


「‥‥‥わかった。待ってるからね」


1人になった部屋に私の独り言だけがぽつんと響いた。



3

10分後、お兄ちゃんはおかゆの入ったお椀とレンゲを持って、

部屋に入ってきた。


「夕ご飯持ってきたぞ」


と明るい声で言う。


「うん。ありがとう。お兄ちゃん」


と言って上体を起こす。

お兄ちゃんは私のすぐ横に来てベッドに座った。

そして、レンゲでおかゆを一掬いし、ふーふーと冷ました。

十分に冷めたところで


「はい。口開けて」


と言いながら、こちらにおかゆを差し出してくる。


「‥‥‥へ?」


と声を出してしまった。

しょうがないことだと思う。

だってこれはカップルがよくやる、あーん、ではないか。

もしかして今日は、

このおかゆを全部お兄ちゃんに食べさせてもらうことになるんだろうか。


「お、お兄ちゃん。おかゆくらい1人で食べられるよ」


と私は言った。

お兄ちゃんは真剣な顔で、


「いや、今日は俺が食べさせるよ。

風邪引いてるんだから遠慮せず甘えていいぞ」


と言った。

いや、遠慮とか、そういうことじゃないんだけどな、と思ったけれど、

お兄ちゃんの目があまりにキラキラしていて、断りづらかった。

私が風邪を引いたことで、

お兄ちゃんの過保護スイッチが入ってしまったみたいだ。

お兄ちゃんは定期的に私に過剰にお世話をしたがることがあるのだ。

私自身、お世話されるのは嫌いじゃない。

今までもお兄ちゃんのこういうお世話を私は喜んで受け入れてきた。

けれど、今日はお兄ちゃんのお世話を受け入れるのがちょっと恥ずかしかった。

寝起きでいきなりお兄ちゃんに優しくされたせいもあって、

私はより一層お兄ちゃんのことを変に意識していたのだ。

断るでもなく受け入れるでもなくグズグズしていると

お兄ちゃんはゆっくりとレンゲを自分の方へ戻した。

そしてちょっと不安そうな顔で、


「‥‥‥嫌だったか?」


と聞いてきた。

私は反射的に前のめりになって


「嫌じゃない!」


と言っていた。

考えるより先に出てきた言葉に

あれ?と思った。

そっか。

私はお兄ちゃんにお世話されたいって思ってるんだ。

だけど、お世話されるのが恥ずかしいとも思っていて‥‥‥。

結局私は、どうしたらいいんだろう。

考え込んでいると、


「本当に、嫌じゃないの?」


とお兄ちゃんが聞いてくる。


「‥‥‥」


私は2つの矛盾する気持ちを天秤にかけて

どちらを選ぶか考えた。

そして、覚悟を決めた。


「うん。嫌じゃないよ」


と答える。

すると、お兄ちゃんはぱっと顔を明るくして、


「そ、そっか。‥‥‥それじゃ、はい」


とおかゆの入ったレンゲをまたこちらに差し出した。

ドクン、ドクンとうるさい心臓の音を無視して、

おかゆを口に入れる。

そして、適温に冷めたそれをゆっくり咀嚼した。


「‥‥‥おいしいか?」。


「‥‥‥うん。おいひい」


と私は口をもごもごさせながら言った。

お兄ちゃんが口元を緩めて嬉しそうな顔をする。

ごくんとおかゆを飲み込むと、

お兄ちゃんはもう1度レンゲでおかゆを掬い、


「はい」


とこちらに差し出してきた。



4

