六十四話 想いを伝えるために
僕と姉、霜月の三人は、町に戻るために隠れ家を出た。
隠れ家って言い方をしていたから、人の目につかない山奥を想像していたけど、町の中に堂々とあったのは驚いたね。
高層マンションの上階にあった一部屋が、僕たちのいた場所だ。同じマンションでいくつかの部屋を借りているそうだ。
僕はよほど不思議そうな顔をしていたのか、霜月が教えてくれる。
「田舎に隠れるよりも、都会の方がいいんだ。隣人の顔も知らないし、挨拶の一つもしないって人が多いからね。僕たち全員が同じ家で暮らしていれば、『家族には見えない奴らなのに何やってんだ』って思われるけど、ばらけてれば平気だよ」
「理屈は分かりますけど、マンションを借りるための審査とかありませんでしたっけ? 僕の記憶が間違ってます?」
「いや、正しいよ。皐月から協力者がいるって話を聞かなかった? その人たちが手続きをしてくれるんだ」
そっか、協力者がいるんだった。
外で覚醒した新人類が隠れるのは、簡単とは言えなくてもなんとかなるんだ。
「速峰君も今から外を歩くけど、堂々としてる方がいい。逃げ出した新人類が見つかる一番の理由は、ビクビク脅えて挙動不審になってるせいだ。見つかるんじゃないか、バレるんじゃないかって態度だと、不審に思った人に通報されちゃうよ」
「分かりました。注意します」
霜月の忠告を聞きながら、三人でエレベーターに乗り下に降りる。
マンションを出れば、僕の知る時忘れ町よりも発展した町並みが目に入った。
隙間がないほどびっしりと建物が並び、道路は多くの自動車が走っている。朝も早いのに人の姿もよく見かける。
空は暗かった。太陽が昇っていないんじゃなく、雲に覆われている。
町は常に晴れていたけど、外では毎日天候が変わるんだ。実際に目にすると不思議な感覚がある。
「春ちゃんは、外の景色が珍しい?」
「うん。全部を思い出してるわけじゃないから珍しい。僕が非常識な真似をしそうになったら止めてね。自分じゃ分からないから」
姉と霜月に頼んでおく。
僕は外の常識に疎い。自動車一つ取っても、町では仕事に使う人しか乗っていなかった。移動は徒歩か自転車だ。
外では、確か公共の交通機関とかあるんだっけ? バスや電車があったはずだ。
僕じゃあ乗り方も分からない。
雨が降らないから、傘や雨合羽もない。
少し考えただけでも、これだけ常識の違いがある。自覚はなくてもおかしな行動をしてしまい、怪しまれて通報されてしまいそうだ。
常識知らずの怪物が町をうろつくって考えると、とんでもなく危険だ。外の人たちが危険視するのもしょうがないね。
「こっちだよ」
霜月が先導してくれて、僕と姉は後ろについて歩く。
全力疾走すれば嫌でも目立つし、急ぎたい気持ちをぐっとこらえて早足程度にしておく。
「新人類の町までは、結構距離がある。歩いて行けなくはないけど電車を使う方がいいね」
「電車で行けるんですか? 今は戦っている最中ですし、立ち入り禁止になっていたりするんじゃ?」
「もちろん、間近までは行けないよ。封鎖されている区域の近くまで電車で移動して、あとは徒歩だね。物好きな野次馬が集まるから目立たずに済む」
封鎖区域の中には立ち入れないけど、近くに行って野次馬する人が多いらしい。
学校の勉強や会社の仕事で退屈な日常を送る中、ちょっと刺激的なスパイスを求めている。
新人類は怖くても、どうせ町からは出てこないし、兵士がやっつけてくれる。
そう考えて、ある種の観光名所っぽくなっているほどだとか。
写真を撮影して自慢したり、度胸試しでギリギリまで近寄ってみたりと。
新人類の姿を激写しようと狙っている人もいるとかいないとか。
呑気だとは思うけど、おかげで僕たちは助かる。まさか新人類だとは思われず、野次馬の仲間と思われるだけだ。
「春ちゃんは、髪の毛は見られちゃダメだよ。町に入れられる新人類は、普通の人間と区別するために白髪にされるの。何かの間違いで外の人間に紛れても、簡単に発見できるようにするためにね」
「僕の髪を見られたら、町から出てきた怪物だと思われる?」
「思われるよ。髪を染めているんじゃなくて、遺伝情報を書き換えているんだったかな。だから、特殊な染料を使わないと黒く染めることもできないし、新人類の証だね。みんな知ってるから、オシャレで髪の毛を染める人も白には絶対にしない。年老いて白くなった人も黒く染める」
白髪だとバレてしまえば、堂々としていても通報される。
姉と霜月は黒髪だからいいけど、僕はまずい。
「僕の中の常識だと、白髪が一般的なんだよねえ。黒髪は十二月の証で、つまり怪物の証だって認識だった」
「黒髪になるってよりは、戻るって言った方がいいね。仮にだけど、生まれつき白髪の人がいれば、十二月に覚醒しても白髪のままだよ」
