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191話 バレンタインの日
数日後。
野球部オフシーズン中の、定期練習日。
今日は、空気にいつもと違う緊張が混ざっている。
そう、バレンタインだ。
男子部員は龍之介ひとり。
イベントの日は、その事実がやけに重い。
野球グラウンドには、冬の乾いた匂いが漂っていた。
吐く息が白くほどけるたび、誰かの視線まで一緒に揺れている気がする。
普段なら「寒っ」と笑って終わるのに、今日は笑いが半拍遅れる。
龍之介は誤魔化すみたいに、声を張った。
「……よし。準備運動が終わったら、次はキャッチボールだ。サユもどんどん慣れてくれよ」
輪になった部員たちの肩が、いっせいに小さく跳ねた。
その跳ね方は、「はいはい分かってます」という軽さじゃない。
まるで今の言葉の裏に別の意味が隠れていないか探すような、微細な反応。
サユは腕を回しながら、わざとらしいほど堂々と顎を上げる。
いつもより強い仕草。
本人も分かっているのか、分かっていないのか。
「あたしに任せなさい。すぐに上達して見せるわ」
返事は強気。
けれど語尾だけ、ほんの少しだけ柔らかい。
龍之介は視線を外し、次の号令に移ろうとして――




