六十話 仲間たちの危機を知り
僕は七日間も眠っていたそうだし、深夜なのに眠気はなかった。
長く眠っていたにしては、不思議と調子も悪くない。空腹で倒れそうとか、体がだるいとかはなくて元気だ。
元気だから、朝になるまで皐月と話をして情報収集に努める。
皐月自身の話も聞いた。中学一年生だって知って驚いたよ。
外見はそのくらいだけど、話し方や態度が妙に大人びているから、四季みたいに見た目は幼くても年上かと思った。
年下だから言葉遣いも普通でいいと言ってもらえたので、砕けた話し方にさせてもらう。
雑談以外に真面目な話もきちんとする。
「あのさ、皐月以外の十二月って……新しく覚醒した人なの?」
正直聞くのが怖いけど、聞いておかなきゃいけない。
僕の知る睦月や師走が生きているのか死んでいるのか、この質問の答えで明らかになる。
「はい。私を含めて五人いますけど、全員が最近覚醒したばかりの十二月です」
皐月の答えは肯定だった。
五人全員が新しく覚醒した十二月。
外に出た睦月たち五人は全滅したって意味だ。
睦月、皐月、文月、霜月、師走。みんな死んだ。
これは……キツイな。薄々予想はしていても、実際に聞かされるとキツイ。
僕ですらこれだし、十二月のメンバーはもっとキツイだろう。
みんなに伝えるが怖い。
みんなといえば、僕は使者として外に出たのに、眠りっぱなしで役目を果たせていない。心配しているだろう。
「皐月。僕は町に戻りたいんだけど、できるかな?」
僕の質問に対し、皐月は即答しなかった。
難しいからかと思ったけど、悲しげな顔になっている。
「町に何かあった?」
「……気を確かに持って聞いてください。町は、滅びました」
滅びた? 町が?
じゃあ、みんなは?
「正確に言えば、まだ滅びてはいませんけど、時間の問題です。外の軍隊が攻め込んでいる真っ最中です。前回の襲撃とは比較にならない規模です。町では激しい戦闘が行われているでしょう。戦力的に、新人類には勝ち目がありません。じきに滅びます」
「そんな!」
皐月は沈痛な面持ちをしながらも、事実を淡々と語ってくれた。
でも、町やみんながピンチなら、ここでこんなことをしている場合じゃないよ!
「助けに行かないと!」
「行きたくても行けないのです。旧人類にとってもっとも恐ろしいのは、町から新人類が出てきて、外の一般人の中に紛れ込んでしまうことです。町から出さないよう警戒していますし、そのために周囲には多くの人員と兵器が配備されています。私たちが町に入ることもできなくなっています」
理路整然と反論されて、僕も口をつぐむしかなかった。
ここは外だ。兵士だろうと武器だろうといくらでも用意できる。僕の想像を超える包囲網が敷かれているだろう。
町に入るのは不可能と言われても納得できる。できるけど。
「何か方法は……師走の能力は使えないの? 離れた場所に転移できるよね?」
十二月の能力は受け継がれるって話だ。
僕の知る師走カケルが死んだとしても、新しい師走も同様の能力を持つ。
転移能力があれば、見つからない場所から町に入れないかと考えた。
「不可能でしょう。私は師走ではありませんし、能力の詳しい効果を知りませんけど、そこまでの長距離は転移できないはずです。連続での使用も、せいぜい二、三度ですね。どうやっても見つかってしまいますし、攻撃もされます」
「どうしてそんな冷静に……!」
文句を言いかけて、思いとどまった。
皐月は悪くない。僕はなんの力を持たず、行動もできないのに、彼女に文句をつけるのはお門違いだ。
冷静さを取り戻そうと深呼吸をした。少しはマシになったかな。
「ごめんなさい。ただの八つ当たりだった」
「気にしないでください」
皐月は許してくれたし、それはいいとして、僕にできることを考えよう。
町には大切な人たちがいる。
如月、紺屋さん、四季、葉月さん、長月、卯月、水無月、神和、冬将。
簡単に死ぬほど弱くないけど、放っておけば多勢に無勢でいずれ死ぬ。
死なせたくないんだ。
「僕が春なら……覚醒していれば……」
「春になっていても無理です。こちらには、覚醒済みの夏と秋がいます。二人に十二月の五人を合わせても無理だと判断したのです。春が加わっても変わりません」
秋だけじゃなくて、夏もいるのか。
七人もいて、まだ戦力が足りないと言っている。
僕が春に覚醒しても無理。覚醒していない今じゃもっと無理。
隠れ家を飛び出して、町に戻ろうとすることはできても、あっさりと発見されて殺される。
だからって、のんびりと休んでいていい? 僕は嫌だ。
「皐月たちの考えはどうなっているの?」
「町にいる人たちは、残念ですけど見捨てます。助ける手段はありません。町は滅び、住人である新人類も十二月も死にます。避けられない運命と考え、諦めるしかありません」
運命? 避けられない運命だって?
