クッキーと人族の少女
「おい、ザラク」
「はっ、如何なさいましたか魔王様」
魔王様の呼び掛けに応じるのは側近である私、ザラク・エルダルドだ。
「クッキーという食べ物を知っているか?」
「クッキー、ですか?ふむ、残念ながら私は存じ上げません。何なのです?クッキーとは」
「今日、シティーダで出会った少女に貰ったのだが、あんなに美味い物を食ったのは初めてだった」
ほう、魔族一の美食家である魔王様を満足させる食べ物があったとは驚きだ。
「シティーダですか……また人族の街へお出かけになったのですね?お出かけの際には私めに一言仰ってくださいとあれ程申し上げておりますのに」
魔王様の食事に関する探究心は底知れず、度々人族の街へ出かけては美味い料理を探し回っていらっしゃる。
人族との関係は良好とはいえない為、護衛を付けたいところであるが、魔王様はいつの間にかお一人でお出かけになってしまわれるのだ。
まぁ、護衛を付けようが付けまいが魔王様をどうにかできるものなどこの世に存在しないのだが。
人族より何百倍も多い魔力量を保有する魔族の中でも魔王様は特別なお方だ。
その魔力量は実のところ、魔王様ご自身でも計り知れないほど莫大なものである。
その膨大な魔力を支配できるのは漆黒の髪を持つ魔王様ただお一人だ。
魔族の髪色が暗くなるのは、魔力量の多さと闇属性の魔力が含まれるからである。
魔族に生まれるものは必ず闇属性の魔力を持ち、そこへ火、風、水、土など個々で違った特性の魔力が加わり髪色が変化する。
私の場合、闇と水でダークブルーだ。
魔王様の漆黒は、闇属性と様々な特性の魔力が混ざり合っている上、膨大な魔力の多さによって作り出された色である。
私は魔王様の家系以外で漆黒の髪色に出会ったことはない。
「そうか、あれはあの少女の手作りだと言っていたな……。ザラク、明日少女の元へ行ってきてはくれないか?俺はもっとクッキーが食べたいのだ」
「……魔王様、なぜご自身で行かれないのです?」
「それは……なんとなく……だ」
食に貪欲な魔王様がこんなに消極的なのは珍しい。普段なら美味いと評判がある店には直ぐにでも飛んで向かわれるのに……。
「もしや、その娘となにかございましたか?髪色を見られたとか?」
「……まぁ、そんなところだ」
「なるほど、それでは娘は貴方様を恐れてクッキーどころではないでしょうね」
「それは違う」
「違うのですか?」
「……少女は俺の髪を、その……」
「なんです?」
「き、綺麗だと言ったんだ」
「はい?」
魔王様は今なんと仰った?
まさか魔王様の漆黒の髪を見て綺麗だと口にする人族がいたと?
「……その少女は魔族だったのですか?」
「いや、人族の……それも魔力不保持者の娘だった」
そんなまさか。
「ま、魔王様の聞き違いでは……」
「ない。俺も聞き返したが少女はしっかりと口にしたんだ……すごく綺麗だと」
「そ、うですか……それで初めての事で気まずいのですね?……わかりました。私もその娘に興味が湧いたので明日、娘の元へ行って参ります」
「おぉ!そうか!ではクッキーの件頼んだぞ」
「御意」
魔王様を恐れない娘……一体どんな娘なのだ?
恐らく恐怖故のその場凌ぎだったのだろうが……。
魔王様のお母上の事を思うと、そうとは言い切れまい。
人族を愛した先代魔王様と魔族を愛した人族のお母上様、そのお二人の間にお生まれになったのが私がお仕えする現魔王
ルイベルト・キルアエル様であられる。
人族の血が混ざっているとはいえ、先代魔王様の血が色濃く出ているルイベルト様は誰が見ても純粋な魔族にしか見えまい。
そんな魔王様を恐れる事なく接する人族がいるのだとしたら、もしかするとお母上様が先代魔王様のお心を癒されたのと同じように、ルイベルト様の冷えた心を溶かしてくれるかもしれない。
私はそんな期待を胸に抱かずにはいられなかった。