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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第3章 明日への一歩
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五十九話 隠れ家

 目が覚めた。

 横になったまま、ぼんやりと天井を眺めているけど、思考が働かない。

 僕は一体何をしていたっけ? 真っ先に抱いた感想はこれだ。


 記憶をたどれば思い出してくる。

 使者として、町から外に出た。住人や女性兵と一緒にだ。

 結界を抜けた途端、外の兵士に囲まれて、剣呑な雰囲気になったところで僕の記憶は途切れている。


 何があった?

 攻撃でもされてしまったのかと思ったけど、体は別に痛くない。

 ベッドに寝かされているし、割と丁重な扱いを受けているっぽい。

 腕に何か刺さっているのは気になるけど、これは点滴だっけ? そういった医療器具があったはずだ。

 刺さった針からチューブが伸びていて、視線を動かしてその先を追えば……


「目が覚めました?」


 顔を動かそうとしている僕の耳に、女性の声が届いた。

 声のした方を見れば、ベッドの傍に椅子を置いて座っている女性がいた。

 柔らかい笑みを浮かべ、優しい声をかけてくれている。


 ……この超絶美少女は誰?

 そんな場合じゃないのに見惚れてしまう可愛さだ。

 綺麗じゃなくて可愛い。僕よりも年下だろう。水無月(みなづき)よりは上っぽくて、小学校高学年から中学生くらいかな。

 長い黒髪に真っ白なワンピース姿で、お嬢様みたいだ。


「君は……?」

「私は、皐月(さつき)玲子(れいこ)です」

「さつき……皐月!?」


 皐月って、十二月(じゅうにつき)の皐月?

 睦月(むつき)と一緒に外に出て、それ以来行方が分からなくなっていた人だ。

 僕も外に出たし、ここが外であれば、皐月がいてもおかしくない。

 今は隠れ住んでいるとか考えられる。


 でも、皐月はおばあさんって話じゃなかったっけ? 僕はおばあさんだと聞いている。

 名前も違って、レイコじゃなかったような……如月(きさらぎ)から教えてもらったけど忘れた。

 十二月は関係なくて、名前が偶然皐月ってだけなのかな。

 この状況で、偶然皐月って女性が出てくるのも出来過ぎているけど。


「事情を説明するよりも、まずはお水でも飲んでください」

「え? は、はい……」

「毒などは入れていません。ご安心を」


 水の入ったコップを渡されたので、ベッドの上で体を起こし受け取る。

 一気に飲み干した。一杯じゃ足りずにおかわりもした。

 自覚はなかったけど、喉がカラカラだったみたいだ。水を飲んで人心地つけた。


「ふぅ……ありがとうございました」

「どういたしまして」


 皐月に空になったコップを返し、落ち着いたところで部屋を見回す。

 狭い部屋で生活感がない。家具もほとんどないし、ここにいる人間も僕と皐月だけだ。

 カーテンがかかった窓があるから、牢屋に閉じ込められているとかじゃない。

 カーテンは閉められていて、妙に暗いのは不気味だけど。

 光が差し込んできてもいいよね。今は夜なのかな。


「ここは?」

「私たちの隠れ家です。私たちとは、十二月の仲間ですね」

「皐月……さんは、やっぱり十二月なんですか?」

「皐月で結構です。十二月かどうかのご質問には、そうですとお答えします」

「僕は、皐月はおばあさんだって聞いていました」

「それは、前任の皐月です。私の実の祖母でもあります」


 前任の皐月?

 十二月は、十二人より多くはならない。誰かが皐月に覚醒すれば、他の人は皐月に覚醒しない。

 てことは、おばあさんの皐月は……


「お察しの通り、前任の皐月、皐月五子(いつこ)は亡くなりました。戦い抜いた上での戦死です。それからすぐに私が覚醒しました」


 顔に出ていたのか、僕の内心を見抜かれていた。


「それは……なんと言っていいか」

「お気になさらないでください。私は、祖母と会ったことがありません。祖父ともです。両親からは、とっくに死んだと聞かされていました。実際は新人類の町にいたようですけど、会ったことのない祖母が戦いで亡くなったと知っても悲しくなくて。薄情でしょうか?」

「薄情ではないと思いますよ」


 血のつながった家族でも、会ったこともない人の死まで悲しめるかは疑問だ。

 気になる点は他にある。

 前任の皐月が亡くなって、すぐに新しい皐月が覚醒した? 早くない?