それからは特に何かしゃべるわけでもなく、

ただお兄ちゃんの慈愛に満ちた表情に見つめられながら、

もぐもぐとおかゆを食べ続けた。

私は顔が熱くなっていることや、

心臓がいつもより速く動いていることを

悟られないように平気なふりをするのに必死だった。

そのせいで、この時間がとても幸せだったことに気付くことができなかった。

そのことに気付いたのはおかゆを全部食べ終わり、

お兄ちゃんが食器を洗いに行った後のことだった。

私はお兄ちゃんがいなくなった部屋で

やっぱり1人で食べるべきだったと強く後悔した。

1度大きな幸せを経験した私の脳内は

これからもご飯はお兄ちゃんに食べさせてほしいとか、

もっとお兄ちゃんに優しくされたいとか、

そんな欲求でいっぱいになってしまったのだ。

その欲求を抑え込むのがとても苦しかった。

こんなにお兄ちゃんを求めてしまうのは

やっぱりお兄ちゃんのことが好きだからなんだろうか。

どうにかしてそうじゃないと証明したかったけれど、

もう、それはできそうになかった。

胸から湧き上がってくる何かが、

お兄ちゃんにもっと近づきたい、

お兄ちゃんが足りない、

と泣いていた。

やっぱり私は、恋愛対象としてお兄ちゃんが好きなのだ。

1度それを認めてしまうと、ひどく心が重くなった。

私は一体どうしたらいいんだろう。

こんな重い気持ちをお兄ちゃんは受け入れてくれるんだろうか。

それともさっき見た夢のように、私を気持ち悪く思うんだろうか。



5


「はなびー、次は薬を飲むぞー。‥‥‥ってうわっ!」


食器を洗い終えたお兄ちゃんが、風邪薬の箱と水の入ったコップを持ちながら

部屋に入ってくる。

そしてどんよりしている私を見て、声を上げた。

すぐにコップと風邪薬を机に置いて、

こちらへ寄ってくる。


「ど、どうしたの?どこか痛いの?」


「‥‥‥うん。痛いかも」


と私は低い声で呟く。

私の返答にお兄ちゃんがあたふたした。


「ど、どこが?どこが痛いの?」


と聞いてくる。

正直に答えたかったけれど、

お兄ちゃんが好きすぎて胸が痛いとは、

口が裂けても言えなかった。

それで少し考えてから、


「‥‥‥頭が痛い、かも」


と嘘をついた。


「頭?頭か‥‥‥」


お兄ちゃんが何か考え始める。

もしかしたら、痛みを和らげる方法を

本気で考えてくれてるのかもしれない。

けれど、別に本当に頭が痛いわけじゃないし、

こんな真剣に考えてもらうのはちょっと申し訳なかった。

本当は頭なんか痛くないと白状しようか迷っていると、

お兄ちゃんの手が急に伸びてきて、

優しく私の頭を撫でた。


「大丈夫だよ。俺がずっとそばにいるから。‥‥‥だから、きっとすぐ良くなるよ」


と切実な声で言う。

不意打ちを食らった私は、何も言えずにただ口をパクパクさせていた。

どんよりした気持ちが、少しずつ掻き消されていく。

あーもう!と私は心の中だけで叫んだ。

お兄ちゃんのことを好きになったせいで落ち込んで、

またお兄ちゃんに頭を撫でられただけで上機嫌になって、

一体私は、どれだけお兄ちゃんに振り回されたら気が済むんだ。

こんな簡単に一喜一憂していたら本当に心が持たないよ!

