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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第1章 停滞、前進
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六話 異形の怪物

 僕の部屋では剣呑な空気が漂っていた。

 下着姿だった四季(しき)だけど、もう服は着ている。紺屋(こうや)さんが半ば無理矢理着せた。

 昨日買ったばかりのラフな部屋着だ。

 ただし、エッチな格好で登場した事実は忘れていない。紺屋さんは大層ご立腹であられた。


春真(はるま)さんが女体に興味を持つのは分かります。春真さんがふしだらな格好を強要したのではなく、四季さんが勝手にやったことだとも理解しています。私は春真さんを信じています。ですけれど、私は文句があるのです。身勝手な怒りだとしてもです」

「すみません」

「おっしゃっていただければ、私がやりましたのに」

「やらなくていいかな」

「私ではご不満ですか?」

「ある意味では、不満とも言えるね。だって、紺屋さんは僕が好きなわけじゃないでしょ。友達としては好きでも、男としてはさほど好きじゃない」

「それは、確かに……」


 弁当を作ると言い出したり、四季の際どい格好に激怒して嫉妬したりと、まるで僕に気があるようなそぶりを見せている。

 でも、紺屋さんは僕を好きじゃない。

 好きじゃないって言い方は語弊があるかな。好きでいてくれているだろうけど、恋人になりたいとかその先まで進みたいとかじゃない。

 僕も同じだ。紺屋さんはあくまでも友人だ。

 もしかしたら、将来的には交際するかもしれないけど、少なくとも今じゃない。


如月(きさらぎ)に聞きたいけど、四季の下着を見て興奮した? あるいは、紺屋さんが下着姿になれば興奮する?」

「何が楽しいのか分からん」


 如月はこの調子だ。異性に関心がないせいで、紺屋さんとは仲が良くても恋愛対象にはなり得ない。どこまでいってもただの友人だ。

 紺屋さんの周囲にいて、性欲があり女性に興味を持つ男は多くない。

 その中でも、僕はスケベな方だと思う。

 大きな声じゃ言えないけど、紺屋さんも結構スケベだ。僕の下着を脱がせる場面を妄想するとか言っていたしね。


 仲良しの友人で、お互いに性欲を持つ者同士でもある。

 釣り合っていると言えば釣り合っている。

 選択肢が少ないから、紺屋さんは僕を選ぶしかない。つまり、消去法だ。

 これで恋人同士になったりエッチな行為をしたりするのは、ちょっと嫌だ。


「好きじゃないけど、興味本位であれこれする? 僕は嫌だよ」

「では、四季さんがよいと?」

「それも違うんだよね。もちろん興味はあるけど、恋愛感情じゃない」

「春真さんはロリコンですか?」

「ロリコンではないと思う。僕は四季にも紺屋さんにも欲情するし、魅力的なスタイルって点だと紺屋さんが上になる。子供体型にしか反応しないわけじゃない」


 変な話、四季と紺屋さんが全裸になるとしよう。

 片方を好きにしていいなら、僕は紺屋さんを選ぶ。スタイルいいし、特に胸が大きいしね。興味はあるよ。

 ロリコンなら四季を選ぶはずだ。

 よって、僕はロリコンではない。証明完了。


「複雑な気持ちです。泥棒猫に春真さんを奪われたくはありませんけれど、私が積極的になるほど強い感情は持っていませんし……」

「悪魔……もとい、紺屋(よい)


 紺屋さんが悩んでいたら、四季が声をかけた。

 悪魔っていうのは、胸が大きいからかな。一応言い直していたけど。

 呼び方はさておき、四季の質問は。


「性欲ある?」


 僕に対するものと同じ、下世話な内容だった。酷い。


「はしたないですけれど、あります」


 紺屋さんも紺屋さんで、正直に答えるんだもんなあ。

 これまでの会話から、誤魔化すのは無理だと思ったのかもしれないけど。


「如月は?」

「ないな。つうか、性欲? そんなもんがあるせいで、面倒臭い事態になるんじゃねえの? 俺は春真も紺屋も友達だと思ってるし、それでいいじゃんって」

「紺屋宵は軽症、如月は重症」


 四季は一人で納得していたけど、一番の重症者は彼女だと思う。意味不明な言動ばかりだ。


「予想外の展開で疲れました。春真さん、お台所をお借りしますね」

「あー、そうだっけ。食事を作ってくれるって話が頭から抜けてた」

「忘れないでください。腕によりをかけて作ります」

「食事!?」


 四季が大げさに反応した。期待のこもった眼差しを紺屋さんに向ける。


「お口に合うかどうかは分かりませんけれど、頑張って作りますね」

「紺屋宵は神。崇め奉る」


 現金だな。紺屋さんが食事を作ってくれるって知った途端、態度を急変させた。


「紺屋さん、四季は僕の倍は食べるから、多めに作ってもらえる?」

「いいですよ」

「紺屋宵に抱かれてもいい」

「抱きません」


 四季の妄言を流して、紺屋さんは台所で食事の準備を始めた。

 残りの三人は僕の部屋で待つ。

 四季は、僕や如月に色々と質問した。おかしな質問を。


「学校で英語は習ってる?」

「習ってるに決まってるでしょ。僕が一番苦手な科目だよ。四季だって生徒だし、知ってるよね?」

「英語はどこの言葉?」

「どこって……どこ?」

「さあ?」


 僕は答えられず、如月に問いかけても首を傾げた。

 言われてみれば変だ。英語を習わなくたって会話には困らないのに、なぜか習っている。毎日一生懸命に勉強している。

 なんのために?


