六十七話 早過ぎる覚醒
「ここは……町?」
合言葉を唱え、壁をすり抜けた先は、屋外になっていた。
青空と太陽が見える。コンクリートの地面に、立ち並ぶ家々。人通りはなく、自動車も走っていないし静かだ。
新人類の住む町、時忘れ町だと思う。
ドーム周辺の様子とは全然違うし、今日は雨も降っていた。ドーム内部をグルグル走り回った挙句、外に出てしまったと考えるよりは、町に入ったと考える方が筋は通る。
疑問があるとすれば、静か過ぎることだ。
戦闘の真っ最中って割には、家は壊れていないし、人が死んでいたりもしない。
「ああ、そっか、完全に町に入ったわけじゃなくて、まだ結界内部なんだ」
町と外を隔てている結界の中にいるので、一見すると平和になっている。
「ここが新人類の町なんだ。無事に入れたんだね。一時はどうなるかと思ったよ」
「あの声のおかげだね」
僕たちを導いてくれた謎の声のおかげで、こうして町に入れた。
結局誰なのかは分からないけど。
「夏帆、降ろして」
「大丈夫? 動ける?」
「なんとかね、運んでもらえて助かったよ」
姉に抱えられていた霜月が、自分の足で地面に立つ。
片腕を失っていて、血も多く流しているのに、足取りは意外なほどしっかりしていた。さすが十二月だ。
「速峰君、この先はどこに行けばいいか分かるかな?」
「ここは、おそらく結界の中です。町と外を隔てる結界ですね。先に進めば結界を抜け、町に入れるはずです」
「新人類の町……戦闘の真っただ中にか」
「はい。霜月さんやお姉ちゃんの怪我もありますし、なるべく戦わずに逃げたいですよね。町に入れば、霜月さんは十二月同士で居場所が分かりませんか? そっちに向かうのがいいかと思います」
一刻も早く合流したい。みんなが無事でいるか心配だし、長月に怪我の治療をしてもらいたい。
「じゃあ、行こうか。僕の腕を治してもらわないと、いずれ気を失いそうだ」
『待って待って。あと一分待って』
僕たちを止めたのは、例の声だった。
ここまで導いてくれておしまいかと思ったのに、まだ何かあるのかな。
三人で顔を見合わせる。
「待つ?」
「待ってみる?」
「待ってみようか」
僕、姉、霜月の順で声を出した。大体同じ意見だ。
一時間待てって言われたら断るけど、一分なら待ってもいい。恩もあるしね。
言われた通り一分待てば、僕たちが抜けてきた場所から二人の人物が現れた。
男性一人に女性一人だ。二人とも二十代前半くらいかな。
軍服を着ているし、パッと見だと敵に思えるけど、味方なんだろう。
なお、僕はどちらの顔も知らない。
「合流できてよかったよ」
女性が声をかけてきた。
謎の声にそっくりだ。この人が、僕たちを助けてくれた?
「はじめましてだね。わたしは神無月。覚醒したての神無月だよ」
「神無月!? あなたが!?」
「俺は卯月だ。よろしく」
「神無月に続いて卯月も? てことは……」
新しい神無月と卯月が覚醒しているのは、僕の知る神和と卯月ララが死んだ証でもある。
「神和……卯月……」
「悲しむのは仕方ないけど、立ち止まってる場合じゃないよ。歩きながら話そう」
神無月に言われて、五人で歩き出す。
歩くというか、小走りだね。なるべく急ぎたい。
小走りで進みつつ、神無月から事情を教えてもらう。
「わたしと卯月が覚醒したのって、本当に最近なんだよ。一日もたってないね。十時間くらい前かな。能力を使ったのも初めて。うまくいくか不安だったよ」
「僕が感じていた気配は、やはりあなたたち二人のものですね。十二月がいるはずないのに、気配を感じるから不思議でした」
霜月は、十二月同士なので気付いていたんだ。信用したのも十二月だからだ。
あの声は、神無月のテレパシーだった。自分の声を届けるのはもちろん、こちらの声を拾うこともできるんだろう。
謎の声の正体や、声が聞こえていた仕組みは理解した。
でも、理解できない部分もある。
「いくらなんでも、覚醒するのが早過ぎませんか?」
計算が合わない。
僕が町を出てから一週間ちょっと経過している。一週間前までは、卯月も神和も生きていた。僕も会っているし間違いない。
僕が攻撃されて意識を失い、直後に町に攻め込んだと仮定しても、すぐに殺されるほど弱くはないはずだ。十二月の二人があっさり殺されてしまうほどの戦力差があれば、今頃は新人類側の全滅で戦いが終わっている。
いつ殺されたのかって考えると、せいぜいで三、四日前だろう。もっと直近で、昨日や一昨日の可能性も高い。
