198話 バレンタイン-サユ
その問題のサユはというと、ライト寄りの端で固まっていた。
グラブを持つ手にも、隠すようにチョコを持つ手にも、余計な力が入っている。
指先にまで緊張が見えた。
先日は接触プレーで怯み、ピッチャー返しに悲鳴を上げ、打撃テストで数字を突きつけられた。
それでも彼女は「這い上がる」と言った。
野球では言える。
強がれる。
けれど恋の場面になると、その強さがうまく前へ出てこない。
当然、周囲は面白がる。
野次馬半分、応援半分といった者が多い。
ノゾミは走塁練のついでみたいな顔でサユの前を横切り、にやにやしながら叫ぶ。
「今なら渡せるよ、サユちゃん!」
軽い調子だった。
そのひと言でサユの肩がびくりと揺れる。
さらに、マキが横から囁く。
「角度が完璧ですぅ。今の立ち位置、最高ですよぉ」
「いざ勝負でござる」
セツナまで便乗する。
背中の押し方が雑だ。
続くユイは少し柔らかく言った。
「無理しなくてもいいですわよ」
その優しさが、逆にサユには刺さった。
逃げ道を示されると、かえって逃げたくない気持ちが刺激される。
なにより、自分で自分に負けたみたいになるのが嫌だった。
「無理なんかしてないし。私はただ……タイミングを見てるだけ!」
ぴしゃりと言い返す。
ツンとした声の奥で、照れがばれている。
頬が熱くなるのを誤魔化そうとして、余計に語気が強くなる。




