六十六話 謎の声
ドームに接近すれば兵士の数も増える。
僕じゃ詳しく分からないけど、強そうな兵器も設置されている。そして、ドッカンドッカンと集中砲火だ。耳がおかしくなりそうな轟音が響く。
姉や霜月がいくら強くても、食らえばひとたまりもない。
生きた心地がしないけど、できるのは駆け抜けることだけだ。
姉に抱きかかえられている僕は、自力で駆け抜けることもできない。ハラハラしつつ状況を見守る。
夏に覚醒している姉は、僕を抱えていてもなお、霜月より動きがいい。
相手からすれば、狙いを定めることもままならないみたいだ。
軽やかに避け、駆け抜け、兵士がいる中にわざと突っ込む。これなら、味方への被害を恐れて攻撃しにくくなる。
多分、ここにいる全員を殺そうと思えば、僕たち三人じゃ無理だ。
覚醒している秋を含め、十二月のメンバーを連れてきても足りない。
戦っているうちに援軍が押し寄せてきて、数の暴力で潰される。
今は、相手を殺すのが目的じゃない。まともに戦わず逃げればいい。
これならなんとかなりそうだと思える。
「何をしている! そいつらを止めんか!」
兵士の中でも年を取っている人が叫んでいた。
偉い人なんだろう。慌てつつも指示を出している。
だけど、止めろと言われて止められれば苦労しない。個々の実力じゃ、姉や霜月には遠く及ばない。
「撃て!」
埒が明かないと判断したのか、周囲の兵士を巻き込んでまで小型ミサイルを撃ち込んできた。
でも遅い。着弾前に、姉も霜月もその場を離れていた。
威力もたいしたことはなかった。こんな場所で、都市一つを消し飛ばすミサイルは使わないか。
追尾型でもなく、味方に損害を出しただけで終わってしまう。
むしろ、僕たちを手助けする形になった。混乱しているし、逃げやすい。
攻撃をくぐり抜けて黒い壁に近付く。
「春ちゃん! 合言葉は知ってる!?」
「ま、町から外に出る時と同じ? それなら知ってる」
「唱えて!」
姉に言われ、三人で合言葉を唱える。
明日に向かう。
時を忘れた町に入る時までこの合言葉なのは、似つかわしくない。
至極どうでもいい感想を持った。
僕の感想はさておき、三人で壁をすり抜け、中に入る。
入口からとかじゃなくて、こうやって入る仕組みなんだ。もしくは、正規の入口もあるのかもしれないけど。
ドームの中に入った途端、攻撃はやんだ。追いかけてくる様子もない。
姉は僕を下ろしてくれて一息つく。
「春ちゃんは、怪我はない?」
「僕は平気。お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは頑丈だよ。女の子が頑丈っていうのもあれだけどね」
姉は、「怪我はない」とは答えず、「頑丈だ」と答えた。
「ちょっと見せて」
もしやと思って確認すれば、背中に傷がある。見た感じ、結構深手だ。
僕を抱えていたから、前方からの攻撃は受けないようにしたんだ。
代わりに、姉の背中が……
「気にしないでいいよ。春ちゃんを守るのは、お姉ちゃんの役目だから」
「……ありがとう」
お礼を言ったけど、ごめんって謝りたかった。
力がなくてごめん。足を引っ張ってごめん。
中途半端な力のせいで、何もできなくてごめん。
謝罪して姉の傷が治るわけでもないし、喉元にこみ上げてきた言葉を呑み込む。
悔やんでいる暇があるなら先に進もう。
「霜月さんは……その怪我!?」
「大丈夫……とは言えないけど、死ぬほどじゃないよ」
霜月の右腕がなくなっていた。必死で止血しているようだけど、血は止まらずに流れ続ける。
「いやあ……避けられない攻撃があってね。右手で払ったらご覧の有様だよ。ドジ踏んだね」
僕は無傷なのに、姉と霜月は重傷だ。
僕が弱いから……いや、考えない。最初から分かっていたことだし、考えて強くなれるわけじゃないんだ。
先に進む。それしかできない。
「行きましょう。町には長月がいます。僕も右腕を失った時に治療してもらいました。霜月さんの腕も治せます」
「治るならありがたいね」
先に進むのはいいとして、どこに行けばいいんだろ?
ドームの中は人の気配がなく、無機質な通路が左右に続いている。当たり前だけど、案内板とかはない。
「霜月さんは、町にいる十二月の気配を感じたりしませんか? その感覚を頼りにして進めばいいかなって思ったんですけど」
「さすがに遠過ぎるよ。何も感じな……い? あれ?」
霜月は、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
僕もつられて周辺を見るけど、人もいないし変わった物もない。
「勘違い? 血を流し過ぎておかしくなった? いやでも……」
「何かあるんですか?」
霜月が挙動不審になっているせいで、こっちも不安になってくる。
ここは敵陣のど真ん中だ。どこからどんな攻撃を受けるか分からない。
「こっちに」
霜月が歩き出そうとした時、異変が起きた。
天井からガスが噴出されたんだ。
毒ガス? 催涙ガス? 催眠ガス?
