八話 十二月(じゅうにつき)
一昨日は、四季の服やらなんやらを買うために学校を休んだ。
今日は、買い物はないけど休ませてもらう。
四季から教えてもらわなきゃいけないことがごまんとあるからだ。
なのに、四季がさ。
「ねえ、お願いだから起きてよ。いつまで寝てるの?」
「あと一時間」
朝、僕は目が覚めたのに、同じベッドで寝ている四季は起きようとしない。
僕の声に反応してくれるし、意識はある。
でも、目を開けないんだ。ベッドから起き上がる様子もない。
昨夜は凄かったのになあ。
感謝はしているけど、四季の本性はこっちだ。自堕落なサボり魔。
「一時間は長いよ。一分ね」
「五十分」
「ダメ」
「四十九分九十九秒」
「五十分より延びてるよ!」
「昨晩は激しかった。速峰春真のために頑張った。私は小さいし体力もない。疲れてヘトヘト」
「間違ってないけど、何かが違う」
紺屋さんに伝えれば、「ふしだらです」とか「はしたないです」とか言われる。
表現が怪しい。わざとやっているとしか思えない怪しさだ。
「まあいいか。学校は休むし、二度寝しよう」
「二度寝は神」
「同意するけど、四季は今日もサボり?」
「自主休校」
「要はサボりでしょ。今日は一緒に休むとして、明日からは学校に行こうよ」
「前向きに検討しておく」
信用できない言い方だけど、僕は四季と一緒に二度寝する。
二度寝って、どうしてこんなに気持ちいいんだろうね。
ぐっすりと眠り、起きた時には昼になっていた。
昨夜は何時に寝たか記憶にないけど、十二時間以上は寝たと思う。寝過ぎて少し頭が痛いほどだ。
自堕落な生活の代償とも言える。
今度は四季も起きてくれて、二人で昼食を食べる。いつも通り、冷凍食品とインスタント食品だ。
紺屋さんのハンバーグには及ばないけど、こっちはこっちでおいしい。
お腹も膨れたし、四季から色々と教えてもらいたい。
僕の部屋で話し合いだ。
事情を聞き出そうとしたけど、四季の答えはそっけない。
「話しても無駄」
「無駄ってどういう意味?」
「速峰春真じゃ理解できない」
そんなことはない。とは言えなかった。
四季の言葉は、僕が理解できないものが結構ある。シュンカシュウトウとかキュウキュウシャとかだ。
昨夜の怪物はなんだったのか、なぜ四季が戦えたのか、そういった事情を聞いても僕は理解できないかもしれない。
「すぐには理解できなくても、頑張るからさ。少しでも教えてもらえない?」
「どうして知りたがる?」
「どうしてって、あんなことがあれば気になるでしょ。殺されかけたわけだし、今後も怪物に遭遇するかもしれない。僕一人の問題でもなくて、如月や紺屋さんだって危ないよね。知っていれば対処できる可能性がある」
知っているのと知らないのとでは大違いだ。
昨夜の僕は、怪物に脅えて何もできなかった。逃げることも戦うこともだ。
如月や紺屋さんも同じになりそうな気がする。あんな怪物と遭遇して、冷静に立ち回れる人は少ない。
パニック映画なんかだと、主人公やヒロインは果敢に行動する。冷静で思慮深い判断を下し、人々を助けたり化け物に立ち向かったりと。
一方で、やられ役のサブキャラたちは右往左往するだけだ。何もできずに殺されるならマシで、愚かで身勝手な行動を取るパターンも多い。よくある展開だと、水や食糧などの物資の独占や、他人を見捨てて化け物の生贄にするとかだ。自分だけでも助かろうとした結果、自分が殺される羽目になる。
ああいうのを見ていると、こいつらはバカだなって思うし、主人公たちのように行動しないのが不思議だった。
無理だね。自分で体験してみてよく分かった。
主人公たちのように行動できるのは、主人公たちのような人だ。つまり、極限の状況下でも勇敢で優しくあれる人。
僕にその資格はない。如月や紺屋さんだっておそらく無理だ。
だから、せめて心構えだけはしておきたい。いきなりじゃなくて心構えができていれば、生き残れる確率が少し上がる。
僕は四季にこういった説明をした。
「もちろん、四季も心配だよ。昨夜の戦いを見て、強いのはよく分かった。でも、絶対に勝てる確証はないよね。大怪我をすれば命も危ない。どうして四季が戦っているのか、戦わずに済まないか、一緒に考えたいんだ」
「戦わない選択肢はない。私には目的がある」
「目的を聞いてもいい? 僕じゃ理解できない?」
「理解できない」
四季の返答はにべもない。もどかしいな。
それじゃあ、質問を変えよう。
「僕に理解できる内容だけでも教えて」
「理解はできても信じない」
「僕は四季を信じてるよ。命の恩人だし、四季と暮らすのは楽しいしね」
「でも、信じない」
「信じる」
四季の目を見つめ、真剣に訴えた。
四季は困った顔をしていたけど、ポツポツと話してくれる。
「ちょっとだけ教える。まず、昨夜の怪物は先兵。いわゆる雑魚」
「あれで雑魚なんだ。確かに、怖かったことは怖かったけど、とんでもなく強いわけじゃなかったよね」
「弱い。私でも勝てる。でも、十二月には今の私じゃ勝てない」
「ジュウニツキ? 十二月の言い間違い?」
「十二月は、怪物の親玉みたいなもの。十二人いるから十二月」
あの怪物を従える怪物が、十二人もいるのか。
そいつらは、四季でも勝てないと。おっかないね。
「十二月には、それぞれ名前がある。睦月、如月、弥生、卯月……」
「ちょ、ちょっと待って。如月?」
「そう。速峰春真の友人の如月は、私の敵。十二月の一人」
そんなバカな。如月が、あの怪物を従える敵だって?
