八十八話 奇跡を
「はぁ……はぁ……」
偽四季との激闘があり、僕は疲労困憊になっていた。
睦月と冬将がリタイアしたため、今戦っているのは僕と四季の二人になる。
秋陽刀は皐月を守っている。姉は加勢しようとしてくれたけど、葉月さんの守りに集中してもらいたい。葉月さんを失うわけにはいかない。
睦月以外の十二月は、悪いけど戦力外だ。それほどまでに偽四季は強い。
人数ではこちらが有利なのに、僕や四季はボロボロで、偽四季は余裕がある。傷付いていても倒れるほどじゃない。
至近距離での殴り合いが続いていたけど、一旦離れて睨み合っている。
「最強を名乗るくせに、たいしたことない」
四季が挑発した。押されているのは僕たちなのに、よく言えると感心する。
あるいは、怒らせて隙を突きたいとかなのかもしれない。
「俺に押され気味の奴に言われても、負け犬の遠吠えにしか聞こえないな。同じ四季でも、俺は強い。お前は弱い」
「弱い犬ほどよく吠える」
「よく吠えているのはどっちだ」
二人の舌戦を聞きつつ、僕は体力の回復に努める。
あちこちが痛む。春に覚醒しても痛覚は残っているし、痛みに慣れているわけでもない。痛いのは嫌だな。
「速峰春真は、夏帆と交代した方がいい。これ以上は危険」
「それはできないね。こいつは僕が倒したい」
四季は僕を心配してくれたけど、気持ちだけ受け取っておく。戦いから退くつもりはない。
如月や四季の名を騙るこいつが許せない。
仲間の中で、霜月と長月が殺されているし、それも許せない。こいつにとどめを刺さなかった責任を取りたい。
僕は僕の望みを叶えるために、退く気はなかった。
「速峰春真が殺されれば、こいつがさらに強化しかねない」
「困るね。死なないように注意するよ」
もしかして、命に代えてでもって考えたことを見透かされたかな。
僕の命を奪い、偽四季が強化する。いかにもありそうだ。
今でさえ押されているのに、より強化されれば本気で勝ち目がなくなる。
そして、強化となると、偽四季に勝つ方法がある。実に簡単な方法がね。
四季がみんなを殺せばいいんだ。五人殺しているし、睦月たちも殺せば、四季は本物の四季に近付き強くなる。
四季も気付いているはずだ。気付いていて、その方法を選ばない。
偽物との大きな違いはそこにある。平気で他人を犠牲にする偽四季と、犠牲にしたくないのに犠牲にしなくちゃいけなかった四季。
優しい方が弱いのは、嫌になるほど理不尽だ。
こいつさえ倒してしまえば、四季が本物の四季になる必要もない。
僕が姉の記憶を失っていた頃、四季はお姉ちゃんを名乗り、守ってくれた。
お姉ちゃんは、弟を守ると言ってくれて、嬉しかった。
今度は僕の番だ。
「僕は速峰春真。速峰夏帆と速峰四季の弟だ」
「急に何を?」
「弟は、お姉ちゃんを守る」
偽四季を許したくないという気持ちで戦うよりも。
仲間たちを死なせてしまった悔恨の念で戦うよりも。
大切な人たちを守りたい気持ちで戦う方がいい。
自分の欲望に忠実で、偽四季を憎み、殺したがる方が強くなれる。理解はしているけど、僕にはできないんだ。
甘ったれた性格は、最後まで変わらなかった。変えられなかった。
偽四季を憎んではいても、全兎を望む気持ちを捨てられない。
どこまでも中途半端な僕は、偽四季のように最強にはなれない。
僕は、全兎を望む。
散々失ってきたけど。
最期なら、せめて。
「奇跡の一つや二つ、起こしてやる!」
甘ったれた僕のままで、速峰春真のままで勝つんだ。
休憩は終わりだ。両足に力を込め、偽四季に突進する。
春の身体能力があっても、まともにぶつかれば、悠々と対処されるのは目に見えている。
知ったことか!
真正面から殴りつける。当たるわけのない攻撃だ。
カウンターを合わせられてしまい、偽四季のパンチが僕の鼻に直撃する。
拳が顔面にめり込んで、メキメキって嫌な音が聞こえた。鼻が折れたか歯が折れたかだろう。
不思議と痛みを感じない。頭がおかしくなったのかな。脳内物質が分泌されていて、何も感じなくなっているとも考えられる。
痛くないなら好都合だ。どんどん攻撃する。
四季も加勢してくれて、再び激闘だ。三人がもみくちゃになりつつ、不格好な殴り合いを繰り広げる。
僕の目の前は真っ赤に染まっている。目に血が入ったんだ。
視界が悪いけど、偽四季の顔は見えているし問題ない。
むしろ、偽四季以外は目に入らなくなり、体も軽くなる。なかなか当たらなかったパンチが、ようやく偽四季を捉えた。
さっきはメキメキだったと思えば、今度はブチブチって音が聞こえる。
偽四季じゃなくて、僕の腕から発せられる音だ。
いや、腕だけじゃない。足も体も、全身から壊れる音が鳴る。
「速峰春真! 止まって!」
四季は、おそらく大声で叫んだんだろう。
僕の耳には、碌に届かない。何十メートルも離れた位置から話しているような小声としか感じない。
「春ちゃん! ダメ!」
こっちは姉の声かな。
二人の姉に心配をかけてしまい申し訳ないけど、意識から外す。
「リーダー命令よ! 止まりなさい速峰!」
「春真!」
多分、葉月さんと冬将の声だ。
でも、ごめんね。聞けないよ。
僕は戦うんだ。みんなを守るんだ。全兎を手に入れるんだ。
親友を失い、恋人を失い、クラスメイトを失い、仲間を失い。
多くのものを失ってきたから、ここにいるみんなは失いたくない。
「舐めるな! 俺は最強だ!」
「知るか! 最強でも、僕の望む全兎は奪わせない!」
拳をふるうたびに、僕の肉体は壊れてゆく。
壊れ切る前に、倒せばいいだけだ。単純明快だね。
決着まで、長い時間は必要ない。一分とかからずに終わる。
お願いだから壊れないでよ。