 十二月の仲間って表現も気になる。皐月以外にも誰かがいるって意味だ。

 消息不明だった睦月たちなのか、あるいはこの皐月のように新しく覚醒した人なのか。

 色々と聞きたいことは山積みだけど、まずは。


「自己紹介もまだですみません。僕は速峰(はやみね)春真(はるま)です」

「よろしくお願いしますね」

「お願いします。それで、僕がなぜここにいるのか、理解していないんですよ。教えてもらえませんか?」

「逆に、どこまで覚えていますか?」

「町から外に出て、部屋の中で兵士に遭遇したところです。武器を向けられていました。以降の記憶がなくて、攻撃でもされたのかと考えたんです。それにしては、僕は怪我をしていませんし、変だなって」


 少し落ち着いた今でも、体に痛みはない。

 外の人たちが、僕を無傷で逃がすとは思えない。手足の一、二本を折るくらいはやるだろう。

 十二月が助けてくれたにしても、怪我が治っているのは不自然だ。ここには長月(ながつき)もいないし、僕は怪我の治りが早いわけでもない。


 僕は既に死んでいて、皐月は天国の天使だとか、変な妄想までしてしまった。

 そこまで非現実的ではなくても、嫌な想像が膨らむ。


「僕は何年も眠っていた……とかありませんよね?」


 パッと思いついた最悪のケースがこれだ。

 僕が外に出てから、今目覚めるまで、何年もの時間が流れている。

 如月とか紺屋(こうや)さんとか四季(しき)とか、僕の知り合いはみんな死んでいる。


 想像して怖くなった。もしそうだとすれば、僕は正気でいられる自信がない。

 あり得ない話じゃないんだ。長い時間が経過しているなら、新しい皐月が覚醒していることにも説明がついてしまう。


「ありませんよ。安心してください」


 最悪のケースは否定された。よかった。


「速峰さんがここに運び込まれてから、大体百七十時間ですね。七日ほどです」

「七日も眠っていたんですか」


 何年も昏睡状態だった、とかじゃないだけマシかな。


「時間は正確です。私……といいますか、皐月は睡眠や飲食を必要としません。眠ろうと思えば眠れますし、食べようと思えば食べられますけどね。この七日間は、私はほぼずっと速峰さんを見ていました」

「ご迷惑をおかけしてしまったみたいで、すみません」

「平気です。ちなみに、現在は深夜の二時ですので、他のみんなは眠っています。紹介などは朝になってからにさせてください」

「分かりました」


 深夜だから、カーテン越しに光が入っていないんだ。

 僕がいつ目覚めてもいいように、皐月は昼夜を問わず付き添ってくれた。

 ほぼずっとなので、ずっとではないらしい。

 睡眠や飲食は不要でも、お風呂とかには入るよね。女の子相手に面と向かっては言えないけど、トイレにも行く。


「速峰さんがどうしてここにいるかですけど、殺されかけていたところを助けたのです。兵士に囲まれ、攻撃されたのかもとおっしゃいましたよね。その認識で正しいです。確かに攻撃されました。速峰さんと共にいた人たちは、残念ながら……」

「攻撃されたにしては、よく生きてましたね」


 他人事みたいな言い方になっているけど、聞かされても実感がない。

 僕と一緒にいた人たちは全滅したそうだ。死者だった人たちだね。

 申し訳ない気持ちも悔しい気持ちもあるけど、一旦横に置く。


 冷静に考えて、僕一人が生き残るのはおかしい。あの人たちが守ってくれた?