種類は判別できないけど、こちらを害する物なのは間違いない。立ち止まっていたらやられる。
「春ちゃん!」
姉が僕を抱きかかえ、霜月と一緒に走り出そうとする。
僕はガスを吸い込まないよう息を止めて、両目も閉じる。
『そっちじゃないよ! 逆! 逆に進んで!』
そこで誰かの声が届いた。甲高い声音で女性っぽいけど、神和の例もあるし女性とは言い切れない。
どこから聞こえているんだろ? 天井にスピーカーでも設置されていて、声が流れている?
にしては、妙に近くから聞こえた。すぐ隣にいる感じだ。
声の主の正体は? 何が目的? 信用して大丈夫なの?
思考がグルグル回り、まとまらない。
「夏帆、行くよ! これは信じてもよさそうだ!」
「オッケー!」
僕よりも霜月の方が決断は早かった。進もうとしていた方角とは逆に走る。
『そこを左! 右手側に扉が見えるから、三つ目に入って!』
謎の声はどんどん指示を出してくれる。
罠にはめようとしていると考えられなくもない。霜月だって、罠の可能性は考慮しているはずだ。
だけど、この声を信じても大丈夫だと判断した。
理由までは、僕じゃ分からない。詳しい説明を聞いている余裕もないし、声の主じゃなくて霜月を信じる。
ドカッと何かを壊す音が聞こえた。霜月が扉を蹴破ったんだろう。
『真っ直ぐ走って! 途中で曲がらずに、ひたすら真っ直ぐ!』
目を閉じている僕は、周囲の様子が見えない。
でも、声は隣から聞こえ続ける。
ホラーみたいだ。誰かの守護霊とかが助けてくれている?
バカバカしいけど、怪物もいるしオバケがいてもおかしくないかなって。
というか、そろそろ息が苦しくなってきた。
強くなったおかげか、結構な時間息を止めていられるけど、限界が近い。
「春ちゃん、ガスはなくなったから息していいよ」
「ぶはっ」
ナイスタイミングで姉が教えてくれた。
姉の腕の中で、必死で酸素を取り込む。
ついでに周囲を見るけど、僕たち三人以外はいない。本当にホラーだ。
『ごめん! 次、右!』
謎の声が焦っていた。ひたすら真っ直ぐと言っていたのに、指示の内容も変わっているね。
姉と霜月は、言われた通り右に曲がる。
直後、僕たちが走っていた通路に銃弾がばらまかれた。あのまま走っていたらハチの巣だった。
『もっかい右! 二つ目の左扉を左!』
焦っているせいだと思うけど、日本語も少し変だ。
理解できないほどではないから問題ない。
謎の声よりも問題なのは、姉と霜月の怪我だ。
特に霜月は心配だ。走っている今も顔が苦痛に歪んでいる。
「早く……目的地に到着させて欲しいね……」
『ごめんね! 兵士を避けて遠回りしてもらってるの! あ、戻って! 右!』
霜月は小声でぼやいていたのに、相手はきっちりと拾っていた。
声を届けるだけじゃなくて、こっちの声も聞こえているみたいだ。
兵士の位置も把握しているけど、これは監視カメラとかでチェックすればできなくはない。
声はどうやっているの?
『み……左! ごめ、やっぱ真っ直ぐ! ああもう、数が多いし、しつこい!』
あなたは誰で、どうやって声を届けているのかとか、聞ける状況じゃないね。
後回しにしよう。
『もうすぐ扉が見えるから中に入って! 階段を上って! 下っちゃダメだよ!』
言われた通りに進み、階段を駆け上がる。
霜月が少し遅れ気味だ。僕を抱える姉よりも遅い。
「お姉ちゃん、僕は自分で走るから、霜月を抱えてあげて」
「そっちの方がよさそうだね。霜月」
「はぁ……夏帆に抱かれるとはね。僕より十歳以上年下の女の子に」
「抱かれるって表現はエッチっぽいからやめて」
軽口を叩き合いつつ、姉は霜月をお姫様抱っこする。シュールな光景だ。
僕は体力も十分に残っているし、先ほどのガスの影響もない。ここからは自力で走って行く。
姉と一緒に階段を上る。一段飛ばしで軽やかに。
身体能力が高まっているのが分かる。昔の僕が同じ真似をすれば、すぐにへばったに違いない。
『そこのドア!』
扉の先は、再び無機質な通路になっていた。
『真っ直ぐ!』
言われるまでもなく走っている。一本道だから、隠し扉でもない限りは真っ直ぐ走るしかない。
『まだ真っ直ぐね!』
途中に見える扉や、左右の通路には入るなって意味だろう。
似たような構造になっているせいで、指示してもらわないと確実に迷う。
兵士の一人でも捕まえて、尋問して道を聞き出すくらいしか方法はないね。謎の声の人がいてくれてよかった。
『もうちょっとだよ!』
もうちょっとの言葉を信じて、息を切らせつつ全力疾走だ。
さすがに疲れてきた。姉も汗だくになっている。
『左!』
言われて左の通路に入る。
そこは袋小路になっていた。
『合言葉!』
この人、合言葉の存在まで知っているの?
正体は気になるけど、合言葉を唱える。壁を通れるようになった。
そしてたどり着いた先は――




