六十三話 死にゆく中で
外の軍と新人類の戦闘が、時忘れ町で行われている。
戦況は新人類側が明らかに劣勢だった。
戦力が違い過ぎる。しかも、外の人間は容赦しない。
怪物となっている住人を戦闘に投入したが、外が使う兵器を前に肉片へと変わってしまった。
怪物になっていない生きた人間は、わけが分からぬまま攻撃されて命を散らす。老若男女を問わず、命乞いの言葉も聞き入れられず、ただ死んでゆくのみだ。
平和だった町は戦禍の炎に包まれ、あちこちで悲鳴や絶叫が響く。
新人類側で戦力になり得るのは、わずかに九人だ。十二月の七人と冬将、そして四季。
九人で万単位の軍隊に挑むのだから、正気を疑ってしまう行動だ。
九人は確かに強い。体力もあるし長期戦にも耐えうる。素手での戦闘となれば、旧人類が何千人いようと勝てるであろう。
しかし、近代兵器を相手にしては、いくらなんでも分が悪い。
善戦はしている。多くの兵士を殺した。
恐れおののいて引き下がってくれればよかったが、仲間を殺されれば殺されるほど「怪物を許すな」の方向に進む。
お互いに奪う者となり、奪われる者となり。
奪われた悲しみを晴らすべく、相手から奪う。悪循環だ。
新人類側としても、自分たちこそが奪われた者だとは言えない。
誰も救われない戦いとなっている。
「戦争は碌でもないな」
ぼやいたのは長月だ。
最近は速峰春真の家を拠点にしていたが、今は十二月の屋敷にいる。
結界に守られているおかげで、ここが攻撃されるのは最後になるはずだ。しばらくは立てこもることもできる。
それとて何日もつか定かではない。
屋敷には、長月以外に町の住人も非難している。全員を避難させるのは無理だったため、百人ほどだ。
長月以外の八人は戦っており、彼は治療が仕事になっている。
最初は戦っていたが、途中からは治療に専念している。よって、十二月最弱でもいまだに生きていた。
もっとも、治療してどうなると諦観する気持ちもある。
魔法のように、呪文を唱えるだけでパッと治すことはできない。十二月は頑丈な肉体を持つが、重傷の場合は治療にも時間を要する。
手の施しようがない怪我であれば死ぬ。
己の力不足を嘆くばかりだ。
そして、今も。
「長月! お願い、卯月を助けて!」
悲痛な声と共に駆け込んできたのは水無月だ。背中には大怪我を負った卯月を背負っている。
水無月自身も怪我をしており、すぐにでも治療が必要な状態だ。
卯月はさらに酷い。「大怪我」の一言で済ませていい傷ではない。
はっきり言って、生きているのが不思議なほどだ。
「わたし……より、水無月ちゃん……を」
卯月は苦しそうな声を発した。いつもの早口は見る影もなく、短い会話でも辛そうにしている。
それでもなお、自分よりも水無月を優先してくれと。
長月は卯月の様子を確認し、理解してしまう。
これは助かる傷ではない。
助からない者の治療に手を尽くすなら、助かる水無月の治療を優先すべきだ。
非情な判断を下し、卯月を見捨てる選択をした。
「卯月は助からん。水無月の治療をするぞ」
「なんで? ボクじゃなくて卯月を助けて」
水無月の声は、決して大きくない。
現実を受け入れられないように、何を言われているか理解できないように。
半狂乱になって泣きわめくことはなく、心底不思議そうに長月を見ている。
だから余計に痛々しい。
「ごめんね……水無月ちゃん……」
「卯月?」
「言いたいこと、いっぱい、あるんだけど……限界、っぽい……ね」
長い前髪の隙間から覗く瞳は、光を失いつつあった。
本人の言っている通り限界だ。
九人中最初の犠牲者は、十二月の序列四位、卯月ララだった。
「可愛く……なぁい……嫌ぁ」
死闘をくぐり抜け、かろうじて生き延びた神和は毒づいた。
一応、勝つには勝った。何百という数を屠った。
局所的な戦闘に勝利しただけで、まだ外の兵士は大勢いる。誰かに殺されるのがオチだ。
いや、殺されるまで命がもちそうにない。半死半生どころか、ほぼ死にかけだ。
「もう、いいよね? 神和は、可愛く生きたよね?」
可愛くない生き方をするのは嫌だった。
汚泥にまみれるのは嫌だった。殺し殺されの戦いをして、血みどろになるのも嫌だった。
可愛く死にたい。永遠に可愛いままでいたい。
可愛い神和を可愛く殺して。
望みは叶わなかったが、もういいだろう。
「四季……お願い」
「いいの? 長月のところに行けば、治療してもらえるかもしれない」
「分かってる、くせにぃ」
神和と一緒に戦っていた四季は、死ぬほどの怪我ではない。
神和は無理だ。助かる可能性は極めて低い。
仮に助かるとしても、生きたいと思えなくなっている。
十分だ。もう十分なのだ。