「町には覚醒した冬がいるけど、彼は白髪だったね。生まれつきなのかな」
「春夏秋冬は、またちょっと違うみたいだよ」
ここまできても知らないことが多いなあ。
とにかく、僕の白髪は見られちゃいけない。帽子が脱げないよう注意しなきゃ。
話しつつ、三人で電車に乗る。外で暮らしていた頃に乗っているはずだけど、覚えていないから初めての体験だ。
乗り方も分からなくて、姉に教えてもらった。
これさ、皐月の制止を振り切って一人で町に戻ろうとしていたら、大変な事態になっていたよね。
兵士に殺される以前の問題だ。髪の毛のことも電車のこともよく知らないし、通報されて終わっていた。
「お姉ちゃん、一緒にきてくれてありがとう。僕一人じゃ電車にも乗れなかった」
電車の椅子に三人並んで座りつつ、僕は姉にお礼を言った。
社内には人がまばらだ。小声なら会話を聞かれる心配はない。
「春ちゃんを守るのはお姉ちゃんだからね」
「霜月さんもありがとうございます」
「気にしなくていいよ。僕は僕なりの目的があるから、町に行きたいんだ」
「目的ですか?」
「葉月に会いたいんだ。前任の霜月のことでちょっとね」
「前任の霜月? 葉月さんとは犬猿の仲だったって聞いてますけど、恨み言でも伝えるんですか?」
「犬猿の仲だったのかもしれないけど……別に言っちゃってもいいか。どうせ前任の霜月は死んでいるし、怒られもしないよね。あのさ」
霜月が教えてくれたのは、予想だにしない内容だった。
「前任の霜月は、葉月さんを好きだった?」
「らしいよ。僕たち十二月は、代替わりしても記憶までは受け継がれない。能力だけだね。なのに、僕は前任の霜月が葉月を好きだったと知っている。これって凄いと思わない? 一つの奇跡だよ。死してなお、好きだったという記憶を僕が受け継いでいる。記憶だけだから、僕自身が葉月を好きなわけじゃないけど、伝えたいんだ」
「ロマンチック……」
姉がうっとりした声を漏らした。
未練がましくて怖いと感じたのは、僕だけかな? 奇跡は奇跡でも、呪いっぽくもあるっていうかさ。
「速峰君は、怖いって思った?」
「えっと……実は少し。すみません」
「いいよいいよ。その感想も間違ってないからね。恋心は綺麗なだけじゃない。前任の霜月は、葉月に嫌われていたみたいだし、ストーカーじみているとも言える。どう思われたとしても、僕は想いを伝えたい。それだけだよ」
同じ霜月でも、知り合いではないはずだ。
見ず知らずの人のために、なぜここまでやるのか。
僕では分からない十二月の絆があるのかもしれないし、霜月個人の事情かもしれない。
踏み込んで聞くのはためらわれるので聞かないけど、心強い協力者なのは間違いないし助かる。
会話が途切れ、無言の時間が訪れる。
電車に揺られていると、透明な窓ガラスに水滴が付着したことに気付いた。電車の走りに合わせて横に流れている。
「雨が降ってきちゃったね」
「雨? へえ、これが雨なんだ」
「春ちゃんは、雨も忘れてるの?」
「町は常に晴れてるからね。ドームの中に町があるんだっけ? 作り物の太陽や青空があるだけで、雨は降らないんだよ」
こんな風に空から水が降るんだ。面白い。
僕は呑気に面白がっていたけど、霜月は苦い表情をしていた。
「運が悪いね。雨だと野次馬も減るし、僕たちの姿も見咎められやすい」
「前向きに考えるなら、僕の髪の毛を隠しやすくありません? 傘をさしていれば気付かれにくいですよね?」
「メリットもあるけど、デメリットの方が多いね。町に入る手段を考えれば、野次馬が多くいてくれる方がやりやすい」
僕は町に入る方法を考えていない。我ながらバカだと思うけど、考えなしで突っ走ってきちゃったんだ。
霜月はちゃんと考えている。頼りになるなあ。
「方法を聞いてもいいですか?」
「霜月の力で野次馬を操らせてもらう。殺しはしないけど、操った上で、立ち入り禁止区域の中に入らせようかなって。ちょっと入るくらいなら、射殺されることもない。捕まって厳重注意で済むはずだよ」
「日本は、その辺が甘い国だからねえ。犯罪者ですら、簡単に射殺できないよ」
姉が霜月の言葉を補足した。
犯罪者を射殺できないのは、果たしていいのか悪いのか。
僕じゃ判断できないし、一概に善悪を決められることでもないんだろう。
今回は、その甘さを利用させてもらうんだ。
怪物だと確証を得ているなら射殺も許されるけど、立ち入り禁止区域に入った一般人の場合は射殺できない。
殺さずに捕まえようとするし、揉めている隙を突かせてもらう。
雨だと野次馬の数自体が減ってしまう。僕たちに都合が悪いわけだ。
ゼロではないだろうし、なんとかなると考えるしかない。