 守ってくれたと仮定しよう。おかげで即死は避けられたって。

 普通は生死を確かめる。生きていればとどめを刺しておしまいだ。

 どうやって助かったんだろう。

 僕の疑問には皐月さんが答えてくれる。


「私はあの場にいませんでしたので、伝聞になります。速峰さんは瀕死の重傷だったそうです。いえ、死んでいたと言ってもいいでしょう。肉体は大きく損壊し、到底生きていられる状態ではありませんでした。速峰さんを含め、八人全員が粉々です。誰の肉片とも分からないモノが飛び散っていたとか」


 想像したくないな。その手の話は苦手だ。

 しかも、僕自身が粉々だった? じゃあ、ここにいる僕は何?


「酷い有様だったと聞きます。速峰さんは、他の人たちに守られたため比較的マシでしたけど、あくまで比較的です。具体的な状況を知りたいですか?」

「遠慮しておきます。今でも気分が悪くなってきましたよ」


 粉々のレベルは聞かないことにする。精神安定上よろしくない。

 生きているんだし、手足が粉々になって、顔や胴体はかろうじて残ったとか?

 如月にも腕をちぎられて、長月に治してもらった。手足の治療程度ならできるから、僕も五体満足で生きている。

 こんな感じだろう。


「とにかく、僕が物凄い傷を受けたってことですよね」

「はい。遺体は処理されましたけど、処理する者の中に私たちの仲間がいました。速峰さんを助け出し、ここに連れてきたのです」

「僕の傷は誰が治してくれたんですか?」

秋陽刀(あきひと)です」

「秋って、もしかして」

「春夏秋冬の一人ですね。長月には及ばないものの、傷の治療ができます。とはいえ、秋陽刀の力を持ってしても、治療は絶望的だと思っていました。それほどまでに運び込まれた当初はボロボロだったのです」

「僕が助かったのは春だから?」

「そこまでは分かりません。覚醒している自覚はありますか?」


 うーん……ないね。

 よくも悪くも変わらない。力が湧き上がってくる、みたいな展開はない。


「覚醒していないと思います」

「残念です。春が加わってくれれば心強かったのですけど」

「力になれず、すみません。で、僕が助かった経緯は分かりました。次は皐月たちのことを聞かせてもらえますか? 僕を助けてくれた仲間も気になります。死体を処理する人の中にいたって話ですけど、人間が怪物の味方をするんですか?」

「するのです。数は非常に少ないですけど」


 これは、かなり意外な答えだった。

 味方にもならないし敵にもならない、中立的な立場ならまだ分かる。

 外にいた頃の僕を思い返しても、新人類に対して強い憎しみや恨みは持っていなかった。関わりにならなければそれでいいやって考えだ。

 積極的に味方をしようとは思わない。


「順番に説明します。ここ、速峰さんたちの呼び方で『外』には、新人類であることを隠して生活している人がいます。運よく検査に引っかからなかった人や、検査前に自覚して逃げ出した人などです。新人類であるとバレてしまえばどうなるか、普通の人でも知っていますからね。隠せるなら隠しますし、逃げられるなら逃げます」

「隠し通すのも逃げおおせるのも難しそうですけど」

「もちろん難しいです。捕まってしまい、処分される人も多いです。でも、バカ正直に打ち明けても結果は同じですから」


 新人類であると判明すれば、よくて記憶を消されて町に隔離される。

 記憶を消す際に失敗し、死んでしまうかもしれない。

 だったら逃げるよね、と。


「新人類を嫌っている人ばかりではありません。嫌っていない人もいますし、新人類の保護や援助を行っていたりもします。いえ、嫌っていないという表現は語弊がありますね。もしも、自分が新人類になってしまえば? こうやって考えた場合、新人類は全員死すべしの方針には賛成しにくくなります」

「なるほど。だから味方もいるんですね」


 外にいる新人類に、旧人類だけど味方してくれる人。

 政治家だけじゃなくて、一般の人たちも意見が異なる。

 隊長さんは、世論が新人類許すまじの方向に動いているって言っていたけど、そうなればなるほど新人類は一致団結するだろう。

 滅ぼされてなるものかって。


 町に残っている仲間たちに加えて、外にも仲間ができれば。

 状況を打開する一手になるかもしれない。

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