信じられない……
「ああ、そっか。だから、四季は僕が信じないって」
「信じる?」
「ごめん、すぐには信じられない。四季を信じるって言った癖に、ほんとごめん」
「しょうがない。如月は、自分が十二月である自覚がない。ただし、もうじき覚醒する。間違いない」
「なんで言い切れるの?」
僕の問いに対し、四季は自分の頭をトントンと指で突っついた。
「頭?」
「髪。如月の髪の色は何?」
「何って、黒だね。珍しい色だ」
僕は白髪で、紺屋さんも白髪だ。クラスメイトも町の人も、白髪が一番多い。
如月の黒は非常に珍しい。僕は、彼以外に黒髪の人物を知らない。
四季は色素の薄い茶髪だね。多いとは言えないけど、いなくはない。
「黒は、十二月の証」
「……じゃあ、如月も怪物になっちゃうの?」
「見た目は多分変化しない。性質が変化して怪物になる」
「変化したらどうなる?」
「どうなるかは不明。人それぞれ。でも、私の行動は決まっている。殺す」
四季は言い切った。如月を殺すって。
「家にきた時、殺そうかと思った。速峰春真の友人だから殺しにくかったけど、次は殺す。十二月に覚醒したばかりなら、私でも勝てる」
「は、話し合いで解決とかは? 四季の勘違いって可能性も……」
「十二月は全員殺す」
四季は譲らない。如月を殺すと決めている。
僕は、どうすればいいんだ?
四季の味方をして、如月を殺す手伝いをする? 四季を思いとどまらせる?
混乱していると、四季はますます混乱させる発言をする。
「紺屋宵も未覚醒の十二月」
「ええっ!?」
「こうやよい。弥生」
「こじつけじゃなくて?」
「私は、フルネームで呼ぶ。速峰春真とか」
「呼ぶね」
「如月は分かりやすい。そのまんま。紺屋宵は分かりにくい。紺屋や宵と呼べば分からない。だから、見逃さないためにフルネーム」
「で、でも……そうだ! 紺屋さんは白髪だよ?」
「如月に比べれば、覚醒するには時間がかかる。まだまだ大丈夫。覚醒しない可能性も十分にある」
紺屋さんは猶予があるし、すぐには殺さないってことだった。
「十二月は、必ず十二人。それ以上は増えない。私の知る限り、現状欠員は三名。如月、弥生、神無月。如月は覚醒するし、欠員は二名になる。紺屋宵が弥生になるかもしれないし、ならないかもしれない」
紺屋さん以外の誰かが弥生になれば、彼女は弥生にならない。四季が殺さなくても済むし、助かる。
だけど、如月は無理だ。手遅れ。いずれ百パーセント覚醒する。
四季はそう言っている。
「僕は、どうすれば……」
「速峰春真は何もしなくていい。私はお姉ちゃん。守る」
「僕だけが守ってもらっても仕方ないんだよ。四季も心配だし、如月や紺屋さんは友人だ。甘い考えかもしれないけど、みんな無事でいて欲しい。そりゃあ、変死事件みたいにどうしようもない事態はあるけど」
「変死事件の犯人は、十二月の一人。具体的に誰がやっているかは不明」
「……如月が覚醒したら、あんな事件を起こすって?」
「可能性はある」
頭が混乱してきた。
何もかもが「可能性」とか「不明」とか「かもしれない」とか、そんな感じで曖昧なのばっか。
四季の目的もはっきりしない。そもそも彼女の言い分がどこまで正しいのやら。
信じるって言い切った癖に、まるで信じていないのは酷いと思うけど。
「四季の目的は知らないけど、十二月って連中を倒すのは、目的を達成するための手段と考えていい?」
「いい」
「如月は十二月の一人で、確実に覚醒する。紺屋さんは候補みたいな感じで、覚醒するとは限らない」
「合ってる」
「僕はどうなの?」
「速峰春真は大丈夫。人間」
「……四季は?」
「十二月ではない。詳しくは言えないし、言っても速峰春真は理解できない」
僕に関しては大丈夫だって断定して、四季は言えないか。
怪物と真正面から殴り合ったところを見るに、普通とは言いがたい。
怪物同士のガチンコ勝負とか、僕が出る幕じゃない。大人しく守られておくのが賢い選択だ。
四季を手伝うとか、如月を助ける手段を見つけるとか、僕はそんなことを言い出す人間じゃない。
しょうがない。
僕の力が及ばないならしょうがないんだ。
僕は映画の主人公じゃない。勇敢で優しい人間じゃない。
やられ役のサブキャラですらなく、舞台に上がれない傍観者だ。
目を閉じ耳を塞ぎ、何も見ず何も聞かず、傍観に徹していればいい。
四季や如月が勝手に戦って、勝手にケリを着ける。
僕の出番はない。ないんだ。
「速峰春真は、お姉ちゃんが守る」
四季は最後にそう言って、話は終わったとばかりに僕の部屋を出て行った。
追いかけられないし、言葉もかけられない。
僕は……これからどうする?