可愛くない戦いから逃げてしまえば、性格が可愛くなくなる。可愛い神和としては許されない。
その一心で戦っていたが、楽になりたいと思っている。
可愛い四季に、可愛い神和を可愛く殺してもらう約束だ。
神和が懇願すれば、四季も頷いてくれた。
「遺言があれば聞く」
「冬将に……やっぱり、いいや」
冬将への伝言を頼もうとしたが、やめておいた。
言葉を伝えても、気持ちは伝わりそうにないと思ったためだ。
神和は可愛い物が好きで女性の格好をしているが、心まで女性ではない。
ゆえに、冬将に抱いている気持ちも恋愛感情ではない。
強いて言えば「感謝」になるだろうか。変わり者の神和と友達付き合いをしてくれたのは、冬将くらいだった。
本人に対して告げたことはないが、本当に感謝している。
四季と出会い、春真たちとも仲間になった。楽しかった。
中でも、一番大切なのは誰かと問われれば、冬将だと答える。彼が好きだ。
正確に言えば二番目だ。一番好きなのは自分自身、可愛い神和だから。
「冬将は、ごつくて、可愛くなぁい」
可愛い物が好きな神和が、唯一好きになった可愛くない物。
冬将が聞けば怒るだろうか。呆れるだろうか。
反応を想像すると楽しくなる。
「四季……」
「分かった」
楽しい気持ちのままで、四季に殺してもらう。
外への憎悪に身を焦がすのは可愛くない。可愛い神和にふさわしくない。
可愛い神和は、可愛い気持ちで眠りにつく。
永遠に可愛くなれることを願って。
二番目の犠牲者は、十二月の序列十位、神和都喜太郎だった。
如月と紺屋宵は、二人で協力しつつ戦っている。
序列二位と三位であり、親友同士でもある。実力が近しく息も合うため、いいコンビになっていた。
激しい戦闘が繰り広げられていたが、一息つける時間ができた。
そこで気付く。卯月の気配が消えたことに。
「卯月が死んだ?」
「みたいですね。ですけれど、悲しむのは後回しにしましょう」
悲しんでいる時間はない。
気丈に振る舞い、紺屋宵は戦いを継続しようとする。
「紺屋は死ぬなよ。春真と生きて再会するんだ」
「もちろんです。春真さんとはキスしかしておりません。再会後は、血湧き肉躍る生活が待っているのですから、死ぬわけにはいきません」
「言葉の使い方が間違ってないか?」
血湧き肉躍るとは、恋人同士の生活に用いる言葉だっただろうか。
如月は疑問に思うが、紺屋宵は間違っていないと断言する。
「心がたかぶり、活力がみなぎる意味ですよね? 正しいではありませんか」
「戦いに心がたかぶる、だろ?」
「恋とは戦いです。春真さんの愛を失わないよう、私に向け続けてくれるよう、一生をかけて戦うのです。それに比べれば、今の戦いなどなんでもありません」
無茶苦茶な理屈で自らを鼓舞し、戦いに身を投じる。
如月も続き、二人で生きようともがく。
親友との再会を望んでいるのは、如月も同じだ。
「この人……」
葉月葉が発見したのは男女の遺体だ。ボロボロになっているが顔は判別できる。
女性の顔は知らない。おそらく、怪物にならずに生きていた町の住人であろう。
男性の顔には見覚えがある。外から攻め込んできて、捕虜にしていた人だ。
「再会できたのね」
町に家族や恋人がいるので、会いたいと望んでいた人がいる。
男性はそれだろう。女性との関係は不明だが、恋人か妻か。姉や妹とも考えられる。
なんにせよ、新人類の町に攻め込んでまで会おうとするほど大切な人だ。
男性が女性に覆いかぶさる形で事切れている。最期まで守ろうとしたのだ。
最期に再会できて幸せだったのか、それとも……
「葉さん、冷たいことを言うが、今は」
「分かってるわ。感傷に浸っている場合じゃないわよね」
冬将に釘を刺され、葉月は頭の中から二人を追い出す。
葉月も冬将も、かなり消耗している。傷も深く、いつ殺されてもおかしくない状態だ。
倒しても倒しても、敵が減っている気がしない。無駄な犠牲を避けたがる葉月ですら、躊躇せずに殺しているのに減らない。
ジリ貧になってしまいそうだ。
「あっ……神和……」
不意に、冬将が神和の名前を呼んだ。
「神和がどうしたの?」
「……死んだ」
短く答えた冬将に、葉月は言葉を返せない。
先ほどは、卯月の気配が消えるのを感じ取ったばかりだ。
卯月に続いて神和。二人の犠牲者が出た。
町の住人や、外の兵士には、その何百倍もの犠牲が出ている。二人は大量にいる死者の中に加わっただけだ。
人の死を数で考えればこうなるが、やはり辛いものはある。
辛くても戦い続けるしかない。
この先、仲間は次々と死んでいく。三番目の犠牲者は葉月になるかもしれない。
敵も味方も、大勢が死にゆく中での戦いだ。