ほんの数日で新しい十二月が覚醒する? しないと思うんだよなあ。
如月や紺屋さんの覚醒を知っているし、二人と比較して明らかに早い。皐月たちよりもさらに早い。
「早いの? わたしたちじゃよく分からないけど」
「僕が知る限りでは、相当早いです。町にいる十二月に聞けば、何か分かるかもしれません。ところで、話は変わりますけど、お二人は軍関係者ですか?」
「そうだよ。覚醒するまでは、新人類は敵だって思ってた。覚醒して、どっちの味方をするか悩んだけど」
「怪物になりました、なんて言えば身の破滅だ。新人類の味方をするしかない」
神無月の言葉を、卯月が補った。
消極的な理由だけど、味方になってくれるんだし文句はない。戦力は多い方がいいからね。
「わたしたちが、こうして町までついてきているのは、外にいれば捕まるからなんだよ。今までなら、捕まって記憶操作を行ったのち、町に入れるって流れになっていた。戦争中だと、即処刑になってもおかしくない。捕まえておく余裕はないし、怪物相手なら裁判もいらなくて処刑できる」
十二月に覚醒してしまった時点で、戦う以外の道は残されていない。戦わなければ殺されるなら、生きるために戦う。
外の人たちからすれば、怪物は大人しく死ねって考えるかな。抵抗して旧人類の平和を脅かすんじゃないって。
ただ、この覚醒ペースだと……
「十二月を殺しても意味がない?」
「どうして意味ないの?」
僕の呟きに反応したのは姉だ。
「さっきも言ったように、覚醒が相当早いんだよ。数日で、下手したら一日未満で覚醒しているペースになる。これはいつ終わる? 永遠に終わらないよ」
十二月を皆殺しにする。新人類も皆殺しにする。
敵はいなくなりました。めでたしめでたし。
にはならない。時間稼ぎにすらならず、数日で新しい十二月が覚醒するだけだ。
その人たちを殺しても次の十二月が。また次、次、次。
永遠に続く。まるで呪いのように。
「殺さずに捕まえておく手もなくはない。残酷な話になるけど、四肢を切断して牢屋に閉じ込めて、チューブとかで栄養を投与して生かしておく。自殺されると困るから、それもできないようにする」
「怖いね」
「だけど……僕の勝手な予想、いや予想にもなってない願望かもしれないけど、これでも新しい十二月は覚醒するんじゃないかなって」
覚醒ペースがどんどん早まっている。
如月たちよりも皐月たち、皐月たちよりも神無月や卯月。十二月が死に、新しい人が覚醒するたびに早まる。
「うまい言葉が思いつかないけど、防衛本能みたいなもの? まるで、新人類が滅びないために、覚醒ペースを早めているっていうか」
滅ぼされたくない。生きたい。
その思いが、個人単位じゃなくて、新人類全体を守る方向に進む。
覚醒ペースが早まるのは序の口だ。旧人類が対策を打ち出せば、新人類の防衛本能も高まる。死んでいなくても、十二月としての役目を果たせなくなった時に、新しい十二月が覚醒するとかさ。
自分で言っておいてなんだけど、突拍子もない意見だ。
「興味深いね。殺しても殺しても復活する。いずれは旧人類が全て新人類に覚醒する。新人類を殺せって叫んでいた政治家とかが新人類になれば、一体どうするんだろうね。戦争とかやってる場合じゃなくなってくれるかな」
突拍子もない意見なのに、霜月は支持してくれた。
僕と同じで、願望も含まれていると思う。今のままじゃ着地点の見えない戦いが延々と続くだけだし、どこかで手を打ちたい。
もしも、防衛本能があるとすれば、交渉次第ではうまくいくかも。
その交渉テーブルに着くのが難しいけど。
話しているうちに、僕たちは結界を抜けた。
綺麗な町並みから打って変わって、荒廃した世界が広がる。
空だけは変わらずに青いけど、町の様子は酷いものだ。何もかもが壊され、人の死体も転がっている。
町の住人らしき人も、外の兵士らしき人もだ。
「霜月さん、十二月の居場所は把握できますか?」
「うーん……分かるような、分からないような……ちょっと難しいかも」
「わたしは感じるよ」
「俺もだ」
霜月は難しいと答えたのに、神無月と卯月は分かると豪語した。
序列の問題なのか、あとから覚醒した人の方が強いのか。
いずれにせよ、分かるならそっちに行こう。
「どこですか?」
「あちこちに散らばってる。多分、戦ってるんだと思う。どこに行けば……」
「向こうが怪しいな。気配が一番弱い。何かに守られつつ隠れてるって雰囲気だ」
卯月が教えてくれた方に向かうことにした。
みんなと合流するまでもう少しだ。