そんな言葉で納得できるもんか。諦められるもんか。
「町を滅ぼせば、表向きは戦いが終息したと発表するでしょう。怪物を打ち倒したため新しい怪物が誕生する心配もない、とでも言っておきます。まだ残っていると知られてしまえば、隣にいる人が怪物ではないかと邪推しパニックになります。疑わしい人を次々と殺していく魔女狩りの始まりです。日本政府としては困るため、全部終わったのだとしておきます」
皐月の言いたいことが、なんとなく分かってしまった。
終息宣言が行われ、仮初の平和が訪れる。
一般人はともかく、偉い人たちは終わっていないと知っているから、残党狩りは行われるだろう。
だけど、終わったって宣言したんだし、なりふり構わず探すのは難しい。
それじゃあ終わっていないって言っているに等しいから、秘密裏にやる。
皐月たちも逃げやすいってわけだ。
「町を犠牲にして、みんなを見捨てて、その間に戦力を整える気?」
「はい。十二月は死にません。新しい十二月が覚醒します。たとえ町が滅びても、新人類が死んでも、決して終わらないのです。季節は永遠に巡ります。十二の月と春夏秋冬は、まるで呪いのように永遠に続きます」
永遠の呪い。言い得て妙だと思った。
「日本政府は外の人間を検査するでしょう。新人類ではないかどうかの検査とは告げず、なんらかの理由をつけて。しかし、日本の人口は一億人近くにもなるため、検査にはそれなりの時間を要します。大きく動くこともできませんし、私たちには十分な時間があります」
「理屈は分かるけど……」
「速峰さんは、春には覚醒しないかもしれません。それならそれでいいではないですか。運よく命を拾ったと考え、外で暮らせばいいのです。私たちもバックアップします」
ありがたい話ではある。
みんなのことは残念だけど、しょうがないと思って諦める。
僕だけは助かった。ラッキーだ。外で隠れ住むこともできる。
大手を振って生活するのは無理だろう。僕の白髪は、町では珍しくないけど外だと珍しい。一発でバレそうだ。
髪の毛を黒く染めて、検査を受けずに済むよう皐月たちの力を借りる。
多分、ちょっと外の町に出るくらいはできるんじゃないかな。
贅沢は言っていられない。
生き延びて、最低限人間らしい生活を送れる。これで十分だ。
「……僕は町に戻る」
「無茶ですよ。包囲網の隙をついて町に入れるとお考えでしたら、絶対に不可能だと断言します」
「それでも! それでも戻るんだ!」
つい強い口調になってしまい、皐月は肩をビクッと震わせた。
「大声を出してごめん。僕の行動がおかしいのは自覚してるよ。無事に戻れるとも思ってないし、きっと殺される。でも約束したんだ。必ず戻るって。失敗してもいいから僕は戻る。死んだとしても戻る」
まともな理屈にもならない。バカなことを言っている。
のこのこ出て行って、せっかく拾った命を捨てる。
愚かだよね。バカだよね。救いようがないよ。
しょうがない。僕はこういう人間だ。
賢く生きられる人間なら、もっと前から賢く生きている。
四季と出会い、事情を聞こうとしなかった。前に進もうとも、変死事件を追いかけようともしなかった。
如月や紺屋さんのことも諦めた。四季に殺されてもしょうがないって言った。
記憶を封じられ、そのまま忘れていてもよかった。
思い出したあとも、外に出ようとしたり睦月に会ったりしなかった。大人しくしていた。
外との戦いになった時、使者になろうとしなかった。
僕が歩いてきた道は、真っ直ぐ前には続いていなかったかもしれない。変な方向に逸れた時も多い。
うまくできたことの方が少なくて、失敗ばかりだ。やろうと決めたことは、ことごとく失敗したと言ってもいい。
迷路のように入り組んだ道を、僕は歩いた。
僕の道には、僕の性格が反映されている。
甘ったれていて、脳内お花畑の理想論者。
全兎を望んだ。欲しい物は全部欲しかった。そのために右往左往した。
諦めるなんてできなかったんだ。
だから、今も。
「僕は町に戻る。それが、僕なりの前に進む方法だ」
皐月にきっぱりと宣言するのだった。