そんな風に自分に悪態をつきながら

ちらっと、お兄ちゃんのことを見る。

お兄ちゃんは私の気持ちを全く理解してなさそうな顔で、

こちらを見つめ返してきた。

私は視線を下げて俯いた。

‥‥‥本当にこの辺でやめないとだめだ。

今以上のものを求めてしまう前に、お兄ちゃんを遠ざけないと。

そうしないと、お兄ちゃんに嫌われてしまう。

私はお兄ちゃんの手を掴んで


「ありがとう。手、疲れるでしょ?もう大丈夫だよ」


と言った。

自然な感じで言おうと思ったのに、

ちょっと冷たい口調になってしまった気がする。

お兄ちゃんもそれを感じ取ったようで、

少し傷ついてるように見えた。


「そ、そっか。‥‥‥その、こんなことしかしてやれなくてごめんな」


「ううん、すごく嬉しかった。ありがとう」


と私は言った。

けれど、お兄ちゃんは私の言葉を信じてくれず、

表情は暗いままだった。

2,3秒の沈黙の後、


「薬、飲もうか。そしたら頭の痛みも良くなるかもしれないし」


と言って、机に置いていた薬の箱を取ろうとした。


「薬は1人で飲もうと思う。

飲み終わったら自分で元の場所に戻すから大丈夫だよ。

持ってきてくれてありがとう」


と私はすかさず言った。


「え?でも、頭痛いんだろ?無理することないじゃん。俺がやるよ」


「うん。でも申し訳ないし。本当に大丈夫だよ。頭痛いって言っても

それほどじゃないから」


「‥‥‥そうなんだ」


お兄ちゃんが寂しげに下を向いた。

けれど、すぐにまたぱっと顔を上げる。


「それじゃ眠る時はそばにいるからね。1人で横になってたら心細いだろ?」


「ううん。今日は1人で寝たい気分かな。だからそれも大丈夫」


私の言葉に、お兄ちゃんがあからさまにガーンとショックそうな顔をする。

嫌われちゃったかな、と少し不安になった。

けれど、それでもこれでいいんだと自分に言い聞かせた。

私が今受け取っているこの優しさは、

たくさんの奇跡の上で成り立っていることを私は知っている。

私が少しでも行動を間違えたら、

お兄ちゃんの優しさは簡単に無くなってしまうことも私はわかっているのだ。

どうせいつかなくなるなら、なるべく傷つかない形で失う方が良い。

今だったらまだ、私は立ち直れる。


「お兄ちゃん。今日は本当にありがとね。

私の看病ですごく疲れたと思うし、お兄ちゃんもゆっくり休んでね」


私は笑顔を作って手を振ろうとする。

その時だった。


「ま、待って!俺、もっとちゃんとするから。

だからもう1回チャンスをちょうだい」


とお兄ちゃんが余裕のない表情で言った。

言っている意味がよくわからず、私は首を傾げる。


「ん?どういうこと?」


「頭痛で困ってるのに、俺が何もしてあげられなかったから、

花火はガッカリしてるんだよね。

でも大丈夫。ちゃんと花火の頭痛を取り除いてみせるから。

だから、もう1回看病させて」


お兄ちゃんが両手で私の手を握る。


「い、いや。そういうことじゃないんだけど‥‥‥」


と言って、お兄ちゃんの両手から自分の手を抜こうとした。

けれどいくら力を込めても、お兄ちゃんは私の手を離そうとしなかった。


「じゃあなんで?なんで俺から離れようとするの?

花火、また俺に何か隠し事してる?

お願いだから、まだ俺のことを見限らないで。

俺には‥‥‥、俺には、花火しかいないんだよ」


必死にそんなことを言うので、呆気に取られてしまった。

お兄ちゃんがこんなに取り乱しているところを初めて見た。

そういえば、私からお兄ちゃんを拒絶したことって今まで一度もなかったかもしれない。

一緒にいるのが楽しくて、いつもお兄ちゃんにはべたべたしていたから。


「か、隠し事なんてしてないよ。いいから手離して。お願い」


こんな熱烈に求められて、頭がどうにかなりそうだった私は、

そうなる前にお兄ちゃんから離れようとした。

けれど、私の意志とは反対に、

お兄ちゃんは私をぎゅっと抱きしめた。


「嫌だ!花火、俺のこと嫌いなっちゃったの?

