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社会的成功者は、個人としてさほど幸福ではないかもしれない

最近放送された、北大路魯山人の人生録のようなドラマを観た。


そして、そのしばらく前にはトム・クルーズの、かなり踏み込んだドキュメンタリーも。


そして思ったのは、「どれだけ成功してても、こんな人生はどうなんだろう…」ということで、まだどこかに残っていた、成功者への嫉妬がぐっと押さえられて楽になった。


人生の成功の早い段階で、上記の二人とも「こう変わった方が良いですよ」という周りからのささやきかけは、何度もあったようである。


しかし、その信念か傲慢さからか、そこさえ変化してりゃあ孤独でもなく幸せに生きられたろうに、という部分で、決定的に不幸を選んでいるようにしか見えなかった。


だからあれほど成功できたのだ、ということでもない気がするが、ブッダも自身の思いの追求のために家族を置いて出ていったらしいから、やはり孤独でこそ突き詰められるものもあるのだろうか…

いや、トム・クルーズは別に、孤独な立場から何かを追求しているわけじゃないみたいだけどw


また、孔子だったか他の古典だったか忘れたが、「君子は、人の成功を自分に引き比べることができる」(ゆえに、人の成功をねたむことがなく、自由な心持ちで己の道を邁進できる──もしくは、人の成功と己の成功が同義なため、惜しみなく他者の力になれ、やがてそれが自分の成功として返ってくる──)というような言葉があったが、めちゃくちゃ僕の勝手な解釈かもしれないが、そもそも「こういう成功」を誰かがやってくれていたら、それに嫉妬する人は多いかもしれないが、それは本来まったく逆で、「あっ、そういう成功のケースはもうあるのね。じゃあ私は、違う道を行っていいのね」という、自由の起点になるのが、人としての他者の成功なのだと思う。


繰り返してしまうが、動物的にいつまでも誰かと競争しても、苦しみの分量のわりには、人としての成長はほとんどないのだ。


いや、ごめんなさい。

ただそれだけの話。


魯山人、そしてトム・クルーズの人生を大まかに知って、脚光を浴びた部分だけを見つめてきたのがいかに愚かだったか、改めて思い知らされたのである。


ほんと、人の人生は良いところだけ見えて、近づけば近づくほど、「えっ、こんな人生なら、あれもこれも、果たして成功と言えるのか?」という疑問が出てくることがある。


けっして無理は必要なく、人をむやみに傷つける余波も生まず、自分が、己の人生でできる「そのとき良い」と思えることを、変化できる柔軟さをもって積み重ねていく──それでほんとに、幸せになっていけることを、確信する毎日であります。


『継続する情熱こそ天才』


積み重ねた先には、誰でも、何らかの形で「天才」の発現が待っている。


漫画家しげの秀一先生の言葉は、至言の一つだと思うw








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