「学校で教わるんだし、勉強しときゃいいんじゃねえの?」

「深く考える必要はないよね。いつかどこかで役に立つかもしれない。役に立たなかったら立たなかったでいい」


 僕たちはそういう結論に達した。

 四季は次の質問を飛ばす。


「昨日、私と速峰(はやみね)春真は、中華料理を食べた」

「おいしかったよね」

「おいしかった。それで、中華料理はどこの料理?」

「……この町?」


 中華料理は中華料理だ。そういう名前ってだけだ。

 四季が何を聞きたいのか、何を知りたいのか、僕には理解できない。


「この町、時忘(ときわす)(ちょう)。町の外に出たことはある?」


 次の質問があった。これには、僕と如月から同様の答えが返る。「ない」と。

 そもそも、町の外に出られたっけ? 外には世界があったっけ?

 四季は、ケイサツとかキュウキュウシャとかの単語も出したけど、如月は知らなかった。

 知らないのは僕だけじゃなかったね。やっぱり四季が変なんだ。


 四季の意味不明な会話に付き合っていると、紺屋さんに呼ばれた。

 夕飯ができたって。

 メニューはハンバーグだ。チーズと目玉焼きが乗っていて、ケチャップをベースにしたソースがかかっている。子供が喜びそうだ。

 四季は感動で瞳を潤ませていた。


「神」

「大げさですね。召し上がってください」


 四季はハンバーグを一口食べ、大きく目を見開いた。

 そのまま、無言で食べ進める。会話をする時間すらもどかしいといった感じだ。

 僕も食べてみるけど、とてもおいしい。四季が喜ぶわけだよ。


「おかわり」


 早々にハンバーグを食べ終えた四季は、おかわりを要求した。

 紺屋さんは多めに作ってくれていて、おかわり分もある。

 四季は二つ目のハンバーグをもらい、ご満悦だ。


「紺屋四季になる。速峰四季? 何それ? おいしいの?」

「本当に現金だね」


 紺屋さんに胃袋をつかまれ、陥落していた。ちょろいにもほどがある。

 結局、四季はハンバーグを三つも平らげ、最後はげーっとゲップをした。女の子にあるまじき汚さだ。

 僕や如月もおいしくいただき、四人での夕食が終わる。

 後片付けは僕がやって、今日はお別れだ。如月と紺屋さんは帰宅する。


「紺屋さんを送って行くよ。変死事件もあって物騒だしね」

「ありがとうございます。お願いします」


 男性の如月は一人でも大丈夫だろうから、僕は紺屋さんを家まで送って行くことにした。

 僕がいても力になれないけど、気分的な問題だ。一人よりも二人の方が心強い。

 静かな住宅街を紺屋さんと歩く。

 会話は特にない。二人とも饒舌なタイプじゃないし、会話はなくても気まずくはならずに済む。

 紺屋さんの家までは比較的近く、ゆっくり歩いても十五分で着いた。


「送っていただき、ありがとうございました」

「こっちこそ、おいしいご飯をありがとう。じゃあね」

「あら? 送り狼にならないのですか? ご存知でしょうけれど、私も一人暮らしですよ。誰にも気兼ねせず、春真さんをお迎えできます。朝帰りとかどうです?」

「送り狼にはならないし、朝帰りもしないよ」

「残念です」


 僕の返答に、紺屋さんは小さく笑って家の中に入った。

 僕も帰ろう。今歩いてきたばかりの道を引き返し、自宅に向かう。

 静かだ。紺屋さんと歩いていた時も静かだったけど、少し違う静けさに感じる。

 四季を拾った夜のようだ。不思議なほど、不気味なほどに静まり返っている。


 一人で不安だからだろう。僕の錯覚だ。気のせいだ。

 自分に言い聞かせるようにして歩いていると、それを見つけてしまった。

 最初は岩か何かかと思った。僕の身長ほどもある巨大な岩だ。

 道のど真ん中にあって邪魔だなって。


 でも、よくよく考えると変だ。

 この道は紺屋さんを送る時に通ったばかりなのに、さっきはこんな物はなかったはずだ。見落とすサイズじゃないし、短時間で急に現れるとも思えない。

 僕は、近付いて観察しようとして。


「ひっ」


 短い悲鳴を漏らした。

 岩だと思っていたのは、人らしき物だったんだ。

 人だって言い切れないのは、人と呼ぶには異形だからだ。

 顔がやけに大きい。顔の大きな人間もいるけど、そんなのは比じゃなくて、顔だけで優に一メートル以上ある。

 代わりに、胴体や手足は非常に小さい。産まれたての赤ん坊サイズだ。


 バカでかい顔に、申し訳程度に胴体をくっつけた異形の怪物。

 美形でも不細工でもない、普通の男性の顔だけど、これだけ大きいと美形とかどうとかは関係ない。ただただ恐ろしい。

 常識ではあり得ないモノが、僕の目の前にいた。

 でかい顔にふさわしいでかい目がぎょろりと動き、僕を捉える。


「あ……」


 僕の口から、声にならない声が漏れる。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。

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