悪いところがあるなら直すから言って!」


喚くようにお兄ちゃんが言う。

あ、まずい、と思った。

これ以上は本当に、私の理性がなくなってしまう。

間違って自分からキスとかしてしまいそうだ。

私は最後に残ったなけなしの理性を頑張ってかき集め、


「わ、わかった!わかったから!もうお兄ちゃんから離れたりしないから、

1回私に触れるのやめて!」


と言った。

離れたりしない、という言葉にお兄ちゃんがぴくっと反応する。

そして、ゆっくり私から腕を解いた。


「‥‥‥本当か?」


と聞いてくる。


「うん‥‥‥。本当‥‥‥」


くらくらした頭で、何とか答えた。


「私、こんなに長くお兄ちゃんと一緒にいたのに、

お兄ちゃんのことちゃんとわかってなかったみたい。

今、やっとわかった気がする。

いきなり遠ざけようとしてごめんね」


と言うと、


「う、うん‥‥‥。大丈夫。でも、どうして遠ざけようと思ったの?」


とお兄ちゃんが聞いてきた。


「お兄ちゃんが私を避けるようになったらどうしようって急に怖くなったの。

それならいっそ、私からお兄ちゃんを遠ざけた方がいいかなって思って」


「避けるわけないだろ。そんなこと心配しなくていいよ」


お兄ちゃんが悲しげに眉を下げて言った。


「う、うん。そうだよね。疑っちゃってごめん。

お兄ちゃんはさ‥‥‥、その‥‥‥」


私はもごもごと口ごもる。

こんなこと言葉にしていいんだろうか、と少し迷いながら、

それでも確かめたくて私は言った。


「お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに、私の事好きでいてくれてるんだよね?」


すると、お兄ちゃんが


「当たり前だろ」


と即答する。

強く断定してくれたことに、私は胸がぎゅっとなった。


「これから、私がどんな風に変わっちゃっても好きでいてくれる?」


「うん。というか、好きじゃなくなるのは無理だと思うよ。

どんなに嫌なことされても、俺は一生花火が好きだと思う」


一生という言葉を聞いて、私は遠くのものを見るようにお兄ちゃんを見上げた。


「一生?」


「うん」


「そんなこと、軽々しく言っちゃって大丈夫?」


「うん。大丈夫。だから安心していいよ」


と言って、お兄ちゃんが私の頭を優しく撫でた。

目を閉じてその手の感触をじっくり味わう。


「‥‥‥うん。わかった。信じてみるね」


と私は言った。



6

早朝、起きてすぐに体温計で自分の体温を測った。

ピピピと、体温計が鳴る。

脇に挟んでいた体温計を外して、表示された数字を確認した。

37.8℃。

昨日あの後、薬を飲んでちゃんと眠ったのに

風邪はまだ治ってないみたいだった。


「まだ、油断はできないな」


と隣にいたお兄ちゃんが言う。

私がそれにうなづくと、


「今日は病院に行こう」


とお兄ちゃんが提案してきた。


「え?ただの風邪だし、そこまでしなくても大丈夫じゃない?」


「うん。でも念のため。花火に何かあったら、嫌だし」


「う、うん。わかった」


私がうなづくと


「よし、それじゃ、病院に行く前に朝ご飯だけ食べちゃおっか」


とお兄ちゃんが言った。


「リビングで食べるのと、ベッドで食べるのどっちがいい?」


「リビングで食べられると思う」


と言って私はベッドから立ち上がる。


「そっか。それじゃ、リビングに行こう」


お兄ちゃんは私の返答に優しげに微笑んだ。

背を向けてお兄ちゃんが歩き出す。

私はお兄ちゃんの背中に静かに付いていった。

部屋を出たところで


「ねえ、お兄ちゃん」


と私は言った。


「ん?何?」


お兄ちゃんが優しい声で応じてくる。


「私の事、今日も好き?」


「うん。好きだよ」


と答えが返ってくる。

向けられた笑顔が、私には朝日より眩しく感じられた。


「‥‥‥」


何も言わずにじっとお兄ちゃんの笑顔を見つめていると、


「な、なんだ?俺、何か間違ったこと言ったか?」


と不安そうに聞いてきた。

その顔を見ていると、愛しい気持ちが込み上げてきて、

私は意味もなくお兄ちゃんをぽこっと軽く叩いていた。

急に叩かれたお兄ちゃんは


「え?」


と困惑している。

そのまま、ぽこぽこぽこと力を入れずに何度もお兄ちゃんを叩いた。


「え、え、何?どうしたの?」


「あはは」


と私は笑った。


「私、お兄ちゃんが困っているところ見るのが好きみたい」


と言うと、


「なんだその趣味」


とお兄ちゃんが苦笑した。


「嫌いになった?」


私はお兄ちゃんの顔を覗き込む。


「いや、こんなことで嫌いにならないよ」


とお兄ちゃんは言った。

えへへ、と変な笑みがこぼれてしまう。

私はお兄ちゃんの腕に抱きついて、またリビングへと歩き出した。


「私も、お兄ちゃんが好きだよ」


と言う。

お兄ちゃんがわかりやすく嬉しそうな顔をする。


「念のため聞くけどさ、お兄ちゃんの言う好きは、兄妹として好きってことだよね?」


お兄ちゃんは首を傾げて


「そうだけど。何で?それ以外にないだろ?」


と当然のことのように言った。

うん。知ってた。と私は心の中だけで呟いた。

昨日の話の感じからなんとなく察していたけど、

お兄ちゃんの好きと私の好きは種類が違うのだ。

多分、お兄ちゃんはまだ私を異性として見てくれてはいないんだろう。

それでも、お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに、とても強い気持ちで

私を好きでいてくれている。

それに、これから先もずっと好きだって約束してくれた。

だから、私は心置きなくお兄ちゃんに恋をしていられる。

今はそれだけで十分だった。



7


「おにーちゃん。朝ご飯作るの、私も手伝うよ」


「だめだ。風邪引いてるんだから、テーブルに座って待ってなさい」


「別にそんな気にすることないよ。私全然元気だけど」


「油断してると、またぶり返しちゃうかもしれないだろ。

大丈夫だから、座って待ってて」


「うーん。わかった」


そんな会話を交わしながら、お兄ちゃんはキッチンに向かい、

私はテーブルに座った。

ガスコンロがチチチと鳴ってから点火する。

どうやらお兄ちゃんは今日もおかゆを作るみたいだ。

水を沸かす音や、包丁でネギを刻む音が聞こえてくる。

私はその音に耳を澄ませながら、平和な朝を心から噛みしめたのだった。

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